働き手不足時代の地域社会を考える

2024年08月06日

働き手不足とそれに伴う経済の変化

リクルートワークス研究所が行った労働需給シミュレーションの結果では、2040年には働き手1,100万人が不足するという結果を得ている。これから日本経済において人手不足がさらに深刻化していけば、労働者の賃金上昇の動きはさらに広がっていくだろう。しかし、その一方で、人件費上昇は企業にとっては利益水準を圧迫する要因となる。人件費高騰によって財やサービスの価格が持続的に上昇していけば、消費者側も消費水準の低下を余儀なくされる可能性が高い。

今後、人口減少や少子高齢化に伴って労働市場や財・サービス市場の逼迫した状態が恒常化していけば、これまでの経済構造は少しずつ変わっていくとみられる。

人口減少に直面する地域の実情を探る

一方、日本ではこのように全国規模で人口減少と高齢化が本格化していくことになるが、より細かいメッシュで見ていけば、こうした現象に直面している地域は日本に既にたくさん存在しているのも事実である。日本には東京23区のような大都市を有する地域がある一方、各都道府県にはたくさんの地方都市が存在する。また、多くの人が名前を知らないような市町村も日本には多数ある。そのなかには高齢化率が既に50%を超え、70代や80代が人口のピークになっている村も存在している。

こうした地方の都市や深刻な高齢化に直面している地域では何が起き、またどのような試行錯誤を行っているのだろうか。それを探っていけば、日本の多くの地域が将来たどる道、とりうる選択肢が見えてくるはずである。

集積の経済の喪失

今後、人口減少が進んでいけば、地域はどうなるだろう。経済的に最も懸念されるのは集積の経済の喪失である。例えば小売業を想定すれば、企業が店舗を立地した際、人口密度はその企業の利益に大きな影響を及ぼす。つまり、人口が密集しており、住民が店舗に容易にアクセスできる状況下にあれば、企業はより効率的に利益を上げることができる。一方、地域の人口密度が低く、店舗に行くのに数十キロの移動を要するのであれば、そこの住民はそのような店舗で買い物をすることを躊躇するだろう。

物流も同様である。過疎地域が増えて住居が点在することになれば、店舗の仕入れや宅配に関して、効率性が大きく損なわれてしまうだろう。あるいは過疎地域については、十分な質・量のインフラを整備することは難しくなってしまうと予想される。

当然、こうして増大するコストは最終的にはその地域に住む住民が負うこととなる。人口密度が低い地域に住み続ける人は、生活するためにより高いコストを負担せざるを得なくなるだろう。

地域社会の新たな意思決定

しかし、こうした経済の現実に直面するなか、生活者もただ手をこまねいているということにはならない。生活が不便になれば、一定数の人は都市圏に転出しようと考え、実際に多くの人が便利な都市に住居を移すことになるだろう。

今後、市場メカニズムは人々の足による投票を促す。そして、不便な地域からは人が流出を続け、少数の都市に人口は集約していくはずだ。そうなれば、東京一極集中とは言わずとも、おそらく多くの地域でこうした中核都市に人口が多極集中していく流れが生じていくことになる。

一方で、人々が住む地域を変えていくことには長い時間を要することも事実である。若い世代はより便利な都市に転出を図るとしても、高齢世代は自身の築いてきたコミュニティが存在する現在の地域に継続して住もうと考えるだろう。そう考えれば、人口の移動は世代交代などによって長い年月をかけてゆっくりと進んでいくとみられる。そうなれば地域の今を生きる人々の目線に立ったうえで、現役世代人口や働き手が徐々に失われていく地域が幸せな縮小に向かうための意思決定、「地域の新たな選択」、ある種の「戦略的撤退」(何を“しない”のかを決める)も現実問題として考える必要があるのではないか。

その意思決定は、これまでの「まちおこし」や「地方創生」とは異なる意味でこれからの日本の地域社会にとって重要なものとなる。そして、その施策の重要性や必要性は十分には社会的に認識されていない。これが、リクルートワークス研究所が本研究に取り組む意義である。

人口減少の最初の局面に突入し、働き盛りの労働者がまずは急速に減少していくなか、各地域が有する資源について選択と集中を繰り返しながら、人口減少時代にふさわしい地域の姿に円滑に移行できるかは重要なテーマである。本プロジェクトでは、人口減少時代の地方経済のあり方について、各地域で取り組まれている働き手不足への挑戦に注目し、地域で行われているさまざまな取り組みを紹介しながら理解を深めていくこととしたい。

坂本 貴志

一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。

関連する記事