専門人材の育成を通じ、林業の構造的問題に挑む――鳥取県日南町
鳥取県日南町は総面積34,096 haのうち30,461 haを林野が占め、豊富な森林資源を有する町だ。2006年には、年間12万㎥の林材が集まる林業拠点「日野川の森木材団地」も造成されている。一方で人口は減少を続けており、林業従事者の働き手不足も慢性的な課題としてある。対策の一つとして、同町では2019年に「にちなん中国山地林業アカデミー」を設立した。日南町役場の髙木康平氏に、林業における働き手不足の現状や林業アカデミーの活動について聞いた。
鳥取県日南町役場農林課
髙木康平(たかぎ・こうへい)氏
機械化だけでは対処できない林業の働き手不足
日本は国土の3分の2が森林であり、森林は人々の暮らしと密接に関わっている。湿度調整に優れた木は高温多湿な気候のもとで住宅建材として適しており、現在でも国内の戸建住宅の8割は木造である。また、森林は雨によって土砂が流れるのを防ぐほか、水源涵養機能によって水資源を育み、洪水も緩和する。二酸化炭素を吸収して温暖化を防ぐ効果のあることは誰もが知るところだろう。
そのような森林を適切に管理し、森林資源を有効に利用しながら、持続可能な形で守り育てていくのが林業である。苗を植え付け、下刈り、枝打ち、間伐などを行いながら木を育て、十分に成長したところを伐採し、丸太にする。木の成長段階や季節によって行うべき手入れは異なり、さまざまな産業活動のなかでも林業は特に自然のサイクルと調和した営みと言える。
しかしながら、日本全体の労働人口の減少が、林業においても働き手不足という問題を生じさせている。林業従事者は長期的に減少を続けており、2020年の時点で4万4,000人、40年前に比べると約3分の1にまで減った。高齢化率も全産業平均に比べて高い。近年は林業従事者の若者率が高まってきてはいるが、全体としては減少し続けている。
鳥取県南西部に位置する日南町でも、林業の働き手不足が慢性的な課題としてある。
「日南町はそもそも人口自体が減少を続けています。10年前の国税調査では6,000人でしたが、現状は4,000人、10年で3分の2に落ち込んでいます。林業従事者でいうと、若者率は高くなっているものの、全体で100名ほどしかいません」と、日南町役場農林課の髙木氏は言う。
働き手不足は森林の管理にどのような影響を与えているのだろうか。
森林の管理は成長した木を伐採して丸太にするだけでなく、植え付けて新たな木を育てなければならない。その過程では木が周りの草に負けないようにするため、下刈りといった作業も必要になってくる。
「木を植えたら5年間は下刈りをしないと木が育ちません。下刈りは草が伸びる夏場に行いますが、炎天下で人の手によって行う作業のため、多くの人手が必要になります。この作業の人手が特に足りていないという状況です」
国は林業への機械導入に補助を行っており、林業の機械化は確かに進んできている。日南町でもハーベスタやフォワーダといった高性能林業機械は基本的に町内業者全体に行き渡っているという。しかし、それでも下刈りのような作業は人の手に頼らなければならず、働き手不足の影響を直接的に受けている。
専門技術・知識を持った人材を育てる林業アカデミー
十分な働き手を確保できない理由には、人口減少だけでなく、林業の構造的な問題もあるという。
「林業の仕事は機械を使って丸太を生産する班と、植栽や下刈りなどを行う木を育てる班に分かれます。今の林業では冬になると仕事量が減ります。さらに雪が降ると、木を育てる班の仕事は何もありません。冬に適した作業もあるにはあるのですが、平成に入って全く木を植えていない時期があり、冬場の仕事に適した大きさの木がほとんどありません。そのため、『夏場には人手がほしいが、冬場に仕事がないので増員できない』というジレンマを抱えているのです。夏場だけアルバイトを雇うにしても、林業は労働災害のリスクもある仕事のため、トレーニングを受けていない人員を入れるわけにはいきません」
そこで重要になってくるのが、林業のトレーニングを受けた人材の育成である。近年、各地で林業従事者育成の場として、林業アカデミーと呼ばれる機関が設立されている。林業アカデミーでは、林業分野での就職を目指す人に対して1年間の教育を行い、林業で働くために必要な技術や林業経営などに関する専門的な知識を習得させる。
日南町では2019年に「にちなん中国山地林業アカデミー」を開校、日本最大の演習林を持つ実践的な林業教育機関であり、全国初の町立の林業アカデミーとして注目を浴びている。
「定員10名のところ、最初の2年間は7名で定員割れでした。しかし、その後は毎年10名以上の学生が確保できています。学生には転職組の社会人をはじめ、高卒者、短大・大卒者もいます。転職組の入学の動機としては、『田舎で自然に触れながら暮らしたい』というケースが多いですね。あとは、昔から環境保全に興味があり、セカンドキャリアとして山に関わりたいという人もいます。卒業後の就職実績としては林業事業体や森林組合など、林業の作業員が中心となっています」
定員以上の学生を集められている理由については次のように分析する。
「林業アカデミーに入学すると学生は年間142万円の給付金を受けられるのですが、多くの林業大学校では、卒業後すぐに県外に出ていく場合、給付金を返還する必要があります。にちなん中国山地林業アカデミーの場合はそういった縛りを設けていません。加えて、日南町は岡山、広島、島根と接しているので、県外の人も選びやすいのだと思います」
同校には5期目までに49名が入学し、そのうち卒業後に日南町に残ったのが17名、鳥取県の他の市町村への就職が16名、県外への就職が16名という内訳になっている。
また、同校は地元の林業事業体や森林組合の人材育成に関わる負担を軽減させる役割も果たしている。
「林業事業体や森林組合の方から、林業を始めたいという人をにちなん中国山地林業アカデミーに紹介してくれることがあります。というのも、新人を教育するというのは事業者にとっては手間のかかるプロセスです。しかも、資格を取得させるのにもけっこうな費用がかかる。林業アカデミーなら、全部取得させようと思えば40万円程度かかる資格を負担なく取得させられます。結果的に事業者側の採用のハードルを下げることにもつながっていると思います」
同校ではほかにも日南町が掲げる木育の一環として、地元の子どもたちの林業実習の指導を行っている。同町では保育園から義務教育が終わるまで、毎年、何らかの形で山に関わる教育カリキュラムがある。子どもの頃から地元の自然に親しむことで、将来、同町の林業の担い手となることも期待されている。
選択的管理も視野に入れた財源の有効活用がカギ
機械化や人材育成などで働き手不足に対応しようとしている林業だが、今後も人口減少が進んでいくならば林業の働き手が急激に増えることは考えにくい。となれば、管理が行き届かない森林が増えることも懸念される。そのような状況への対策として、国では効率的な森林管理のために、選択的管理という方針を打ち出している。これは木材生産に適した森林にリソースを集中する一方、そうでない山は広葉樹の自然林に戻していこうという考え方だ。しかし、これについても簡単ではないと髙木氏は指摘する。
「そもそも山には持ち主がいます。『あなたの山は財産として価値がないので、お金に変えられません』とはなかなか言えない。森林組合も条件の良い森林だけ管理するなら楽だろうけれど、そうはいかないのが本音なのではないでしょうか。選択的管理を進めていくならば、補助金を設けたうえで広葉樹に誘導するといったことが必要かもしれません。問題はその財源をどうするか。2024年度から国民1人あたり1,000円を森林環境税として徴収し、それが森林環境譲与税として各市町村に分配されます。この税の仕組みがうまく機能すれば、林業活性化に光が見えてくるでしょう」
聞き手:坂本貴志
執筆:大越啓