困っているひとをみんなで楽しく支える「飛騨モデル」の現場を探る――岐阜県飛騨市
全国有数の高齢化や人口減少に直面する岐阜県飛騨市では、地域住民が福祉の担い手となる先進的な取り組みが進んでいる。それぞれの空き時間を利用して地域で高齢者を支える「飛騨モデル」は労働供給制約社会における課題解決のヒントになるのか。市独自のホームヘルパー制度やボランティア制度のもと、生活支援の現場に携わる中村惠子さん(75)と三本木猛さん(76)をはじめ、地元の行政・福祉関係者に活動の内容や参加動機、地域で働く喜びなどを伺った。
中村惠子さん(写真右)と三本木猛さん(写真左)
飛騨市・飛騨市社会福祉協議会の主な市民参加型の福祉制度
▼支えあいヘルパー……飛騨市内で生活する高齢者の簡単な生活支援(炊事、洗濯、掃除、買物などの身体介護を伴わない支援)を行う市独自の訪問介護サービス。市主催の養成講座の受講者が「支えあいヘルパー」として登録される。市内在住の18歳以上が対象
▼介護サポーター……飛騨市が指定した市内の福祉施設などで話し相手や配膳など職員の補助的作業や入所高齢者の余暇活動を支援する。ボランティア活動の時間をポイント化し、貯まったポイントに応じて商品券と交換できる。市内在住の40歳以上が対象。
▼あんきねっと……在宅高齢者らの困りごとの依頼を受け、買物代行や掃除、家具移動、ごみ出しといった1時間以内でできる軽作業を地域住民が有償支援する制度。要介護認定されていない高齢者も利用できる。利用会員は1時間あたり800円(15分チケット4枚つづり)の支援チケットを購入。支援会員に活動15分あたり1枚の支援チケットを手渡す。支援会員は支援チケット4枚一組(1時間分)で500円の商品券と交換できる。
生活支援で地域のつながりを取り戻す
――中村さんは飛騨市の「支えあいヘルパー」として活動される前は、どんな仕事をされていましたか。
中村:特別養護老人ホームで看護師として勤務し、定年後も71歳まで働きました。退職後は畑仕事などをして過ごそうと思っていたのですが、市内の高齢者施設で働く友人に誘われ、活動を始めたのが2021年12月。利用者の増加に伴って、私も元同僚や同級生らに声を掛けて増員を図り、現在17人の「支えあいヘルパー」と一緒に活動しています。
――元同僚の方が中心ですか。
中村:看護師の資格を持つ人は3人くらい。介護福祉士やヘルパー、栄養士、調理師の資格を持つ人もいます。市が「支えあいヘルパー」の養成講座を開くたび登録人数は増えています。
――引退後は畑仕事を考えていたとおっしゃいましたが、畑仕事と比べて今の活動はどうですか。
中村:畑仕事は手をかけた分、おいしい野菜ができます。生活支援も同じで、利用者と良い関係を築くことができれば、自分も楽しく、やりがいを感じられます。
――利用者にお願いされることで多いのは何ですか。
中村:掃除、料理、買物、病院への付き添いなど多岐にわたっていますね。
――どういうときにやっててよかったな、と感じますか。
中村:利用者に「次はいつ来てくれますか」と言われ、頼りにされていると実感できたときはうれしいですね。具体的なシーンとしては、野菜嫌いのお孫さんがいる家庭を訪問した際、工夫しながら3品ほど料理して差し上げると、「野菜嫌いだった孫が喜んで食べるようになった」と感謝されたのが励みになり、インターネットでレシピを探すようになりました。また、ごみ屋敷のように散らかった男性の一人暮らしのお宅を掃除したときは、何から手をつけたらいいのか困って、とりあえずやかんを磨きました。その男性はコーヒー好きで、いつもやかんでお湯を沸かしていると聞いたからです。「やかんを買ってきましたよ」と磨いたやかんを渡すと、男性は財布から購入費として3,000円を出そうとされました。私がすぐに「冗談です。じつはこれ、磨いたんですよ」と明かすと驚かれていました。
――新品だと信じられたのですね。
中村:そうです。部屋の中が徐々に片付くと、清潔な環境で暮らすほうが気持ちいい、と実感されたようで男性の生活態度が一変しました。近所の人たちからは「あのお宅の空気が変わってきた」という声も聞かれ、地域と疎遠になっていた男性が老人会にも顔を出すようになりました。
――すごい変化ですね。
中村:男性のお姉さんからも感謝の言葉をいただきました。私のサポートが親族のつながりを取り戻す一助になったのだとすれば、こんなにうれしいことはありません。
――男性の姉とはたまたま会って話をされたのですか。
中村:いいえ。私が民生委員をしていたこともあって、もともと女性から様々な家庭の事情を聞いていました。このケースに限らず、いきなり不衛生な家に派遣させられると困惑するヘルパーもいますから、最初は私が入って、これなら大丈夫だろうと思える段階で別のヘルパーにバトンタッチしています。ヘルパーの個性や経験もそれぞれで、頻度も週3回の人もいれば月1回の人もいます。利用者の認知症の進行度合いなども考慮したうえで、長期にわたって良い関係が築けるよう相性も加味しベストマッチを心掛けています。
――ご自宅に訪問するわけですから、センシティブな面があるわけですね。中村さんのような地域福祉の中核的役割を担える住民の掘り起こしは、市としても重要なテーマだと伺っています。医療福祉の現場経験が豊富な中村さんも「支えあいヘルパー」の養成講座を受講されたのですか。
中村:はい。高齢者の生活支援に手が回らない市の状況や、認知症の利用者とのコミュニケーションなどヘルパーが気を付けなければいけないことを拝聴しました。
――もともと特養で看護師をされていたわけですから、知識や経験として既にお持ちのことも多かったでしょう。生活支援をされていて新しい発見はありますか。
中村:初心に返っていろいろ再確認している面はあります。日々の業務日誌をチェックして利用者の細かなニーズに対応できているかどうかを確認します。2023年から関係者が集まって年1回開いている「ガヤガヤ会議」も刺激になっています。ざっくばらんに何でも話ができる場で、「こんなことをしたら利用者に喜んでもらえた」といった情報の交換や、モヤモヤした出来事や課題を共有し、気持ちよく活動できる環境づくりに尽力しています。
――大手自動車メーカーなどが採り入れていた「ワイガヤ」を思い出しました。職種や年齢、性別などの違いにかかわらず、多人数で気軽に雑談できる場があれば、良いアイデアが出ると考えられています。ガヤガヤ会議と通じる面がありますね。
ボランティアは自分が楽しくないと長続きしない
――「介護サポーター」などで活躍しておられる三本木さんにもお話を伺いたいと思います。どのような経緯で高齢者の生活支援を始められましたか。
三本木:私は30年近く家電用品の販売・修理をし、定年前の10年間ほどは電気工事業に就いていました。家電修理も個人宅の奥の奥まで入れてもらって行う作業ですし、お客さんとのつながりを大切にすることや、目の前で喜んだ顔を見られるのも生活支援の活動と重なる部分があると感じています。
――ヘルパーの資格はいつ取られたのですか。
三本木:定年退職して間もなく、当時同居していた両親を介護するときに役立つかなと考えたのがきっかけです。介護福祉士を養成する専門学校に通い、ホームヘルパー2級(現在の介護職員初任者研修)の資格を取得しました。その勉強をしているときに現場も経験したいと思い、市内の特別養護老人ホームに「何かお手伝いできることはありませんか」と訪ねた際、中村さんに応対していただきました。「介護サポーター」として最初に任されたのは部屋の掃除です。入所者の話し相手や施設内のイベントも手伝いました。
ボランティアは自分が楽しくないと長続きしません。福祉関係以外にも、イベントホールの受付係や駐車場係のお手伝い、地元の湿原の案内やパトロールをする自然ガイドも務めています。一部は有償ですが、お金を稼ぐためではなく、皆さんとの交流を通じて自分も楽しめることがモチベーションになっています。「支えあいヘルパー」や「あんきねっと」は妻も一緒にやっていました。
――地域のいろいろなところでご活躍されていますね。「あんきねっと」や「支えあいヘルパー」の活動では、どんな方にどのようなサポートをされていますか。
三本木:先ほどもお話ししたように、私は電気関連の仕事をしていましたから洗濯機の修理や水道工事もできます。なので、頼まれればたいていの生活支援に対応します。
――例えば?
三本木:ふすまの入れ替えや家財道具の移動、倉庫のカギの付け替え、電灯の交換作業もしました。
――現役時代よりも忙しいということはないですか。
三本木:さすがにそれはないですが、時間がどれだけあっても足りないという気はしています。1日30時間、1週間は10日ぐらいほしいですね(笑)。
「私は今の生活に満足しています」
――飛騨市社会福祉協議会職員の松下里美さんにもお話を伺いたいと思います。まず、「介護サポーター」と「支えあいヘルパー」の違いを教えてください。
松下:「介護サポーター」は施設でのボランティア、「支えあいヘルパー」は要介護認定を受けた方のお宅へ訪問する活動という形で区別しています。
――「介護サポーター」の登録状況はどうなっていますか。
松下:男性が28人、女性が297人で計325人です。
――女性が圧倒的に多い理由は何でしょう。
松下:グループで申し込まれたり、参加されたりするのは女性が多いように感じます。年齢の内訳は40代が4人、50代が13人、60代が54人、70代が160人、80代が90人、90代が4人。もともと65歳以上が対象でしたが、現役世代のうちからボランティア活動に興味を持っていただこうと、2022年以降は対象年齢を「40歳以上」に引き下げました。
――90代もいらっしゃるのはすごい。
松下:登録はしていただいていますが、さすがに活動はされていませんね。シルバー人材センターにも約300人が登録していますが、平均年齢は70代。要望の多い草刈りや樹木の剪定などを担うのは難しくなっており、「介護サポーター」や「支えあいヘルパー」、「あんきねっと」の人材に補ってもらっているのが実情です。「介護サポーター」と「支えあいヘルパー」は市の委託事業で、「あんきねっと」は市社会福祉協議会の独自の制度です。
――「あんきねっと」について教えてください。
松下:支援者が在宅訪問して買物や掃除などの軽作業を手伝う仕組みで、要介護認定されていない高齢者も利用できるのが特徴です。高齢者支援と地域のつながりを維持する取り組みとして、市内でも特に高齢化が進む神岡町で2013年にスタートしました。鉱山開発により全国から人が集まって発展した町で、地域のつながりが比較的薄いとされる地域です。2018年以降は市内全域に拡大しました。
――高齢者の困りごとに対して、「介護サポーター」「支えあいヘルパー」「あんきねっと」のどの制度を活用するか、といった差配はどうされているのですか。
松下:施設に常駐している介護支援専門員(ケアマネージャー)がホームヘルパーのシフト調整をするなかで、ごみ捨てなどの軽作業について「あんきねっとでお願いできませんか」という相談が来たり、民生委員が高齢者の日常の困りごとを聴き取るなかで依頼が来たりすることもあります。ほかにも、市の地域包括支援センター経由で依頼が入ることもあります。飛騨市で市民の困りごとを差配する司令塔は、飛騨市地域包括ケア課の井谷直裕課長補佐が担っています。
――井谷さんにお伺いしたいと思います。生活支援制度の利用者は一人暮らしの人が多い、などの傾向はありますか。
井谷:一人暮らしだから利用が多い、というわけではありません。家の中に若い人がいない高齢者夫婦の世帯も家族の介護力が下がっていますから。国の介護サービスだけでは自宅での生活が困難な高齢者も、「あんきねっと」など市独自のサービスを補填することで、在宅で暮らし続けられる人が増えていると思います。
――実は飛騨高山エリアの特徴として、1世帯あたりの人数が多い点が挙げられます。一般的には高齢化とともに世帯人数も減るのですが、このエリアは2人以上を維持しています。大家族が多かった名残でしょうか。
井谷:そうかもしれません。ただ以前は三世代が一緒に暮らすのが当たり前でしたが、飛騨市でも核家族化が進んでいます。人口が減るなか、市中心部の世帯数は増え続けています。子の世代が実家近くに自宅を新築するケースも増えています。若い世代の意識が変化する一方、65歳以上の子と、その親に当たる90歳以上が同居する家族も少なくありません。そうした世帯にも在宅介護サービスの充実が求められています。
――中村さんのお話にもありましたが、やかんを磨いてあげる、といったサポート一つでも生活を変えられる起点になるわけですから、近隣の住民どうし支え合うことで互いにハッピーになれる地域が広がっていくのは素晴らしいと思います。最後に中村さんと三本木さんにお伺いしたいのですが、地域の困りごと支援をしているお2人自身が、今生活していて困っていることはありますか。
中村:えっ、私が困ることですか、何だろう……。
三本木:私は今の生活に満足していますね。
中村:私も特にないですね。うちは息子や孫と6人家族ですから。犬も家族の大事な癒やしになっています。
――最後に変な質問をしてしまったかもしれません(笑)。本日はありがとうございました。
聞き手:古屋星斗
執筆:渡辺豪