スマート農業により農家を法人化して雇用を創出。経済の活性化が唯一の人口減対策――北海道更別村
地域の労働力不足解消の考え方として一般的なのは、基幹産業の担い手を増やすこと。だが新規流入が難しいなか、村民中心の持続可能なまちづくりに取り組んでいるのが北海道・更別村である。基幹産業の農業をスマート化して生産者の作業負荷を減らすほか、高齢者のQOLを高めるDX化を柱とする「更別スーパービレッジ構想」の概要と進捗状況を、同構想を立ち上げ、現在はデジタル政策を担当する今野氏に聞いた。
更別村 企画政策課 参事・スーパービレッジ推進室長
今野雅裕(こんの・まさひろ)氏
「日本一裕福な農村」も人口減少に歯止めがかからず。農業維持のためにDX化を推進
十勝地方の中南部に位置する更別村は、「日本の食料基地」と呼ばれる北海道のなかでも代表的な畑作農業地帯である。村の総面積の7割に上る耕地では、ジャガイモや小麦、豆類、ビーツをはじめさまざまな作物が栽培され、年間あたりの生産量で22万人都市の1年分の食料が賄えるという。作物の多くは首都圏に出荷され、なかでもジャガイモは大手ポテトチップス製造業者との契約農家が多い。スナック菓子などの加工品も含めると、誰もが更別村のジャガイモを口にしていることになる。「ですから更別村の農業を維持することは、村の存続のみならず、日本全体の食料を守ることにつながります」と今野氏は指摘する。
こうした背景から更別村には裕福な農家が多く、「1戸あたりの粗収入は概ね6,500万円から7,000万円ほど。利益は3割くらいになるので世帯所得は2,000万円前後です」と今野氏。だがそれほど恵まれた地域であっても人口減少の波には逆らえず、更別村の人口は1950年代の5,000人台をピークに減り続けている。現在の人口は3,093人(2024年10月1日時点)である。近年では2016年、相次ぐ台風の影響により農地から水が引かず、作物が流されるなど甚大な被害を受けたことを引き金に、人口流出が加速した。当時、今野氏は地方創生の担当で、更別村の将来推計人口を分析し、25年後の2040年には約2,000人、農家戸数は半減するという予測を立てていた。「この数字に危機感を抱きながら基幹産業の農業をどのように維持するか、いろいろと考えていたタイミングで台風被害が起きました。当時は農業事故の頻発や肥料価格の高騰など、他にも問題があり、いわば自然災害に追い討ちをかけられる形で解決策を迫られたのです」(今野氏)
農業の維持にあたり、現実的なのは生産者人口の減少を前提にした施策を立てることである。「農家戸数が半減するなら一戸あたりの栽培面積を2倍にすればいいのです。平均が50ヘクタールですから単純計算で100ヘクタール。東京ドーム20個相当の広さですから、人力だけではもちろん不可能ですが、作業の大半をロボティクス化すればどうか。当事者の生産農家からアカデミアの有識者まで広く意見を聞き、可能という結論に至りました」と今野氏。農業のロボティクス化を進めるには規制緩和が必要なことからプランを練り、国家戦略特区の申請を行ったのが「更別スーパービレッジ構想」の前身である。国家戦略特区に漏れ、次にスーパーシティ構想に応募するなど、紆余曲折を経て構想の中身も次第に膨らみ、2022年にはついに国が強力に推進する「デジタル田園都市国家構想」のタイプ3に採択された。タイプ3は、産業、福祉、行政など、あらゆる分野のDX化の推進、実装において先導的役割を担うリーダー的事業である。総事業費は7億5,337万円で、3分の2が国の交付金、残りの事業費の8割が別枠の臨時交付金で補助される。
ドローンによる空中散布で生産性が向上。無人トラクターは市販化を目指す
更別スーパービレッジ構想は、「100歳になってもワクワク働けてしまう奇跡の農村」がコンセプト。その実現のために医療や福祉、交通など村民の生活全般にわたるDX化を推し進めるものだが、まずは労働力不足解消の視点からスマート農業に注目してみたい。現在、農作業にはドローンを導入し、空中から播種、農薬散布を行うほか、作物を測定し数値化するドローンセンシングも実施している。全て実証段階ではあるが、農薬散布にかかる時間は従来の3分の1程度、殺鼠剤の自動散布テストでは所要時間が6分の1程度になった。つまり生産性が3倍、6倍に向上したのである。
一方、ロボティクス化に関しては、無人トラクターを普及させることが最終的な目標である。市販モデルではなく機械メーカーと提携し、農家のきめ細かい要望を取り入れながら一から開発している。既に走行実験も行い、直進や旋回、センサー探知による安全対策もクリアしているが、「後部の油圧で上下ができないなど、技術的な問題がまだ残っていますので市販化に向けて改善を重ねています」と今野氏。「無人トラクターが普及すると作業効率が2倍、3倍になるので、労働力の点では高齢者を中心とする生産者が楽になるというのが効果の一つ。また、作業の効率化が進むと、やはり農地をもっと広げたくなるのが人の性です。更別村の農業は比較的機械化が早く、ハンドルから手を離しても直進するGPS搭載のトラクターなどは10年ほど前から導入しています。そのときも農地が拡大し、大きな農家では現在170ヘクタールもの農地を所有しています。スマート農業の取り組みでも、うまく行けば皆さん農地を広げたいという思いがあるようです」(今野氏)
ドローンによる農薬散布や播種などは、機器の導入など村の支援を受けて設立した会社に委託し、そこでオペレーターの育成も行っている。無人トラクターの市販化も然りだが、技術導入がしやすい体制が整えば、今大半を占める個人経営の農家が法人化する機運も高まる。「法人化して人を雇えば、100ヘクタールだろうが200ヘクタールだろうが生産は可能です。人口減少の対策として唯一有効なのは、経済を回し、雇用を少しでも増やすことによって人口増につなげることに他になりません。そうした好循環を生み出せればと期待しています」(今野氏)
村民の生活の質向上が、持続的な労働力確保につながる
更別村の長期的な人口減少の要因は、若年層を中心とする都市部への流出が止まらないことが大きい。農業生産者の子どもも、進学や就職を機に都会に出たまま戻らず、後継者不足が深刻である。先述のとおり個人農家が多いため、自身の高齢化と後継者不在を理由に離農する者も後を絶たない。さらに営農を止めた生産者の耕地は既存の生産者、すなわち農家から農家に配分する規制があることから、新規就農者の参入はきわめてハードルが高い。農業の法人化は、新規参入に頼らない活性化という側面もある。
後継者、新規参入、あるいは移住などの施策に、少なくとも重きを置かない。そうした角度で見ると、更別スーパービレッジ構想は、「今ある資源」の価値を最大化する取り組みであると言える。人的資源で重視するのは、今居住する村民だ。同構想の合い言葉「じいちゃんばあちゃんQOL(Quality of Life)世界一の村の実現」は、労働力の持続可能性の実現、と言い換えることもできよう。
高齢者がいつまでも元気でいきいきと。そのためのDX化では、オンラインによる遠隔医療や、住民の健康データの一元管理と共有を進めている。白内障や糖尿病による眼の合併症など、高齢者がかかることの多い眼科は札幌の専門医とつなぎ、加齢も発症要因となる睡眠時無呼吸症候群は村の診療所でオンライン診断・診療を行っている。データの一元化では健康診断や服薬履歴などの個人情報をマイナンバーカードから吸い上げ、同意を得たうえで必要に応じて医師や救急救命士、病院スタッフなどが検索、確認できる。
そのほか、村役場と福祉系複合施設の間で村民をピストン輸送する、自動運転車両のテスト運行も始まった。まだ有人監視が必要なレベル2だが、次のレベルに進むべく大学発のベンチャー企業とタッグを組んで開発している。これとデマンド交通を組み合わせ、村民が自家用車に頼らず移動できる環境づくりを進めている。宅配ではドローン配送のほか、村内を宅配ロボが移動するロボット配送サービスを導入したが、「制度が変わり運用が中断しているため現在は足踏み状態です。さまざまな実証実験を行うなかでは、どうしても制度変更や機能、費用対効果の面などで疑問符が付くものも出てきます。そこは今整理中です」と今野氏。提携先の数はスーパーシティ構想の申請時に公募したのをきっかけに膨れ上がり、現在は絞り込んで40社ほど。「いろいろと試した結果、各事業を最適化していければ成功かと思います。協力企業に困らないのも委託事業の強みです」(今野氏)。一方で、「実証実験の目的はマネタイズ化ができるかどうか」と語るように、将来的には補助金に頼らない村づくりが理想。農家にしてもできるだけ多く自立経営に舵を切ってほしいと、きめ細かな支援を行っている。
「今回の事業運用を通し、私たちも村内経済を活性化する手法や考え方について、新たに学ぶところが多かった。この『収穫』を活かし、今後も経済を回す方向で地域の魅力を高め、人を集めるという好循環の実現に村として挑んでいきます」(今野氏)。20年後、30年後も、更別村が豊かであり続けるために、行政の意識も変わってゆく。
聞き手:坂本貴志
執筆:稲田真木子