理由を限定しない短時間正社員制度はなぜ導入され、どう運用されているのか
少子高齢化の進行により全国の企業が恒常的な人手不足に悩まされるなか、広島電鉄は個人の仕事以外の人生も尊重する働き方を整備し、優秀な人材の維持・確保に努めている。同社人事部労務課の坂谷直亮氏に、同社の取り組みについて聞いた。
-他の企業に先駆けて2017年に、誰もが利用できる短時間正社員制度を導入しています。どのような背景があったのでしょうか
当社では2017年に、正社員のまま短時間勤務を選択できる制度を導入しました。短時間正社員への転換に際して、理由の制限や転換回数の制約は設けていません。つまり誰もが何度でも使えるのです。さらに短時間正社員としての新規採用も行っています。2023年度末の時点で、正社員約1600人のうち78人が短時間正社員として働いていますが、そのなかには育児のために利用する人もいれば、加齢や体力の低下を理由とする人もいます。男性社員の比率が高い会社のため、利用者の多くが男性です。
制度導入の背景にあったのは人材不足への強い危機感。新型コロナウイルス感染症の流行拡大が収束して以降、今や多くの企業が人手不足に悩んでいますが、当社ではその前から人手不足に大きな懸念を持っていました。バスの運行を担う大型二種免許保有者が減少するだけでなく、高齢化も進んでいたためです。既存の運転士の離職を防ぐだけでなく、幅広い人材をターゲットに採用していかないと、路線の維持が難しいと考えました。
-交通サービスを担う仕事の性質から見て、短時間正社員制度の導入には困難が伴ったのではないでしょうか
他社と比較して、当社で導入が特に難しかったとは思いません。電車やバスの運行には決まった時間に一定の人数が必要です。誰かが休んだり勤務時間を短縮したりしたら、必ず他の人がそれを補う必要があるという点は難しさがある半面、仕事の内容が属人化しないため、他の人と融通を利かせやすいという特性もあります。総じて当社には、短時間正社員制度を導入しやすい要素としにくい要素の双方があったと認識しています。
むしろ一筋縄ではいかなかったのは、職場の理解を得ることでした。現場には「ただでさえ人繰りが厳しいのに、短時間に転換されたら困る」といった意見もありました。しかし、電車の運転士についていえば、車掌を経験したり養成所に通ったりして、一人前になるまでに数年かかる。戦力がゼロになるくらいなら、仮に労働時間がフルタイム時の0.5でも0.7でも職場に残って貢献し続けてくれる方が何倍もありがたいではないか、と説得して実施にこぎつけました。
説明会も何度も開催しています。印象的だったのは、説明会で当時の運輸部長が「1人辞めるより0.5残ってくれた方がええんじゃろ」と言ってくれたこと。現業部門のリーダーが納得していないと制度は円滑に運用されないため、その理解を広げるために苦心していたこともあり、手ごたえを感じました。
-この制度が定着した背景には、どのような要因があったと思われますか
もともと短時間正社員制度は労働組合からの要求でもありました。労働組合側には今いる社員が育児や介護などで辞めずに済む働き方の実現が念頭にありましたが、会社としては多様な人材を確保することが究極の目的にあったため、あえて制度の利用に理由を問わないこととしたのです。制度を利用できる理由を育児や介護などに限定すると、対象者以外の社員はどうしても「自分には関係ない」と思いがちです。当社の社員の中心は50代で、介護や加齢による体力低下も視野に入る年齢が多い。誰もが使える制度とすることで、今は短時間勤務を利用する必要がない人も含めてこの制度を自分ごとと捉え、おたがいさまと感じる素地ができたと考えています。
短時間正社員制度と同じタイミングで、定年退職後再雇用のシニア社員制度について、雇用上限年齢を66歳から70歳まで延長するとともに、対象職種をそれまでの運転士・車掌だけでなく技術職・事務職にも拡大しています。シニア社員は朝に強い一方、短時間勤務社員は勤務しやすい時間帯が日中になることを予想し、両者を組み合わせることで多様な人材が活躍できる環境とサービス維持を実現しようと考えました。この2つの制度を同時に導入したことも、短時間正社員制度がうまく機能した一つの要因になったといえるでしょう。
図表 2017年9月以降の制度
とはいえ短時間正社員が増えれば、それ以外の社員の負担が大きくなる「しわよせ」が生じることも事実であり、そのことを「おたがいさま」という意識だけに頼ることには限界もあります。先日、育児休業者の業務を引き受けた同僚にインセンティブを提供する企業の取り組みをニュースで見ましたが、誰かが休んだり短時間勤務で働き続けることができているのは周囲の人のお陰でもあります。そこに会社として感謝を示す方法はないのかと考えているところです。
-短時間正社員制度の利用によって、その人のキャリアに何か支障が出ることはないのでしょうか
短時間勤務者の本給は、フルタイム時の本給を短縮後の労働時間に応じて減額して支給していますが、短時間正社員だから賞与の査定が悪くなるとか、昇進に響くといったことはなく、決められた目標を達成していたらそのことを正当に評価します。先日、育児のために短時間正社員として勤務中の社員が係長から課長に昇進しましたが、その社員は自分の職務に対してフルタイムの社員に遜色ない成果を出しており、昇進に対する職場の違和感もありませんでした。
当初、短時間正社員に転換した社員はそのまま短時間で働き続けるのではないかと予想していましたが、実際には短時間勤務が必要になった事情が終わると、フルタイムに戻る人も少なくありません。当社では最短3カ月単位ですが何度でも短時間勤務を選択できるので、短時間勤務を選択した社員が、またフルタイムでやってみようと感じやすいのだと思います。
-会社として社員の家族についてのお考えをお聞かせください
会社として、社員の家族の存在は非常に大きいと感じています。当社では仕事柄、早朝や深夜、土日にも仕事があり、社員に長く働いてもらうためには家族の理解を得られることが重要だからです。さらに乗客の安全が最優先という業務の性質上、家族の問題は従業員の心身の健康にも影響するため会社としても無視できません。実際に親の介護を全て自分でやらなければと感じている社員に、介護サービスを利用した両立についてアドバイスしたこともあります。
会社として尊重するのは家族だけではありません。社員には、自分の本業に没頭するだけでなく、仕事以外の人生でさまざまなことを実現してほしいというメッセージを打ち出しています。短時間正社員制度だけでなく、新規事業へのチャレンジを支援したり、副業・兼業を認めたりしているのはそのためです。社員といってもそれぞれ価値観もバックグラウンドも違い、介護が重要である場合もあれば、勉強や趣味が大事という場合もある。それらの理由に線引きしたり、優劣をつけたりすることは本来不可能なはずです。それぞれの社員が多種多様な価値観や役割を持って働き暮らしていることを前提に、それらを大事にする働き方を生み出そうとしています。
もちろん人手不足の時代に、短時間正社員などの働き方を整備することは難しいという考えもあるでしょう。しかし当社では、それをしなかったときにどのような未来が待っているのかを考え、今必要な手段として新しい働き方を導入しているのです。