労働供給制約時代のエッセンシャルワーク問題

2024年07月24日

私たちが向かう未来において、労働供給制約社会は確実に到来する。少子高齢化に伴う人口減少によって、2040年には働き手不足1,100万人の労働供給制約社会(※1)が訪れるのである。これは単なる働き手不足という問題にとどまらず、「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給できなくなるのではないか」という、われわれ生活者の問題だと指摘されている(古屋, 2023)(※2)。つまり私たちが当たり前のように送る日常生活が破綻するかもしれないという、日本社会にいる全員の問題である。

そこで本コラムでは、高齢者の増加により確実に発生するサービス需要増加の影響から、その生活基盤を支えるエッセンシャルワーク(※3)について問題意識と仮説を整理したい。

エッセンシャルワーカーの存在とは何か

はじめにエッセンシャルワーカーの存在について考えたい。私たちの記憶に新しいところに、世界的に猛威を振るった新型コロナのパンデミックがある。感染拡大をせき止めるべく緊急事態宣言が出され、私たちの日常は大きく制限が課せられた。しかし同時に私たちは、社会を支える「エッセンシャルワーカー」という重要な存在に気付かされたのである。

田中(2023)はデヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)での問いかけを受け、エッセンシャルワーカーの存在を次のように示している。彼らは「本物の仕事(リアル・ジョブ)」をしており、「他者に便益をもたら」し、「世の中に意味のある影響を与える」存在である(※4)。

高齢者増加により需要が拡大する「生活維持サービス」

エッセンシャルワーカーが行うエッセンシャルワークは、私たちの生活維持には必要な仕事である。一方で労働供給制約社会では、高齢者の増加による急激な労働需要拡大に対してエッセンシャルワークの供給制約がかかり、時にアクセスできない事態が発生する。

高齢者の増加による「生活維持サービス」の需要増加はどの領域を直撃するのだろうか。高齢者の増加によりサービス需要が拡大する介護領域では、2030年に21.0万人、2040年に58.0万人の介護職員や訪問介護を担う人材の供給不足が見込まれ、2040年の労働需要(229.7万人)に対する不足率は25.3%となるシミュレーションがされている(リクルートワークス研究所,2023)。この状況について、古屋(2023)は「週4日必要なデイサービスに、スタッフ不足で3日しか通えない」という状況が“標準的な”状態として起こると具体例を示している。特に高齢人口の増加によって、今後さらに多くの労働投入が必要となる医療・介護業界では、喫緊の課題である。

図表 職種別シミュレーション 介護サービス(※5)

職業別シミュレーション介護サービスの図表

出所:リクルートワークス研究所「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」

「エッセンシャルワークの転換点」の問題意識

高齢人口の増加により労働投入がさらに必要となる医療・介護を中心とするエッセンシャルワーク領域は、既に課題解決に向けて動き出している。例えば、介護の現場では、直接介助する直接業務に集中できるように、移動、見守り、記録などの介護の周辺業務を自動化するなどの業務改善への取り組みがある。自動化が進みにくい職種とされる医療・介護でも、ロボットやセンシング技術をはじめとするICTを活用した業務効率化の事例がある(リクルートワークス研究所,2023)(※6)。

このように労働者1人あたりの生産性向上を前提に、より少ない人数で労働需要に対応する議論は始まっている。その変化を促した事例を紡ぎ、大きな流れにすることができれば、私たちの未来シナリオは楽観的なものに変わる。

そこで本研究では、課題解決に向けた事例を構造化することで、問題解決の加速には何が必要かを明らかにする。事例の構造化にあたっては、下記の問題意識と仮説を持って研究を進めていきたい。

●問題意識
高齢人口の増加によって、今後より多くの労働投入が必要となる生活維持サービスにおいて、持続可能な現場をつくるために、どのような変化が必要なのか。
簡単には自動化が進みにくく、人材不足が深刻な生活維持サービスだからこそ、現場では、テクノロジーを活用した先進的な業務改善の試行錯誤が進んでいる。
その取り組みを3つの仮説から整理したい。

●仮説
(仮説1)業界の慣習や常識を超えた取り組みが求められるため、異業種・異職種の人材や技術を積極的に取り入れることで、抜本的な業務効率の改善や労働生産性の向上が進んでいる。
(仮説2)既存の仕事の枠組みやプロセスを一度解体することで業務の可視化や再編に取り組み、仕事の担い手や役割の大胆な見直し、働き方の改善を図っている。
(仮説3)仮説1、2の取り組みによって、その仕事を敬遠していた人材や未経験であるために仕事につけなかった人材の活用が進み始めている。

労働供給制約社会において、エッセンシャルワークを持続可能にするにはどのような働き方が必要だろうか。これを明らかにするために、現場で革命が起きる事例を構造化することでポイントを整理し、実務を支える知見を提供していく。この研究を通じて、一つひとつの現場事例を大きな力に変えて、労働供給問題の解決に寄与していきたい。

(※1)リクルートワークス研究所(2023)は労働需給シミュレーションを行い、2030年に341万人余、2040年に1,100万人余の労働供給が不足すると予測している。詳しくは報告書「未来予測2040」(https://www.works-i.com/research/report/forecast2040.html)参照。
(※2)古屋星斗,リクルートワークス研究所(2024)『2040年の日本が直面する危機と希望「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)p21  
(※3)本研究のエッセンシャルワーカー(社会機能維持者)の定義として、緊急事態宣言時に内閣感染症危機管理統括庁より提示された「事業の継続が求められる事業者」とする。
(※4)田中洋子編(2023)『エッセンシャルワーカー ―社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』(旬報社)p9
(※5)介護サービスとは介護職員や訪問介護従事者を指し、2030年に21.0万人、2040年に58.0万人の供給不足が見込まれる。2040年の労働需要(229.7万人)に対する不足率は25.3%であった。詳しくは報告書「未来予測2040」参照。
(※6)「進む機械化・自動化 変わる働き方」では自動化で変わる働き方について7職種(運輸・建設・接客調理・販売・医療・介護・事務営業)の事例研究をしている。詳しくは報告書「進む機械化・自動化 変わる働き方」(https://www.works-i.com/research/report/automation_report.html)参照。

岩出 朋子

大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。

関連する記事