過疎地域にこそ草の根の公民連携体制が求められる――根津久一郎氏
過疎化が進む地域において、地場産業の労働力以上に深刻化しているのが教育、福祉など公共サービスの人材不足。縮小化すなわち「人口減少」を前提にして、地方自治体はどのようなまちづくりに取り組めばいいか。地域力創造アドバイザーとして活躍する根津久一郎氏に、過疎地域における行政サービスの課題や解決策、行政と民間の関係づくりなどを聞いた。
根津 久一郎(ねづ・きゅういちろう)氏プロフィール
千葉経済大学経済学部非常勤講師。金融機関の地方創生担当として、千葉県香取市の古民家や蔵などの遊休物件を再利活用した「佐原商家町ホテルNIPPONIA」の開業、地域課題解決を目的とするいすみ市の地域商社「株式会社SOTOBO ISUMI」の設立および事業展開に携わる。現在、市町村が地域力創造に向け、地域独自の魅力や価値を向上させる取り組みを伴走支援するために招聘する外部専門家、通称「地域力創造アドバイザー」として活動。「未来へつなぐ、地域経済活性化モデルの構築」を活動コンセプトに、千葉県内各地で自治体等と連携した地方創生事業を展開している。
教員のなり手不足解消の視点から、部活動支援の外部人材「地域おこし協力隊」の活躍機会の創出
――根津先生は総務省の地域力創造アドバイザーとして、持続的な地域経済活性化モデルの構築など、さまざまな地方創生事業に携わっておられます。ここではその視点から、人口減少地域における地方自治体の課題や取り組みなどをお聞きします。
過疎地域はどの産業分野でも労働力が不足していますが、より深刻なのは生活や経済活動全てのベースとなる、自治体が提供する公共サービスです。特に教育や福祉は、職員が足りないからとやめてしまうことも、ロボットに置き換えることもできません。これは地方に限らずですが、今、公立校の教員のなり手が不足していますね。理由の一つは教務以外のサービス残業的な活動が非常に多いことで、象徴的なのが部活動の顧問です。部によっては土日も出る必要がありますし、保護者にも対応しなければなりません。現場の負担感は相当なもので、熱心な先生ほど疲弊しきっていますし、そうした実態が周知されるにつれ「教員になるのはよそう」と敬遠されるばかりです。近年ではこの解決策として「部活の地域移行制度」も始まっていますが、土日の部活動支援は例えば草野球チームの監督など、まだまだ個人のボランティアが中心です。しかし生徒がケガを負った場合の責任の所在や、煩雑な保護者対応を考えると、個人で受けるのはリスクが大きく、やはり公的支援として地域のスポーツ協会などを受け皿にするのが妥当だろうと思います。ただ過疎地域では、そうした市町村の外郭団体にも人がいない、という問題があります。
――地域外の人に協力してもらう必要があるということですか。仕組みの構築が難しそうですが。
一つ紹介したいのが「地域おこし協力隊」です。これは条件不利地域、いわゆる過疎地域に限定し、都市部からの移住を前提に人を呼び込む制度で、地域力の充実・強化を図る政策として2009年に総務省が創設しました。部活動支援のあり方として参考になるところでは、地域の人々が利用する公共スポーツ施設に、地域おこし協力隊の隊員がスポーツインストラクターとして派遣された事例があります。この制度を学校の部活でも利用してもらえればいいのですが、教員の方々が着目するのはなかなか難しいようです。そこで私は先日、地域力創造アドバイザーとして関わっている自治体の教育委員会で、地域おこし協力隊制度を理解するための研修を開きました。参加された先生方も部活の負担を何とかしたいという問題意識が強く、一方でどう取り組めばいいのか手詰まりのようだったことから、非常に関心が高く、前向きに検討していただいています。
――教員の方々がこの制度に疎かったのは、文部科学省の所管ではないからでしょうか。
はい、接点があまりなかったと言えるかもしれません。しかし本制度は文部科学省も、また文化庁も奨励していますので、今後はもっと連携を深め、スポーツ系のみならず文化系の部活動支援にも繋がってほしいと期待しています。地域おこし協力隊には自分の能力や経験を活かして移住先で働きたい人が集まるため、ある意味で人材の宝庫です。優秀な指導者の存在により活動成果が大きく左右される吹奏学部などは、その指導者が異動したら代わりを務めてもらうことなども十分考えられるでしょう。
行政組織か民間かではなく持続的に地域課題を解決していくパートナーとして、フラットに協働する姿勢が大切
――地域おこし協力隊のように自治体の外部から人を受け入れるには、いろいろな課題や軋轢もあるかと思います。最近では地域のインフラ整備や自然保護など、公共サービスの一部を住民に委ねる地方自治体も見受けられますが、「公」と「民」の関わり方について先生はどのようにお考えですか。
私が考えさせられた事例を一つ紹介します。千葉県のある市では「港の朝市」が人気なのですが、元々それを発案したのは市の職員でした。漁港の衰退を懸念した市の職員が、地域経済を回すために民間事業者を支援し、漁港の施設を利用して特産品を販売する朝市を始めたのです。しかし職員の支援が常態化したせいで、朝市全体が市からの助成に依存するようになってしまいました。そこで市はコロナ禍を経て人手や予算を見直すとともに、朝市事業の自走化を図るべく支援の打ち切りを決定しました。
事業者が奮起した結果、現在、朝市は市が関与していた頃よりも賑わっています。市側では、行政主導で進めるというのは本意ではなく、また担当者の熱意が共有、継承されていく保証はありません。一方、民間事業者の方も補助金があるとやはり楽に流れて、経営努力をしなくなるのですね。役所との関係が薄れ、「自分たちのお金で事業を継続しなければ」という当事者意識が推進力になり、現在の朝市の繁栄に繋がりました。このケースは、熱意のある市の職員と、民間事業者の頑張りが良い結果を生みましたが、一歩間違うと両者に大きな溝ができていたかもしれません。委託事業などを行うには、民間事業者に自走させる時期やその合意形成も含めて、将来の計画づくりからともにフラットな立場で考えていくことが必要です。
「組織」主体では限界となる過疎地では、自治体が抱える課題を住民は当事者意識で理解している
――そうすると公共サービスにおいても、地方の過疎地域の方が住民との関係づくりが難しいのでしょうか。
一概にそうとは言えません。私は過疎地域ではありませんが、人口が5,600人前後、職員が60数名という小さな町で、印象的な経験をしたことがあります。町の食堂で役場の職員たちと食事をしていたら、年配の住民が来て、どこそこの草を刈っておきましたよ、と話しかけてくるのです。職員の皆さんが一斉に立ち上がってお礼を述べ、草刈りの様子を収めたスマホの画像を囲んで和やかに会話していました。私も見せてもらったのですが、町道の周りなど、結構な面積の草刈りをされていて、こうしたことはよくある、と伺いました。日頃から町の課題を住民の方々も認識していて、できることは進んで手伝うから職員が少なくても町の機能が維持できているのです。その町では何万人もの観光客が集まるお酒のイベントを毎年開催しているのですが、それも住民が自発的に参画するからこそ成り立っています。役場と住民の距離がきわめて近いのですね。しかしそこそこ人口が多くなると役所の職員が主導する形になり、担当者も数年で交代するので取り組みが進みにくい。都市部までいくと今度は部署ごとの職員が増えるので、逆に住民との距離が縮まる傾向があるのですが。
――規模によって住民との関係性が変わるのですね。人口減少地域における行政の関わり方はどのような形が望ましいのでしょうか。
「組織」を主人格として何かやるのは限界があると思います。具体的に企画を考えたり運営したりするのは関わる「人」ですから、課題解決を進めようとする人材を行政にも関連する民間の団体等にも持続的に配置するのが望ましいでしょう。行政の担当者が数年で交代するなら、次の方も地域の課題を理解して引き継いでいけるような、いわば人材獲得・配置機能を組み込んだ組織体制をつくればいいのです。もっと言うと内部の職員である必要もありません。例えば今、地方に移住・定住する人が増えていますが、自ら選んだ地域だけに愛着があり、「もっと盛り上げたい」「自分も活性化に貢献したい」という人はたくさんいます。その想いをくみ取り、活躍の場を用意できる組織、中の人・外の人など関係なく意見が言いあえる風土をつくることが、地方の自治体に求められていることかと思います。私も、能力と熱意のある人材を見つけ、その人たちの橋渡しや、活動を継続できる土台づくりを支援することが、地域力創造アドバイサーとして重要な活動の一つと考えています。引き続きこの点にも力を入れていきます。
――自治体という組織だけでは限界となる過疎地では、住民が地域課題に向き合い、自発的行動していくことが一つの課題解決のカギなんですね。ありがとうございました。
聞き手:岩出朋子
執筆:稲田真木子