若手に大きな仕事を任せ、専門職や管理職の道を示す 成長が加速し働く意欲も向上――四日市消化器病センター

2024年09月30日

地方の医療現場の多くは、都市部への人材流出による人材不足が深刻化している。そんななか、三重県四日市市の四日市消化器病センターは新卒者の育成を強化し、将来的に医師から看護師へのタスクシフトを進めようとしている。理事長の石原知明氏、経営戦略室長の石黒太一氏に取り組みを聞いた。

01_ishihara-sama_isiguro-sama医療法人社団プログレス 理事長 石原知明氏
医療法人社団プログレス 本部経営戦略室 室長 石黒太一氏

人材が名古屋に流出 専門職看護師の育成コースを設置

――地方では都市部以上に、医師や看護師の採用難が深刻化していると思います。現状はいかがでしょうか。

石原:人材確保には苦労しています。特に四日市は、高速道路を使えば20分ほどで名古屋市に出られるため、医師をはじめ多くの医療者が、名古屋市に流出してしまう地域特性があります。

また医療者は総じて「人を助けたい」という高い意欲を持って入職しますが、2~3年経つと成長実感が低下したり仕事に疲れたりして、どんどん離職してしまいます。診療報酬による医療従事者の賃金改定が物価上昇に追いつかず、給料が上がらないために人が去ってしまうという構造的な問題もあります。

――人材確保のために、どのようなことに取り組んでいますか。

石原:2年ほど前、診療看護師(NP、※1)の学会である「日本NP学会」に参加したのをきっかけに、NPと特定看護師(※2)の育成に取り組み始めました。医師を集めるのが難しい当院が力を高めるためには、医師の仕事を一定程度担える看護師が必要だと考えたのです。また入院患者への処置なども、今は医師が外来診療を終えてから指示を出していますが、NPや特定看護師が日中に対応できれば医師の指示を待つ必要がなくなり、病棟の看護師の超過勤務も削減できるはずです。このためNP・特定看護師を目指す「スペシャリスト看護師養成コース」を設け、特定行為研修の受講や大学院の通学をサポートしようとしています。

――即戦力として有資格者を中途採用するのではなく、自前で育成しようとしているのはなぜでしょうか。

石黒:三重県内にNPの有資格者は数名しかいないと聞いていますし、特定看護師もわずか33人に留まります。このため転職者を採用するより自前で育成する方が現実的なのです。

特に新卒者は転職者に比べて、意欲も定着率も高いことがわかっています。当院では中途採用者から1年以内の退職者が一定数出てしまう一方で、6年前に新卒採用を始めて以降、1年以内に辞めた新卒者はいません。転職者より採用コストも低く抑えられます。このため、当院では新卒者に、NPや特定看護師を目指してもらうことに力を入れています。

石原:大病院に入った新人はたいてい、数年間は採血のような単純作業や器具洗いなどの「丁稚奉公」をさせられます。このため2~3年目に入ると意欲が低下し、多くが離職・転職してしまいます。当院へ転職してくるこの年代の看護師にも、スキルが偏っていたり目的を見失っていたりする人がいます。

人材流出が深刻な三重県では特に、志を持って医療の世界に入ってくる地元の若者を、丁稚奉公で使い捨てにすべきではないはずです。1年目から目標を持ってもらい、上を目指せるようにすることは、離職防止にも有効だと思います。

新卒に多様な経験を積ませる 夜勤減らし「管理職予備軍」育成も

――新卒者に対しては、日常業務でも育成を心掛けているのでしょうか。

石原:1~2年目は夜勤の回数を減らし、日勤で検診や透析、眼科など複数の部署を回って経験を積んでもらいます。学会にも積極的に派遣し、学習意欲を高めます。

さらに希望者には「管理職予備軍」として現場を統括する本部に配属し、組織がどのように回っているかを学んでもらいます。本部の看護師は、週何日か現場に「出向」の形で派遣し、必要なスキルも習得させます。本部の看護師に出向先で得た情報を上げてもらうことで、経営者が現場の内情を把握できるメリットもあります。

若手に高度な仕事を任せると、ベテランから不満が出ることもあります。しかし経験を要すると思われている仕事も、実は若手に任せていないだけということも多い。当院では手術のとき医師に器具を渡す「器具出し」など、ベテランが担いがちな仕事も積極的に若手に回すようにしています。濃縮した経験を積ませることで驚くほど成長し、3年目には4年目、5年目相当の実力を備えるようになります。

――人の仕事を機械に代替させることについては、何か取り組みを行っていますか。

石黒:本部のシフト作成にAIツールを導入しました。多くの病院で、シフト作成はベテラン看護師の仕事ですし、希望日を紙で集めて表計算ソフトなどを使ってつくるので、たいてい1週間~10日程度かかります。しかしAIツールだとわずか数秒でシフトをつくれます。特別なスキルも必要ないので、当院では新卒3年目の看護師に任せています。

また人がシフトをつくると、どうしても「この子にリーダーを任せたい」といった恣意が入り込みがちですが、ツールを使うと私情が入り込む余地がないので「なぜ私ばかりこんなシフトなのか」といった不満も減りました。

――多くの医療現場はAIツールにシフト作成を任せるところまで進んでいないことが多いと思いますが、なぜ進められたのでしょうか。

石黒:ただでさえ日常業務で多忙な現場に、ツール導入に必要なシステムの初期設定などまで任せようとすると、現場の負担が大きすぎて導入がうまく進まないと思います。まずはバックオフィス部門がもろもろの設定を行い、使えるようになった段階で現場に手渡すことが大事です。運用にあたってもただマニュアルを渡すだけでなく、担当者に分らないことをすぐに問い合わせることができる体制を作る必要もあります。

外部の力を借り接客スキル向上、業務の無駄もなくす

――新人看護師などに対しては、ANA中部空港のグランドスタッフなどを講師に招き「接遇研修」も実施しています。若手の育成に、なぜ外部の力を借りようと考えたのでしょう。

石原:この地域の患者さんは都市部への志向が強く、症状が悪化すると名古屋や東京の病院に移りたがります。経営者仲間で「人間ドックは必ず東京の病院で受ける。言葉遣いも丁寧だし、時間も正確で気持ちよく検査が受けられる」と話す人もいてショックを受けました。

このため「東京の医療を四日市で」を理念に掲げ、東京と同じレベルの医療を提供しようとしています。ただ患者さんへの応対に関しては、この地方独特の言葉遣いがなれなれしく聞こえることもあって、あまり丁寧とは言えませんでした。そこで、接遇も東京と同じ水準を目指したいと考え、研修を実施したのです。

02_setsugu-kenshu2024年7月に中部国際空港内で行われた接遇研修の様子

――研修を通じて、職場に変化はありましたか。

石原:職員に「患者さんはお客様」という意識が高まったのはもちろん、業務改善も進みました。例えば講師が、受付業務にかかる時間をストップウォッチで測り「36秒かかっています。コピー機を受付の横に移せば保険証をその場でコピーできて、時間を短縮できるのではないですか」と提案してくれたのです。アドバイスをもとに受付や採血室などの動線を見直したことで、患者さんの待ち時間が短くなるなどの効果も得られました。

――接遇研修の講師のアドバイスのように、外部の視点が業務改善に役立つ場面というのはそれ以外にもありますか。

石原:石黒も他業界からの転職者ですが、彼のデジタル化に関する視点などは非常に役立っています。医療現場は紙による報告が「常識」となっていることも多いので、それを「非常識」だと指摘してDXを加速させることが、業界外から来た人の大事な役割だと思います。

これからの医療現場は、効率化が遅れて収益構造が悪化すると、コストダウン圧力が強まり医療者1人当たりの業務量が増えるといった悪循環に陥りかねません。DXで業務を人からツールにシフトできれば、看護師も患者さんに寄り添う時間が増えるなど自分の目指す看護をできるようになり、満足度が高まって離職も減ると期待しています。

04_shugo-photo2024年7月に中部国際空港内で行われた接遇研修の様子

(※1)大学院修了と一定の実務経験を積み、認定を受けて、一定の医療行為を行えるようになる資格。認定を受ければ、区分にかかわらず幅広い仕事を担える。
(※2)実務経験を備えた看護師が研修を受けることで、従来は医師の指示が必要だった「特定行為」を、自身の判断で担える資格。呼吸器関連、循環器関連など特定行為の区分ごとに研修を受講する必要がある。

聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子

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