地域全体で介護助手を育成 経営感覚と異業種連携で「選ばれる」事業者へ――社会福祉法人北養会【後編】
介護の現場は現在も採用難だが、厚生労働省は2040年度、介護人材を2022年度に比べて約57万人増員する必要があると試算しており、今後の人手不足の深刻化も懸念される。茨城県水戸市で介護施設などを運営する社会福祉法人北養会理事の伊藤浩一氏に、高齢化の進展を踏まえた介護人材育成の取り組みなどについて聞いた。
社会福祉法人北養会 理事 伊藤 浩一氏(NPO法人ちいきの学校 理事)
アクティブシニアを介護助手に育成 その場で事業者とマッチング
――伊藤さんは理事を務めるNPO法人で、介護人材の育成と地域にある介護事業所とのマッチングを進めています。どのような経緯でこうした取り組みをするようになったのですか。
「ちいきの学校」は当法人のメンバーが中心となって、2019年に立ち上げたNPOです。シニア層は要介護者も増えてはいますが、誰かの役に立ちたい、活躍の場が欲しいと考えている元気な人も増えています。一方、介護業界は人手不足に加えて、介護保険の枠組みだけでは、生活スタイルが多様化した高齢者を支えきれなくなってもいます。このためNPOをつくって、制度にとらわれず、シニアにとって必要なサービスを展開しようと考えたのです。
活動の柱の一つが「ちいすけ」という、シニア層を介護助手に育成して介護事業者とマッチングさせる事業です。当初は自前で運営していましたが、水戸市の委託事業になったのを皮切りに県内の自治体と共催するようになり、今は県内28市と合同で実施しています。2023年からは水戸市と共催で、高校生を対象として夏休みや週末、介護事業所でボランティアをしてもらうための講座「ちいすけヤング」も始めました。
――前編(記事はこちら)でも、これからはフルタイムの介護福祉士だけではオペレーションを回しきれず、短時間勤務の介護助手に直接的なケア以外の仕事を担ってもらわなければならないというお話がありました。介護助手の担い手として、地域の元気なシニアに注目したのですね。
そうです。介護の現場は無資格でも働けますが、単に介護助手の求人を出しても、重労働だ、専門知識が必要だといったイメージが強く、応募をためらう人もたくさんいます。このため「ちいすけ」では毎回20人くらいの受講者を募り、1日かけて認知症への理解や介護予防運動のやり方、介護保険制度の概要や助手の仕事内容などを学んでもらいます。今はシニアも感覚の若い人が多いですし、介護に暗いイメージを持つ人もいるかもしれないので、堅苦しくせず明るく楽しく学べるようにして、働くことへのハードルをなくそうとしています。
ちなみに「ちいすけ」の講師は、当法人が運営する介護専門学校の先生です。先生たちも学校の外で介護を取り巻く社会の状況を知り、人材不足という課題の解決に自ら取り組むことで、学校に戻ったときにも学生により実態に根差した教育ができるようになります。
――マッチングはどのようにして行っているのでしょうか。
実際に介護助手として働いている人に登壇してもらうなどして、受講者に「これなら自分もできそうだ」という気持ちを持ってもらいます。何より、講座の最後に介護事業所のスタッフと受講者が交流する時間を設けているのが「みそ」です。その場で勤務先を決めてしまうことで、マッチングをスムーズに進められます。
もちろん親の介護の参考にしたい、将来の介護に備えたいといった動機でちいすけに参加し、当面は働くことを考えていない受講者もいます。ただ、時間が経ってからふと「働きたい」と思ったときに、あらかじめ事業所を知っていたら仕事にアクセスしやすいですし、実際に受講の1年後、事業者から声がかかって働き始めた人もいました。
生活者の経験を活かし社会の役に立つ やりがい創出、介護予防の効果も
――講座を受けることで、シニアにどのような変化がありますか。
受講者の中にはずっと専業主婦で今さら何ができるのか、と働くことをためらう人もいます。しかし介護は生活を支える営みなので、特別なキャリアはなくとも調理や掃除など「生活者」としての経験を活かせる場面はたくさんあります。施設利用者の話し相手を務めるだけでも、年齢が近いので同じ話題で盛り上がれるなど、シニアならではの強みがあります。
就労経験がなかった人が初めてお金を稼げるようになったり、大企業で定年まで勤めた人が介護施設の運転手として働き始め、やりがいを感じるようになったりしています。またシニアが社会で役割を担うことは、最大の介護予防でもあります。実際に「家にいてもテレビを見ているだけなので、若い人と働けて役に立てるのはすごくうれしい」といった声もとても多いです。
――シニアの介護助手を受け入れる側の介護事業所には、どのような配慮や仕組みが必要でしょうか。
施設側は業務を分解し、専門職と無資格者のタスクを切り分ける必要があります。このため私たちは事業所側に対しても研修を行い、業務の切り分け方などを伝えています。事業所が、毎日午前9時~午後4時まで働けて専門知識もある従来型の職員と同じ仕事を、無資格でパートタイムの介護助手に当てはめようとしても、業務分担はうまくいきません。1日数時間しか働かないことを前提に、掃除なら掃除、シーツ交換ならシーツ交換となるべくシンプルな業務を一日に一つ、やってもらうとうまく行きやすい。このように介護助手へ切り出せる仕事を見極め、現場をマネジメントしていかなければならないのです。
経営への危機意識が希薄な業界 ネットワークと協働が大事に
――伊藤さんは介護施設の経営者でありながら、施設の枠組みを超えて介護人材不足という地域課題に取り組んでいます。どのような思いからこうした活動を始めたのでしょう。
介護の業界全体が変わらなければ、日本の介護は将来成り立たなくなるという危機感からです。かつては利用者・家族も「施設にお世話になっている」という意識を持っていましたが、今は料金を払ってサービスを利用しているという感覚が強まり、シビアに事業者を選ぶようになっています。特別養護老人ホームも「100人待ち」などと言われますが、利用者側が複数の施設に申し込んでいるだけで、実際はすぐ入居できる施設も少なくありません。利用者を集められない施設は、経営状態が悪化して賃上げや職員の育成なども難しくなります。その結果、現場では人手が逼迫して職員に研修を受けてもらう時間さえとれず、ウェブサイトもつくれなければ外国人労働者にも来てもらえない、といった事態も起きています。
高齢化の進展で施設利用者は増える見通しですし、業界も介護保険制度で守られているので危機意識を持ちづらいですが、事業者側も状況が着々と変化していることを認識する必要があります。
――利用者・家族から「選ばれる」介護事業者を増やすためには、今後どのような取り組みが重要だと考えていますか。
今は介護以外の業界にも、地域活性化に貢献したいという意欲が高まっています。同じ目的を持つ業界がバラバラに活動するのはもったいない。協働すれば相乗効果も大きいはずです。
当法人は、水戸市が創業の地であるアパレルのアダストリアと、介護のユニフォームを共同開発しました。航空会社などでは制服への憧れが入職の動機になることもあります。この業界で働きたいという人が、着たいと思える服を一緒につくったのです。
またBリーグ「茨城ロボッツ」からも委託を受け、グッズの値札付けなどを当法人の救護施設利用者が行っています。協働にあたってはボランティアではなく有償で行うことにこだわりました。利用者にとってお金をもらうことは、社会とつながることを意味するからです。昨年はロボッツと別の障害者施設を繋げて、チームのマスコットキャラクターのパンを作って試合会場で販売し、年間300万円近くを売り上げました。1団体の取り組みには限界があるので、ネットワークを作りコラボレーションを提案していきたいと思っています。
――人材不足問題という未解決の難問ですが、業務効率化という「介護施設」単位の取組みだけではなく、「地域」 「業界全体」へと波及する取組みがすでに始まっているのですね。ありがとうございました。
聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子
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