医師の仕事を看護師へ、看護師の仕事を技師・補助者へ。タスクシフトが喫緊の課題に――横浜中央病院
エッセンシャルワーカーの中でも医療の分野では、医師に労働基準法による時間外労働の上限規制が適用される「2024年問題」などもあり、DXや医師から看護師へのタスクシフトなどの業務改革が始まりつつある。現場で行われている業務効率化の取り組みについて、地域医療を支える地域医療機能推進機構(JCHO)横浜中央病院の看護部長、茂木真由美氏に聞いた。
独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)横浜中央病院
看護部長・地域ケアサービスセンター副センター長
茂木 真由美氏
医師から看護師、看護師から技師・助手へ タスクシフトを進める
――将来的に人手不足の深刻化が懸念されるなか、医療現場ではさまざまな対策が始まっていると思います。具体的な取り組みを教えてください。
今やどの病院も、タスクシフトとタスクシェア、デジタルトランスフォーメーション(DX)が喫緊の課題となっています。当院では、医師の指示を待たずに一部の診療補助業務を行える「特定看護師」(※)を育成し、医師から看護師へのタスクシフトを進めています。現在8人の特定看護師がおり、1人が研修中です。
同時に、看護師の仕事のうち食事の介助や認知症の患者さんの見守りといった補助的な業務を、看護助手に担ってもらおうとしています。このため看護助手にも、日勤だけでなく16時から22時までの「準夜勤」シフトに入ってもらっています。また近年、技師も担える業務の範囲が広がっているため、検査に必要な採血は臨床検査技師に、血管の確保は放射線技師に任せて看護師を別の仕事に回すといった、看護師から技師への業務シフトも進めています。
――医師と看護師だけでなく、技師や助手などコ・メディカルを総動員して、人手不足に対応している印象ですね。
薬剤師の力も借りています。従来は多くの病棟で、看護師が患者さんの薬を仕分けしていたのですが、2022年に「薬剤カート」を導入し、全病棟の薬剤管理を薬剤師に任せるようになりました。週1回、薬剤カートを薬局に運び、薬剤師に1週間分の薬を患者さんの名前が付いた引き出しに分類して入れてもらうのです。
点滴についても2024年7月から、1回投与するぶんの点滴を仕分けして内容の詳細を記したラベルを貼る作業を、看護師から薬剤師にシフトさせました。それによって看護師の負担が軽くなっただけでなく、ラベルの貼り間違いなども防げるようになりました。
医療機関の4割が電子カルテ未導入 導入コストの高さがネック
――薬剤カートの導入をはじめとした業務改革の背景には、特に看護師が足りない、という職場の事情があったのでしょうか。
看護師だけでなく医師や薬剤師、リハビリの専門家など、どの職種も人手不足であることは同じです。ただ当院は、特定看護師を育成する方針を打ち出したことを機に「医師の仕事の一部を看護師が担う以上、看護師の業務も見直すべきだ」と、組織を説得できるようになったのです。
さらに2024年度の診療報酬改定でも、看護師の処遇改善の必要性が盛り込まれたほか、当院が今後受ける予定の「病院機能評価」という監査にも、タスクシフトを進めることなどが評価項目のなかに入っています。こうした院外の動きも、看護師のタスクシフトの追い風となっています。
――どのセクションも人手不足のなか、自分の部署の負担が増えるような業務分担の変更には、抵抗があるのではないでしょうか。
部門間の調整と人材の育成・獲得が、看護部長である私のメインの仕事です。業務の押し付け合いにならないように、やるべきことは引き受け、移すべき業務は他の部署へ移すよう、タイミングを見ながらうまく交渉するようにしています。病院で医療行為の主役を担うのはやはり医師なので、医師の賛同を得て業務改革を提案してもらうことで、物事が進みやすくなる面もあります。
――DXについては、どのように進めているでしょうか。
紙の記録だった時代は、記録を書きたい人と見たい人が、紙のカルテを奪い合うこともあったものですが、電子カルテ化が進みこうした非効率性は解消されました。患者の看護計画も、電子カルテの標準プランを参考にすることで作成時間を短縮できますし、医師の記録や指示、検査結果なども一つにまとまっていて常に最新情報に更新されるので、誤って古い情報を見てしまうといったミスも防げます。電子カルテを経験した看護師は「紙の病院ではもう働けない」と口をそろえて言います。
ただ病院ごとに電子カルテのシステムが異なり、性能や使いやすさにも大きな差があるのが悩みです。また導入に十億円単位のコストがかかるので、約4割の医療機関はまだ導入していません。
以前勤務していた病院には、薬剤部と病棟との間を行き来して薬や点滴を運ぶ「リムライナー」という機械があったのですが、修理費が高すぎて壊れたら無用の長物になってしまいました。医療機器は総じてメンテナンスコストが高いことも、導入のネックになっています。
ベンチャー算入でコストダウンと効率化が加速? 現場に高まる期待
――他の業界では、ノーコードでアプリをつくれるサービスといったデジタルツールを活用し、コストを抑える動きも見られます。医療現場でのDXの障壁になっているコスト高を、打破する動きはないのでしょうか。
当院では電子カルテとは別に、ベンチャー企業が開発した低コストのシステムの導入を検討しています。このシステムは、患者さんと医療者との「今日は具合いかがですか」「お熱は何度ですね」といった会話をマイクで拾い、文字入力してくれます。それだけでなくAIが文章の内容を「S(主観的情報)O(客観的情報)A(評価)P(プランと行動)」に分類して記録してくれるのです。このため看護師が勤務時間後、1~2時間かけて行っていた記録作業が不要になり、超過勤務を大幅に減らせる可能性があります。
――ベンチャーの参入が医療機器の価格の壁を破り、看護師の業務時間を短縮する突破口になるかもしれないのですね。他にも業務改善に繋がるようなツールはありますか。
このシステムの他、体温や血圧を計測したら自動で電子カルテにデータが飛んでいく機器の導入も考えています。看護師がデータを入力する時間を削減できますし、入力ミスもなくなります。
また看護師は病棟内を歩き回っていて探すのが大変なので、一部の病院はインカムシステムを導入していますね。iPhoneのチャット機能も「3号室の●●さんは3時に手術に送り出す」といった情報共有が簡単にできます。将来的にはこうしたツールも使ってみたいという思いはあります。モノの運搬などにロボットを活用している病院もありますが、当院は築60年と施設が古く動線が複雑なので、実現の壁は高そうです。
医療現場の問題は「今ここにある危機」 病院の存続を揺るがす
――例えば医療業界以外の人が、事務職員やコ・メディカルのような形で入ることで、現場の改革が進むといったことは考えられますか。
私もかつて病院を変わると、新しい職場で「それは本当に医師の仕事?」「そのデータは転記する必要があるの?」など仕事の無駄や疑問点に気付くことが多かったので、外からの視点は業務の効率化に役立つと思います。ある病院では、看護師の業務調査を調査会社に委託した結果、「動線が複雑で無駄な動きが多い」という結果が出て、調査会社とともに物の置き場所などを見直し、超過勤務が減ったそうです。
――医療現場の人手不足について、どのような課題意識をお持ちでしょうか。
当院の当面の最重要課題は、看護助手のなり手不足です。日本人を集めるのは難しくなっており、特定技能の在留資格を持つ外国人労働者の受け入れを検討しています。また2024年4月から、労働基準法の時間外労働の上限規制が医師にも適用され、診療報酬改定でも医師の働き方改革が求められるようになりました。医師の労働時間が減ったことで当直者が足りなくなって新規採用が必要になり、人件費も上昇しています。
当院も含め多くの病院で、業務改革を進めてもなお人件費の増加分に追い付かず、黒字を維持することが難しくなっています。医療法人では、病院の統廃合を検討する動きもすでに始まっています。近くの病院がなくなれば、困るのは患者さんです。ぜひ国も、高額な医療機器のコストを低減しDXを促す政策を講じるなど、地域医療という大切なインフラを守れるよう、必要な対応を取っていただきたいです。
――お話を聞いて、人手不足は「近づきつつある問題」ではなく「今ここにある危機」だということがよくわかりました。この危機意識を多くの人が共有する必要性を、強く感じました。
(※)実務経験を備えた看護師が研修を受けることで、本来医師の指示が必要な「特定行為」を、自身の判断で担える資格。呼吸器関連、循環器関連など特定行為の区分ごとに研修を受講する必要がある(厚労省の「特定行為研修修了者」について、各病院が呼称を決めているが、当コラムでは「特定看護師」で統一している)。
聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子