多様化は付加価値人材確保の手段 運輸業で短時間勤務の女性を管理職に

大橋運輸  鍋嶋 洋行 氏

2025年02月14日

Hiroyuki_Nabeshima大橋運輸は、短時間勤務の女性を管理職に登用するなど人材の多様化を通じて、脱下請けのビジネスモデルに転換し事業を拡大してきた。鍋嶋洋行社長に、組織変革に際して女性社員ら多様な人材が果たした役割などについて聞いた。


 

 

短時間勤務の女性社員が、脱下請けの担い手に

-ダイバーシティに取り組んだ狙いは何だったのでしょうか。

事業に付加価値を生み出せる人材を確保することです。運輸業界は総じて男性職場で、以前は弊社も男性社員が中心でした。しかし安全衛生の確保や従業員満足度(ES)の向上、組織の活性化には、多様なメンバーによる運営が必須だと考えたのです。

しかし、中小の運輸業がただフルタイム社員の求人を出しても、意識の高い女性を多数集められるとは思えませんでした。このため週3日、1日4時間の勤務形態で募集を始めたのです。また仕事に人を合わせるのではなく、人に仕事を合わせる発想で、採用した女性にはES推進や健康経営、会議のファシリテーターなど短時間勤務でも担える業務をアサインしました。

女性の働きやすさを意識するようになると、障害者や外国人の社員も受け入れやすくなりました。大手のなかには経営層がLGBT採用にストップをかける企業もあるようですが、当社では組織のメンバーとして活躍しています。

-経営改革を始めた当時は、業績が悪化していたと聞きます。目の前の利益確保ではなく、長期的な付加価値を高めるという考えに至ったのはなぜでしょうか。

確かに1998年、私が金融機関から転じて社長に就任したときは、業績が赤字続きで現場は業務に追われていました。目標を設定して成果につながるような指示を出せる管理職もほとんどおらず、マネジメントを変える必要もありました。最初は男性で補強しようとしたのですが、人手不足のため採用した人は軒並み現場に回さざるを得ず、うまくいきません。違った視点で人を集めなければ組織を変えることはできないと考え、短時間勤務の女性の採用に踏み切ったのが実状です。

また当時、業績が伸びない最大の原因は、下請け主体の劣化したビジネスモデルにありました。このため目先の売り上げが多少下がっても、まずは下請けモデルから脱却しようとしたのです。ビジネスモデルを変えるために健康経営やESに着目し、それらを担う付加価値人材として迎え入れたのが、短時間勤務の女性たちだったという流れです。

「女性にできるわけがない」を覆す 手を変え品を変え情報発信

-短時間勤務の女性社員を採用することで、どのような変化が起きたのでしょうか。

ドライバーを指導する立場の「安全課」に女性を配置したときは「ドライバーは男性の指導にもなかなか従わないのに、女性の言うことを聞くわけがない」といったネガティブな意見もありました。しかし取り組みを続けるうちに、成果が出るようになりました。

会議ひとつとっても男性社員だけで行っていたときは、新しい提案が出てもベテラン社員が「それは難しい」などと否定的に反応し、それ以上話が進まないことが多々ありました。しかし女性が入って、業界に染まっていない視点で「いいですね」などと前向きな反応を返すと、発言者の気持ちが明るくなり全体的にポジティブな雰囲気に変わっていきました。男女ともに言えることですが、経験が浅いからこそ過去のやり方に縛られず、核心をついた意見が出ることも多かったのです。

-どのように事業と組織の改革を進めていったのですか。

脱下請けとローカル輸送への転換を打ち出したときには「給料が上がるなら下請けの方がいい」「積み下ろしが楽だから長距離がいい」という社員もいました。しかし離職を避けるために劣化したビジネスモデルを温存していたら、他社に移る力のない人が組織にしがみつくだけです。やみくもに人を引き留めるより、いい人材を集めて切磋琢磨(せっさたくま)するチームを作るのだと割り切りました。

また異業種から来た私が見ると、運転技術は高いがプライドも高いベテランドライバーより、元気にあいさつする新人の方が、顧客の満足度は高いと感じました。このため、あいさつのような日常の振る舞いや、タイヤの輪留め、指差し確認などの安全確認を徹底するようにしました。安全対策についても、従来は事故後の対応がメインでしたが、将来の雇用延長を念頭に生活習慣病予防などに軸足を移し、管理栄養士を導入して食事指導や禁煙に取り組みました。

-あいさつや安全確認、予防の大事さなどを、どのように社員一人ひとりに浸透させていったのでしょうか。

「指差し確認でエラー率が6分の1に減る」「疲労回復にはトウモロコシがいい」など、さまざまな情報を継続的に伝えることで、少しずつ理解を深めていきました。また興味を持つポイントは人によって違うので、社内報やアニメ、漫画などを使って手を変え品を変え、頻度高くメッセージを出し続けました。それでも顧客や私の認識とドライバーの認識とのギャップを埋め、施策を浸透させるのに数年はかかりました。

ただ、たとえ情報を発信しても職場の人員が充足していなければ、意識を変えるのは難しいと思います。人手不足のなかでは、従業員の業務量が増えて心身ともに疲弊し、考える余裕を失ってしまうからです。上司も部下の離職を恐れ、伝えるべきことを伝えづらくなります。新しいことに取り組むためにも、採用力を高め人員を確保することは不可欠なのです。

無駄と余裕をあえて作る 趣味応援や「ユーモア担当」も

-趣味を金銭的に応援する趣味応援企画などを通じて、仕事以外の人生を充実させることにも取り組んでいます。その狙いは何でしょうか。

付加価値を高めるビジネスモデルへ転換するには、社員に仕事を楽しみ、自分の考えで行動してもらうことが不可欠です。そのためには、数字や成果とは違う部分で満足度を高める仕組みを作る必要もあります。社員はプライベートを充実させた方が、人間関係や学びが広がり、仕事への活力も高まるでしょうし、組織としても優秀な社員に仕事が集まるような、属人的な働き方を改めるきっかけになります。

当社には「くすっと笑える情報提供」を役目とする「ユーモア担当」もいます。「ユーモア」と「余裕」と「無駄」をあえて設けることが、遠回りでも社員が自分でものを考えるようになってチームの成果につながり、組織の生産性も高まると思います。

また経営者も余裕を持ち、仕事を楽しんでいなければ、社員に楽しさは伝わりません。私も悩みは見せずに「隙」を見せて、社員に応援してもらえる「かわいい経営者」を目指しています。

-社員の家族は、社長にとってどういう存在なのでしょうか。

障害者雇用のメンバーに関しては定期的に家族と面談し、お互いの情報を共有していますし、外国人社員の家族とも交流しています。プライベートに問題があると仕事にも影響するので、企業としても比較的、介入の度合いは強い方だと思います。

また雇用延長が進むなかでは、介護・福祉の領域も行政にお任せではなく、会社側が社員に対して、利用できるサービスの情報を積極的に提供する必要があります。地域の介護予防や住まいに関わる課題のなかには、企業が解決に取り組める内容もあります。当社も生前整理、遺品整理の事業を立ち上げましたが、ビジネスを通じて地域課題の解決に関わることは、社員の働きがいをも高めると思います。またこうしたBtoCのビジネスを展開することで、採用にもポジティブな影響が出ると期待しています。

-採用については、どのように取り組んでいますか。

近い将来、「魅力ある仲間と働けることが最大のES」という時代が来るでしょう。ですから経営者には、組織の目指す姿を示して人材を集め、多様な人材を組み合わせて「良いチーム」を作ることが求められます。

また採用は今や、担当者が人を選ぶのではなく企業が人に選ばれる時代です。当社は最初に社長面接があり、合格者には職場体験や現場見学をしてもらいます。何度も面接してから不採用にするのは非効率的ですし、来てほしい人にはなるべく多くの社員と接点を持ってもらい、会社の魅力を多面的に伝えたいからです。

運輸業界はマイナスイメージが強く、まだまだ学生から選ばれづらい業種です。卒論取材や職場体験で当社を訪れる学生は多いのですが、就職はしてもらえません。さまざまな取り組みを通じて業界のイメージを変え、数年後には「取材したい場所」ではなく「働きたい場所」になることを目指しています。

聞き手:大嶋寧子武藤久美子石川ルチア
執筆:有馬知子