働き手不足と正面から向き合う飛騨市の挑戦――岐阜県飛騨市長・都竹淳也氏

2025年01月22日

日本で進む高齢化や人口減少は、地方でより深刻な状況にある。労働供給制約社会において、これまで予想できなかったさまざまな事態に直面している地方は「課題と向き合う先進地」であり、「課題解決のヒントを模索するフロンティア」でもある。厳しい現実を正面から受け止め、新たな地域づくりに挑戦している岐阜県飛騨市。都竹(つづく)淳也市長に、リクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員がインタビューした。

都竹氏の写真

飛騨市長 都竹淳也氏




活かせるものは全部活かす

――高齢化や人口減少が進む地方で、とりわけ喫緊の課題とされるのが介護人材の不足です。

飛騨市は2004年に古川町、河合村、宮川村、神岡町の2町2村が合併して誕生しましたが、その後も人口が減少し高齢化率は上昇が続いています。2016年頃に市として直面したのが、旧神岡町にある特別養護老人ホームの夜勤シフトをめぐる問題です。人手不足で夜勤のシフトが組めず、増床した20床を利用できない状態が続いていました。神岡町は鉱山開発で栄え、閉山とともに急速に人口が減少した町です。飛騨市の高齢化率はほぼ40%ですが、旧神岡町に限定すると47%を超えており、増床分の活用は不可欠でした。そこで始めたのが、当時は異例とされた市による夜勤手当の補助です。といっても、当初の上乗せ額は時給100円ほど。夜勤の人材確保の支えにはならないと市としては考えていたのですが、予期しない効果が生まれました。市が直接補助に乗り出したことが、職員の間に「自分たちは大事な人材とされている」というメッセージとして伝わった結果、モチベーションを高めることになり離職者が減ったのです。

――市が予算化することで、お金だけでなく、行政の「思い」も同時に届けられる、と実感されたわけですね。市として「やれることからやろう」と取り組まれたことも奏功しました。

ただ、職員の離職を食い止めれば解決という話ではありません。夜勤も担える若手人材を継続的に確保する必要があります。しかし、飛騨市には介護福祉士を育成する専門学校がなく、新たに誘致したり建設したりする余裕もありません。それで白羽の矢を立てたのが、滋賀県境に近い岐阜県池田町にある「サンビレッジ国際医療福祉専門学校」でした。

――飛騨市からはかなり遠いですね。

サンビレッジの校長には池田町を飛騨市の「飛び地」と考え、「飛騨市の学校になってください」と要請しました。飛騨市と提携を結び、市内の介護人材を養成する受け皿になるようお願いしたのです。飛騨市内の高校を卒業後、サンビレッジに入学した若者には市が奨学金を支給します。同時にサンビレッジから講師を派遣してもらい、飛騨市内の高校で介護福祉職の魅力とともに、市の優遇措置が受けられることも説明し、生徒の入校を後押ししました。

――市外の専門学校を活用する。活かせるものは何でも活かそう、と。

そうです。ただ、専門学校で学ぶ2年の間に気が変わり、地元に戻ってくれない若者も出てくると予想しました。それで同時並行で進めたのが、外国人の介護人材の確保です。2017年のEPA(経済連携協定)に基づく人材獲得は苦戦しましたが、技能実習生のビザが緩和された2019年以降は民間サポート機関を介するルートや、サンビレッジの留学生を受け入れるルートを開拓し、ベトナムやインドネシアから現在12人が活躍してくれています。全員20代なので夜勤も対応してくれますし、入所者も「若い人が来てくれた」と喜んでいます。

郵便局やキオスクをコンビニ代わりに

――飛騨市は介護職員の負担を減らす取り組みもされていますね。

最初に取り組んだのが介護現場の仕事の仕分けです。そうすると、国家資格を持つ介護職員でなくてもできる仕事が結構あることがわかりました。掃除、洗濯、調理、話し相手、食事の片付け、シーツの交換などです。これらを元気なシニアに担ってもらおうと考え、3つの制度をつくりました。「シニア介護職就職奨励金」は介護職の資格を取得したシニアに就職奨励金を支給する制度です。ほかにも「支えあいヘルパー養成講座」や「介護サポーター制度」(ボランティアポイント)があります。「支えあいヘルパー」は市内で生活する高齢者の簡単な生活支援(炊事、洗濯、掃除、買物などの身体介護を伴わない支援)をするヘルパーで、飛騨市独自の資格です。これまでに養成講座を受講した156人に修了証を交付しました。介護サポーター制度はボランティア活動の時間をポイント化し、貯まったポイントに応じて商品券と交換できる制度です。これには317人が登録しています。

――人口2万3,000人足らずの自治体で、いずれも相当な人数ですね。

管理栄養士としての経験を活かし、「支えあいヘルパー」をしている80歳近くのおばあちゃんから聞いた話が印象に残っています。数年前にご主人を亡くし、気落ちして外出もしなくなり足腰も弱っていた。これではいけないと思って、たまたま回覧で目にした「支えあいヘルパー」に応募し、施設の掃除や食事の配膳をするようになった。毎日歩いて通ううちに、一緒に楽しく通う友だちもでき、足腰の痛みも治まったと。「誰かの役に立てることが張り合いなんです」とおっしゃるのを聞いて本当にうれしかったです。

――ご高齢の方が、誰かの役に立つことで生きがいづくりにもなっているのですね。ご高齢の方々の生活支援にも市として積極的に取り組まれていますね。

移動スーパーに対する支援もその一つです。スーパーが少なくて買い物が大変だ、という市民のニーズに合致した事業であるにもかかわらず、採算が合わない状況を何とかしたいと考え、半官半民に近い形でサポートを始めました。2台目の車両購入費は1台目より高額になりましたが、これも市で助成しました。市民サービスに不可欠な事業を拡張した事業者は、それだけ市に貢献していると判断し、助成額を増やしています。2017年に「Aコープ」が市内の8店舗全てを一斉閉鎖したことを機に、移動スーパーの支援を大幅拡充し、現在に至っています。

移動スーパーの利用者の声が、別の住民サービスのヒントにもなりました。あるおばあちゃんが、「移動販売で来てもらうのは本当に助かっておるんやけど、私たちはスーパーに行って、そこで会う客同士、おしゃべりしながら買い物するのが楽しみやった」と言われたんです。その声をきっかけに始めたのが、「地域複合サロン」です。公民館や空き家など地域住民が集まりやすい場所で月数回、商店の出張販売や市民向け講座など、参加者がやりたいことを自由に決めて集まれる仕組みをつくりました。ほかにも、「Aコープ」の撤退で買い物が不便になった地域を対象に、コープぎふと連携し、市営バスに野菜などの生協商品を積み込める貨客混載事業も導入しています。

――貨客混載はさまざまな地域で進んでいますが、事業者との調整がうまくいかず、継続できなくなるケースも出ていますね。

運搬費の一部を市が補助し、「スギ薬局」が扱う商品を郵便局で販売している小集落もあります。郵便局内に食品販売コーナーを設置し、そこに地域複合サロンの機能も持たせています。女性と比べて交流の機会が少ない男性高齢者も、ここでは囲碁をしている姿をよく見かけます。

――郵便局も自分たちのユニバーサルサービス網を活かし、収益を上げなければいけないという問題意識が強くあります。

ユニバーサルサービスとして最後まで残るのは郵便局だと考えています。一部の郵便局には市の補助でキオスク端末を設置し、住民票などを取得できるようにしました。

――郵便局やキオスク端末をコンビニ代わりに活用していこうというわけですね。

コンビニの出店は期待できない地域ですから。高齢者がバス代や入浴代にも使える「いきいき券」の発行も郵便局で扱っています。あと、豪雪地帯の本市ならではの課題として飛騨弁で言う「雪またじ」(雪下ろしや除雪)があります。高齢化が進み、自力で作業できない人も増えています。そこで始めたのが建設業者に委託する「雪下ろしサポートセンター」です。

――冬場は仕事が少ない建設業者にもメリットがありますね。

しかしこれもやってみて、新たな課題が浮かびました。毎回役所まで出向いて申請するのが住民の負担になっていたのです。それで降雪の都度、申請しなくて済むよう、事業者側の判断で雪下ろしを行い、事業者から市に補助相当分を請求してもらうシステムに改めました。ただ、積雪量が増えると、建設業者は道路の除雪作業にも駆り出されます。建設業界も人手不足ですから、2022年度以降は園芸や水道業者など他業種の人たちに代行事業者として登録してもらう制度も始めています。

乗り越えていくのではなく、適応していく

――人手不足が本当に地域の生活のいろいろな分野に波及していますね。

市議会で最近議論になったのが「草刈り問題」です。かつては大規模農家が自主的にやってくれていましたが、今はそれも厳しくなり、所有する田んぼの草刈りは自分でやってください、ということになりました。といっても自力で作業できる人は限られる。このため草刈り問題がどんどん大きな問題になっています。市で今年度からボランティア制度をつくり募集を始めています。

高齢者にはごみ出しも負担です。玄関口などに出されたごみ袋を、地区のごみステーション(分別収集場所)まで運ぶ「ごみ出しサポーター」を募り、担い手には市指定の有料ごみ袋を提供する特典を設けています。

高齢者や子どもの「見守り」の重要性が高まっていますが、ボランティアの民生委員や児童委員のなり手不足という課題にも直面しています。

――どうやって見守りの人材を確保されていますか。

市の会計年度任用職員として市独自の「見守り相談員」を5人雇用し、民生委員や児童委員で対応しきれない仕事をカバーしてもらっています。“市設”の民生委員ですね。

――見守り相談員はどんな方々が担っておられますか。

金融機関や歯科医に勤務していたOBで、高齢者から情報を聞き取るのがすごく上手な方たちなどが担っています。とはいえ現役世代の人手も必要です。公務員だと兼業副業の制限にひっかかりますが、これだけ担い手が足りないなか「公務員だけは専業」と言っていられません。うちは大幅に要件を緩和し、市職員にも積極的に応募するよう呼び掛けています。人が足りなければ、一人で何役もこなす必要があります。

――人手不足のなかで、地方公務員のなり手不足が全国的な問題になっています。

飛騨市も苦慮しています。新卒採用は年々減り、今は社会人の中途採用が約8割を占めています。もともと飛騨市の社会人採用は「30歳まで」でしたが、2017年の採用試験で35歳まで引き上げ、その翌年以降は年齢制限自体を撤廃しました。今年、55歳で中途採用した日本郵便出身の職員もいます。

――55歳で市役所に転職ですか!信じられません。飛騨市として、これからさらに厳しくなる地域づくりの担い手不足をどう乗り越えていこうとお考えですか。

乗り越えていくのではなく、適応していくしかないと考えています。職員の採用に関して言えば、今年が一番確保しやすいという意識で毎年臨んでいます。現役世代がたくさんいた時代に戻ることはもうないのですから、できることはやってみて、駄目なら改善する。これしかないと思っています。

楽しいに決まってる

――飛騨市が試行錯誤しながらさまざまな施策を矢継早に実践されてきた背景には、どのような問題意識や危機感があるのでしょう。

人口減少は少なくとも向こう100年は続いていくでしょうから、何かやればそれで完了というわけにはいきません。課題に対しては政策的持久力のようなものが大切で、やってみて駄目なら改善を繰り返していく粘り強さが求められます。しかも、地域においてこれをやれば解決できる、という画一的なモデルは存在しません。今の国の地方創生の大きな問題点は、一つの成功モデルを各自治体に踏襲させる「横展開」を前提にしていることではないかと思っています。これでは、現場を見て、知恵を生み出す力が衰えていきます。飛騨市は、今後も試行錯誤しながら、飛騨市の魅力や潜在力を最大限引き出し、次世代にバトンをつなぎたいと考えています。

――知恵を生み出す力を磨いていかないといけませんね。

日々、知恵の絞りあいです。将来的にできるといいと思っていることに、「仕事付き高齢者住宅」があります。サービス付き高齢者住宅、通称「サ高住」ならぬ「仕高住」ということですね。その前段階として取り組み始めているのが、仕事付きデイサービスの検討です。ご高齢者によっては、手遊びや体操などだけではなく、もっと社会とつながっていたいと思っている方がいらっしゃる。その一つの手段として、介護施設内で簡単な作業や就労をすることができればリハビリにもつながりますし、自己有用感を感じることもできます。どんどん変わっていく社会に合わせて、介護のありかたも変わっていく必要があります。

――今成功しているように見えるモデルが5年後も有効とは限らないということですね。その思いは「ヒダスケ!」や「さるぼぼコイン」の取り組みに象徴されているように感じます。

ヒダスケ!は飛騨の人たちのやってみたいことや困りごとを提示して、全国から助けに来てもらうプログラムです。延べ4500人が参加し、棚田や湿原の保全などなど地域に欠かせない人材になっています。意外なのは飛騨市内からの参加者が多いこと。内訳は岐阜県民が65%で、このうち飛騨市民が33%を占めています。多くは移住者なんです。移住者は地元と交流したい人が多い。移住に興味を持った頃からヒダスケ!に参加し、移住後も参加する人が多く、地元とつながるきっかけになっています。リピート率も高くて3割がリピーターです。

飛騨市ファンクラブの会員数は2024年11月時点で1万6,000人近く。会員が市内に宿泊すると、地元で使える2,000円分の電子地域通貨のポイントがもらえます。これが「さるぼぼコイン」です。ヒダスケ!で地元の手伝いをすると、飛騨市や高山市で使えるポイントカード500円分のお返しがもらえます。

――人口減少と聞くと暗いイメージを浮かべがちですが、人間ってやっぱり楽しくないと生きていけないと思うんです。持久走を続けられる地域社会には、課題をシェアして楽しみながら解決していく、そんなワクワクできる時間がたくさんある気がしています。

私もそう思います。ヒダスケ!はその典型です。研究者と飛騨市が共同で行った調査で、“自己有用感”が地域愛着度につながることがわかりました。ヒダスケ!に参加して地元から感謝の言葉を贈られた人たちが自己有用感を高め、その土地が一層好きになり交流を深めていく。この関係性は楽しいに決まっています。政策的持久力も苦行では成立しません。

聞き手:古屋星斗
執筆:渡辺豪

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