「昔と同じやり方でいい」職員の意識が業務の見える化で変化。ツールを活用できる組織へ――社会福祉法人北養会【前編】

2024年10月03日

介護業界の有効求人倍率は、2024年7月時点で3倍を超える(※)など、将来の労働力不足を先取りする形で厳しい採用難に見舞われている。特別養護老人ホーム「もくせい」を運営する社会福祉法人北養会(茨城県水戸市)理事の伊藤浩一氏と、同ホームで介護の現場に立つメンバーに、人手不足をカバーするための取り組みを聞いた。

北養会伊藤氏、井上氏、佐藤氏の写真
社会福祉法人北養会 理事 伊藤 浩一氏 (NPO法人ちいきの学校 理事)(写真左)
特別養護老人ホーム「もくせい」介護サービス課 介護サービス課 主任 井上 武氏(写真中央)
特別養護老人ホーム「もくせい」介護サービス課 副課長 佐藤 寛氏(写真右)

短時間のパートを介護助手に 専門職は直接のケアに集中

――介護の業界は人手不足感が強まるなか、限られた人材で現場を運営する必要性が高まり、業務効率化に向けたさまざまな工夫が必要になっていると思います。具体的な事例を教えていただけますか。

伊藤:この業界は従来、週5日、午前9時~午後4時に働ける職員を募集してきましたが、それでは十分な人材を採用することは難しくなっています。このため無資格の人材に「介護助手」として週2~3回、1日数時間働いてもらうことで、オペレーションを回す体制をつくろうとしています。当施設では、職員約110人のうち10人が介護助手として働いています。

――介護専門職と助手には、それぞれどのようにアサインする仕事を決めていますか。

井上:介護福祉士はこれまで、送迎車の運転などあらゆる仕事をしていました。こうした介護士の業務を、利用者の直接のケアに関わり専門技術・知識が必要な仕事と、直接関わらず無資格でも担える仕事に切り分けたのです。そのうえで、介護助手には主にリネン交換、送迎車の運転、居室の清掃、食事の配膳と食器洗いなど直接のケアに関わらない仕事をしてもらっています。助手が短時間で業務をこなせるよう、仕事内容をわかりやすくまとめた説明書きも用意しています。

もちろん、家族に対して専門的な説明が必要な場合などに、介護職が運転を担当するといったケースはありますし、介護助手も輪投げや工作といったレクリエーションのお手伝いなどで、利用者と接することはあります。絵を描くなどプライベートの趣味や特技を活かしてくれる助手も多いです。

――介護助手が現場に入ったことで、どのような効果が出ていますか。

伊藤:専門職が間接業務に費やす時間が1日平均28分減り、コミュニケーションや排泄介助など直接のケアに費やす時間が16分増えました。20日勤務したら5時間以上、利用者と触れ合う時間が増えた計算です。

介護職の中には、ケアに直接関係のない作業に時間を奪われて目指す介護ができないというジレンマにとらわれ、働く意欲を失ってしまう人もいました。しかし16分あれば、利用者をちょっとした散歩に連れ出して「お花がきれいですね」などと話したり、隣で話を聞いたりすることもできます。これによって利用者側の満足度も職員側のやりがいも高まったと思います。

佐藤:私たちの世代は、勤務時間中は利用者とのやり取りを優先し、終業後に事務作業をすることが当たり前で苦にも思いませんでしたが、今の若い専門職にこうした働き方を押し付けるわけにはいきません。職員の休日も月9日と、以前に比べればだいぶ増やしました。休む人が出ると出勤している職員の業務負担が増すことになりますが、介護助手のサポートによって負担感も軽減されています。

直接業務の写真

睡眠状態をツールで把握 夜勤のスリム化が実現

――テクノロジーを使った業務改善は進めていますか。

井上:マットレスや布団の下に敷くことで、呼吸、脈拍、眠っているか覚醒しているかなどをモニターできる機器「眠りSCAN」を、2021年までに70床全てに導入しました。

従来は夜間、職員が定期的に館内を見回るのに平均53分かかっていました。しかし眠りSCAN導入後は、吸引など医療的ケアが必要な人や、モニターで状況を把握できない人に絞って巡視できるようになり、時間を大幅に削減できました。また導入前は、決まった時間に利用者を起こして排泄を促していましたが、眠りSCANがあると利用者が目を覚ましたタイミングで排泄を介助できるようになり、業務時間を平均180分から平均90分へ短縮できました。夜勤者に余裕が生まれたため、救急搬送があった場合などに備えて配置していた宿直員も廃止しました。

――眠りSCANの導入や定着にあたって、現場からの反発などはありませんでしたか。

佐藤:導入への抵抗というより、組織風土がそもそもツールを活用できる環境になっていなかったという方が正確です。約1,200万円もの資金を投じて眠りSCANを導入したにもかかわらず、2022年のベッドの稼働率は、従来の98~99%から96%に下がってしまったのです。理由を調べると、職場になれ合いが生まれて「今のままでも業務は回る」など、仕事を変えることに消極的な雰囲気が蔓延していました。また施設長と介護課、相談室といった部署間の連携も機能しなくなっていました。

このため半年間、コンサルティング会社に伴走してもらい、組織改革を始めました。業務調査を行って、職員に自分の業務とそれにかかる時間を書き出してもらい、ムリ・ムダ・ムラを「見える化」したのです。すると巡視や排泄介助、習慣化していた夜間の清掃に、どれだけ時間がかかるかが定量的に示されました。

眠りSCANで業務時間を削減し夜間の掃除も昼に回すと、職員の間に「業務を効率化した方が、自分にも利用者さんにもメリットが大きい」という意識が生まれました。職員の意識が変わることで、眠りSCANを活かせる組織に変わっていったのです。その結果、稼働率も目標の99%を達成しました。

ツールを使いこなせる組織へ変革 収益への意識が課題

――眠りSCAN以外にも、ツールの導入による業務効率化の事例はありますか。

井上:利用者の体位を自動的に変えてくれる「自動寝返り支援ベッド」も導入しました。人間が体位交換をすると、摩擦が生じて床ずれの原因になることもあるのですが、こうしたトラブルも減りました。1回あたり5~10分ではありますが、作業時間も削減できました。

また眠りSCANで排泄介助のタイミングを把握しやすくなったため、尿量に応じて適切なサイズの尿パッドを使えるようになり、毎月のパッド代も1人あたり1万3,770円節約できました。さらに皮膚の弱い人に専用のパッドを使うなどの見直しも行った結果、利用者のQOLも向上しました。最終的には40人ほどのパッドを見直し、月約30万円のコストを減らせると見込んでいます。

――現場にはどのような課題があるのでしょうか。

伊藤:介護業界は高齢化による利用者の増加に加え、地域包括センターの仲介もあって「待っていれば利用者は来る」という意識に陥りがちです。しかし競合施設も増える中、より良いケアを提供し差別化する視点は不可欠となっています。

にもかかわらず現場職員の多くは、施設は利用者からの収入で成り立っているという認識が希薄で、空きベッドが多いほど「仕事が減ってラッキー」と思いがちです。「利用者にお礼を言われてうれしかった」「今日は仕事が早く終わった」といった定性的な認識はあっても、業務を定量化し見直すという発想はありませんでした。業務調査の際も「調査にかえって時間をとられる」「昔のままでいいじゃないか」などと不満が出て、職場の雰囲気が悪くなったこともありました。

佐藤:私自身は介護の仕事をする前、売上が給料に反映される小売りの業界にいました。介護の業界に入ってみると、同僚たちは売上を増やすためにはどのように動いたらいいかという意識が薄く、ボーナスも給料も自動的にもらえると考えているようでした。外から来た身としては正直、こうした介護の「常識」が不思議でもありました。

伊藤:今後は職員一人ひとりに、ベッドが空いたら危機意識を抱くといった経営的な思考を持ってもらいたい。そのためには稼働率と賃金を、ある程度連動させる仕組みも必要だと考えています。

また業務の効率化によってコストと時間を削減できたので、これをいかにより良いケアやサービスに繋げていくかが次の課題です。ツールはあくまで組織を変えるための手段であり、最終目的はサービスの質を高め利用者の笑顔を増やすこと、そして介護者のやりがいを高めることにあるのです。

北養会スタッフ集合写真

(※)厚生労働省「一般職業紹介状況(令和6年7月分)について 参考統計表」 001293345.pdf (mhlw.go.jp)(2024年9月30日アクセス)


聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子

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