第2回 二重の足かせが、経済・社会の持続可能性を損なう

2024年11月19日

前回のコラム(第1回 複雑で見えにくい「家族」×「働く」の形)では、「家族」と「働く」の選択が多様化し、その変化の過程やそれぞれの負担が見えにくくなっていることを指摘した。

この「働く」と「家族」の形をめぐっては、もう一つの大きな問題が存在している。「家族」に関わる事情が個人の「働く」に関わる希望の実現を阻む一方、「働く」に関わる事情が個人の「家族」に関わる希望の実現を阻むといったように、「家族」と「働く」が相互に個人のライフキャリアの希望実現を難しくする、いわば「二重の足かせ」が強く残り続けていることである。

女性も男性も、「家族」によるキャリアの足かせを受けている

「家族」が「働く」ことへの足かせとなるケースの代表的な例は、家事や育児に関わる役割が、女性の仕事やキャリアの選択を狭めていることであろう。リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」によれば、2023年12月時点で、末子が12歳以下で配偶者のいる女性雇用者の42%は週30時間未満の短時間で就業しているが、これらの女性のうち6割は初職が正社員である。このなかには、育児などのために雇用形態や働き方を大きく変えている人が少なからず含まれると考えられる。 

図表1 末子12歳以下の配偶者のいる女性の就業時間と初職雇用形態

図表1 末子12歳以下の配偶者のいる女性の就業時間と初職雇用形態(注)ウエイトバック集計を行っている(各年のクロスセクションウエイト)
(出所)リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2024」

ではフルタイムの正社員で働き続けていれば、個人が家族の事情による影響を受けていないかというと、そうではない。21世紀職業財団(※1)の調査によれば、26~40歳の配偶者のいる正社員女性のうち、自分より「配偶者のキャリアを優先していく」人は55%を占め、また多くが出産後に働き方を変えている(※2)

今日において、主に男性が直面しがちな足かせもある。女性の就業率が上昇してきたとはいえ、日本ではいまだに、男性が家族の生計費を主に担う役割を求められがちである。その結果、男性は家族の生計費の安定を重視し、自らの思いに沿って職業や職場を柔軟に変える希望を持ったり、実際にその選択を取ったりしにくい。実際、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より、男性正社員のうち、昨年1年間に会社理由によらない転職をした人の割合や、これから転職を希望する人の割合を比較すると、同じ30~40代の正社員男性であっても、配偶者のいる男性は配偶者がいない男性と比べて有意に低い傾向が見られる(※3)

「働く」の選択が、家族の選択に影響する

一方、「働く」が「家族」の選択を阻むケースとして、共働き世帯においても、専業主婦型の世帯(ここでは妻が専業主婦や扶養の範囲内で働く世帯を意味する)においても、仕事に関わる問題により希望の数の子供を持ちにくくなっていることが挙げられる。実際、社会保険データに基づく大和総研の分析(※4)によれば、共働き世帯の出生率は上昇傾向にあるものの、仕事と育児の両立困難や、仕事と育児を両立できる時期まで出産を延期することによる第1子出産年齢の上昇から、2人目を持ちにくい状況が生じている。一方、専業主婦型世帯では共働き世帯との相対的な所得差が意識されることにより、2010年代後半以降、出生率が低下傾向にあるという。
さらに、男性がいまだに家族の生計費を主に担う役割を求められがちである結果、男性の賃金に応じてパートナー形成や結婚の機会が異なることも明らかにされている(※5)。このことは総務省「就業構造基本調査」で、男性就業者において所得水準によって既婚率が大きく異なっていることからも見て取れる(図表2)。働くことはこれから家族を持つという選択にも大きな影響を与えている。

図表2 男性既卒就業者の主な仕事からの収入別既婚率

図表2 男性既卒就業者の主な仕事からの収入別既婚率
(注)既婚率は(総数-未婚者)/総数×100として求めている。
(出所)総務省「令和4年度就業構造基本調査」

二重の足かせが、経済と社会のリスクとなっている

以上の状況は、個人のライフキャリアの問題に閉じず、経済や社会の持続可能性を左右する問題でもある。共働き世帯、専業主婦型世帯ともに希望する数の子供を持ちにくいこと、本人の希望に関わりなく、所得などの要因によって家族形成の可能性が影響されることは、少子化の無視できない要因である。家族要因により、女性の就業の可能性が損なわれていることや、男性が新たな仕事への移動や学びの機会を得にくいことは、日本で今後労働力が恒常的に不足することや、AIによる仕事の変化に働く人自身が適応していく必要が高まることを踏まえれば、経済のボトルネックを必要以上に強化し、社会の活力を減じかねない。

つまり今起きているのは、単なる「家族」と「働く」の類型の多様化ではない。起きているのは、「家族」と「働く」に関わる多様な選択の現状やそこに内在する問題が見えにくくなり、本当に必要な対応が行われにくい社会であり、同時に、「家族」と「働く」が相互に個人の希望の実現を制約することで、経済や社会に縮小圧力がかかり続ける社会なのである。

「家族」と「働く」のこれからを考えるプロジェクトが取り組むこと

このような事態に対し、リクルートワークス研究所は以下の方向から研究に取り組む予定である。

1つ目は、全国5万人の追跡調査を行うリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」やその追加調査に基づき、「家族」と「働く」の選択に基づく類型がどのように変化し、今どのような状況にあるのか、それぞれの類型で個人が次のライフキャリアの希望の実現に関わる資源をどれくらい持てているのか(持てていないのか)、そのことと次の「家族」と「働く」の希望の実現がどのように妨げられているのかを可視化することである。それにより、フラットに今起きている問題を議論するための土壌を作りたい。

2つ目は、働き方を今一度問い直すことである。これまでも長時間労働の是正や育児や介護と仕事を両立するための法制度の整備や企業の努力は進んできた。しかし、常に仕事を優先することを前提とした働き方が変わらなければ、家族はいつまでも配慮すべき特例であり続け、家族の事情が働く希望の実現を阻む状況は変わらない。リクルートワークス研究所が2023年10月に行った調査(※6)によれば、仕事以外の人生で重要な役割を担う人は就業者の約8割に上っていることを踏まえても、仕事に専念できる人を前提とした働き方を維持することはますます難しくなっている。

3つ目は、「家族」と「働く」の形の多様化やそれぞれの課題を踏まえたときに、個人の「家族」と「働く」の希望実現を促す要因とは何か、政策面ではどのような対応が必要かを検討することである。どのような働き方を選ぶのか、どのような家族を新たに持つのかについてはさまざまな考えがありうるが、リクルートワークス研究所ではこれらは本人の希望に完全に立脚するべきであると考えており、政策や個人の希望実現に資する要因を考える上でも、当事者のリアルな声に耳を傾けつつ、データに基づいた議論を行っていく。

以上の取り組みを通じて、今の日本における「家族」と「働く」の形が分かりやすく伝わり、より多くの個人が希望の選択を行うための議論が広がることを目指していきたい。

ビルの街並みのイラスト

(※1)21世紀職業財団(2022)「子どものいるミレニアル世代夫婦の キャリア意識に関する調査研究」 による。
(※2)近年は育児にコミットし、育児と仕事の両立のために離職を選択する男性も現れているほか、高齢化に伴い仕事と介護を両立する男性も増えているが、このことは女性が長年直面してきた課題に、男性も向き合わざるをえなくなっていることを示しているといえよう。
(※3)リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」によれば、2022年12月時点で正社員だった30~49歳の男性のうち2023年中に自発的理由で転職した人の割合は、配偶者なしで3.8%に対し、配偶者ありで2.0%であった(この割合は2023年の1年での自発的な転職の有無を見た結果であることに注意が必要である)。また、同じ30~49歳の正社員男性のうち2023年12月時点で転職希望のある人の割合は、配偶者なしで47%に対し、配偶者ありで38%であった。
(※4)大和総研(2024)「少子化対策は費用対効果の観点からの ブラッシュアップが必要」による。
(※5)鈴木亘&小島宗一郎 (2024)「独身者データと既婚者の振り返りデータを用いた結婚の決定要因に関する経済分析」『日本労働研究雑誌』66(7), 35-52による。
(※6)リクルートワークス研究所が2023年10月に行った調査では、働く人の多くが育児や介護以外にも、学びや副業、地域活動、病気治療などさまざまな役割を担っていることが明らかになっている。

執筆:大嶋寧子

大嶋 寧子

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる成長調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。

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