官民連携でスマートシティを形成。市民を守る「水防業務」もより安全に効率的に――静岡県藤枝市

2024年10月03日

地方中規模都市の多くが人口減少に伴う課題を抱えるなか、官民連携による「地域DX」を主軸にスマートでコンパクトなまちづくりに取り組んでいるのが静岡県藤枝市である。今回はその概要と進捗状況を紹介するとともに、どの自治体でも重点事項の「自然災害の対応」にフォーカス。わけても水害に備えるAIシステムの導入により、行政の「水防配備体制」がどう変化したか、労働力の代替効果なども含めて掘り下げる。まちづくり計画を飯塚氏に、水害対応を榛葉氏に聞いた。

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藤枝市 企画創生部 情報デジタル推進課 主査 飯塚友洋(いいづか・ともひろ)氏(写真左)
藤枝市 都市建設部 河川課 係長 榛葉隆浩(しんば・たかひろ)氏(写真右)

デジタルで都市の課題を解決する「ふじえだスマートコンパクトシティ」とは

藤枝市は静岡県中部に位置する人口約14万人(2024年6月末現在)の中規模都市で、良質な茶の産地として知られ、隣接する静岡市のベッドタウンとしても発展してきた。だが多くの地方都市と同様、人口減少に伴うさまざまな課題を抱えており、2016年度から国が推進する「コンパクト・プラス・ネットワーク」構想に基づくまちづくりに取り組んでいる。同市の取り組みの際立った特徴は、デジタル技術を活用したまちづくりを志向している点にある。「県中部の中核都市として、スマートでコンパクトな都市をつくろうと『ふじえだスマートコンパクトシティ』を掲げた総合戦略を立案しました。現在、スマートシティ化に向けてサービスの創出に取り組んでいます」と進捗状況を説明するのは飯塚氏。2021年には県内の市町で唯一、国土交通省「スマートシティモデル事業」の先行モデルプロジェクトに選定されている。

第一段階の2020年まではデジタル化に向けた推進体制を構築。その核となるのが、市内外の産・学・官・金約100団体で組織される「藤枝ICTコンソーシアム」である。会員企業・団体が課題感を共有し、知見を結集しながらICTによる市内事業の活性化、および市内事業の総合的な向上を目指す目的で設立された。市は設立に関わった後、昨年度までは補助事業と委託事業の両面で支援していたが、今年度から委託事業のみに移行している。「元々コンソーシアムとして自走させるのが目的で、補助を行っていました。現在は会員企業との連携が進み、域内のDX推進事業を率先して進めていただいており、市の活性化に寄与する組織として支援しています」と飯塚氏。第二段階に入った現在は、デジタル化による効果を実感できる分野から活発に実証実験・実装を進めている。

今年度新たに実施している事業はデジタル経営診断とデジタルサービス実装に向けた部会設立の2つ。デジタル経営診断事業は、市内事業者を対象にデジタル経営診断ツールを用いた診断・分析を通して、デジタルに関する課題を可視化するものだ。3年計画で進行し、700社の診断を目標にしている。「なお、昨年までに地域DX推進事業として200社ほどの市内事業者の課題ヒアリングを行い、デジタルソリューションの導入支援を行いました。実証実験を経て20数社が実装に至っています。今回診断を受けた企業がそれらのソリューション導入事例を活用していければ」と飯塚氏。在庫管理をアナログからデジタルに、また小売業ではキャッシュレス決済の導入といった案件が多く、「残業時間が減った」「業務が効率化された」などの声が上がるなど、労働力不足改善の一助になっている。市内全事業者にわたる診断から実装までの仕組み化により、さらに効果が期待できよう。

一方、市民生活を豊かにするデジタルサービス実装に向けた部会設立では、市役所の関係部署が参画する8つの「DX推進事業部会」を立ち上げ、「教育」「健康・医療」「子育て・介護」といったテーマ別に、市の課題感や求めるソリューションを踏まえて望ましいデジタルサービスやシステムの検討を進めているところである。「コンソーシアム会員に加えて、スタートアップ企業や首都圏企業を積極的に市に誘致し、事業提案や技術提供を受け、官民連携のもとで進めていきたい」と飯塚氏。2022年にはスタートアップをはじめとする市内外の企業の集積地として、藤枝駅前にコワーキングスペース「未来共創ラボ フジキチ」を開設しており、この2年間で順調に利用者数を増やしている。

未来共創ラボ フジキチの写真

未来共創ラボ フジキチ
藤枝市が目指すのは、市の重点戦略である「4K」を柱としたスマートシティの形成。最終段階では、教育・健康・環境・危機管理(交通安全)という市民生活の「4K」において、創出したデジタルサービスを実装するとともに、運用を通して集積されたデータにより“都市OS”として機能する連携基盤の構築と活用を目指す。「例えば健康分野ではオンライン問診サービスの実装を行いました。将来的には、そのデータを健康福祉分野やまちづくりに活かすなど、ICTを活用した取り組みから得られるデータを連動させ、幅広い分野・サービスに活用し、まち全体を最適化していき、全方位から市民の暮らしの満足度を向上させることにより、藤枝市が抱える課題の解決に寄与するものと考えています」(飯塚氏)

水害対策として予測システムを導入。「水防配備業務」が劇的に変化

少子高齢化・人口減少が進むなか、藤枝市がスマートコンパクトシティを形成するうえで課題として挙げているのは大きく4点。このうち「産業の持続性・担い手不足」「若い世代の流出」については、先述のように藤枝ICTコンソーシアムを中心とする官民連携で取り組んでいる。また「郊外・中山間の交通弱者増」に関しては、交通・観光事業者などと連携し、AIオンデマンド交通の実証運行を開始している。

AIオンデマンド交通の実証運行の写真AIオンデマンド交通の実証運行

残る一つは「自然災害リスクの拡大」である。この対策として市では、AIを活用した河川水位予測システムを導入した。「地震も怖いのですが、近年では豪雨による河川氾濫や土砂災害のニュースが相次ぎ、線状降水帯の恐ろしさが周知され、むしろ水害が身近な関心事になっています。水防活動も増え、市職員の負担増に繋がっています」と河川課の榛葉氏は言う。自然災害の対応は行政の責務であり、またその体制整備は藤枝市に限らず全自治体に共通する課題である。ここからは、労働力の視点も絡めて藤枝市の取り組みを記述する。

降雨時の職員の配備は「水防配備体制」と言われ、藤枝市では河川課が中心となり、都市建設部・基盤整備局・危機管理センターの職員が水防業務を担っている。従前は気象庁から発表される大雨注意報や大雨警報を受けて、まず市内河川など現地を巡回し、目視により危険度を予測・判断していた。「これだけ雨が降ると、数時間後には河川の水位がこれくらいまで上がるだろうという、いわば経験則でしかありませんでした。経験を積んだ職員が求められるうえ、自ら判断することの心理的な負担も大きかったと思います」と榛葉氏。

また藤枝市は山間部の雨量が多く、市街地も記録的な大雨に見舞われたことがある。年にもよるが、時間外に出動する水防配備体制が敷かれるのは年に50日ほどに上る。単純計算で週1日以上の頻度で、「プライベートな時間もかなり拘束されますので、水防業務が負担となり河川課の疲弊に繋がっていました」と榛葉氏は振り返る。AI河川水位予測システムを導入したのは市全体のDX推進に加え、水防業務の効率化を図る目的もあった。

AI河川水位予測システムでは、水位計と河川監視カメラ、冠水センサーを市内の中小河川や浸水被害が多い地区に設置。過去に取得した水位計データと雨量予測をもとにAIが今後の水位を予測する。「現在は15時間先まで予測できるようになりました。4時間後、3時間後など、短いほど予測精度が高くなり、(15時間先は)まだまだ精度が低いのですが、それでも15時間前から準備ができるため、精神的な余裕も生まれています。また気象情報も民間の気象会社から提供を受けるようになり、藤枝市に特化して収集できるようになったので、その点も早期の水防配備体制の構築に役立っています」(榛葉氏)

水位計・河川監視カメラ・冠水センサーの写真

水位計(写真左上)・河川監視カメラ(写真右上)・冠水センサー(写真左下)


河川水位予測データの図河川水位予測「㈱構造計画研究所 RiverCast」より

現状のシステム運用としては、早期の避難情報を発令するための判断に活用しているが、ここでも「河川水位予測の結果に基づいて参集人数を絞れるという、人員の効率化に繋がっています」と榛葉氏。水防業務は予測される危険度により、出動人数を最小単位の2人組から8人体制、17人体制と拡充する。避難情報の発令が見込まれる場合は、災害対策本部を設置する必要があり、最大で135名の水防配備体制になる。「経験則で判断していた頃は、『もしかすると浸水被害が生じるかもしれない』といった段階で念のため水防配備体制を強化していましたが、正確な予測によってそうしたことがなくなりました。何より雨が降りしきるなか、特に深夜など危険を冒して現場を目視する必要がなくなったのは職員の安全面で大きいことです。河川の増水など現場の状況は水位計およびライブカメラで確認できるほか、冠水が起きた瞬間にセンサーが感知し、職員にメールが配信されるなど、ICTの活用によって水防業務が劇的に変わったと実感しています」と榛葉氏。

水防配備体制の強化

経験則に基づく判断、すなわち属人化の解消もあって、今後は誰もが水防業務に携わることができるよう、水防配備体制の強化を検討している。「河川課を置く都市建設部基盤整備局というのは本来、土木の職場です。平時では河川改修などの基盤整備、災害発生時には道路啓開(※1)や堤防緊急復興などの災害復旧工事を行わねばなりません。現場対応がメインになるなか、土木技術者が少なく、新たな採用も難しいことから、土木の仕事に集中したいというのが率直なところです。とはいえ水防業務も大切ですから、DXが水防業務の強化に繋がると期待しています」と榛葉氏。

一方で年々、自然災害が激甚化するなか、「過去と比べても技術者の数が足りないのが、深刻な問題になっています」と榛葉氏は憂える。それは恐らくどの地方自治体も同じだろう。藤枝市も採用方法を工夫し職員の新規獲得に努めているが、「そもそも土木系の学生の絶対数が少なく、官公庁だけでなく民間企業も含めて取り合いになっています。やはりこれからは国が推進するi-Construction(ICT土工)をはじめ、最新テクノロジーを駆使して自動化や無人化を図っていかなければならないと感じています」(榛葉氏)。都市建設部はICT化が進んでいる方で、既に遠隔臨場(※2)なども推進しているが、今後もさらなるICT化に注力する予定だ。また水防業務にしても、雨量の予測に関し、より精度の高いモデル構築を視野に入れている。

「水防」とは、一般には馴染みのない言葉だが、市民の暮らしを守るうえで不可欠な業務である。AI水位予測システムの導入により他にも変わったこととしては、「各所に設置した水位計や河川監視カメラが市民の皆さんの目に留まり、『これは何だろう』と案内看板を読む機会ができたことで、少しでも水害に対する意識の醸成に繋がったのではないかと思います」と榛葉氏は語る。実際、道路冠水による通行止めなどの作業をしていると、作業意図を理解して感謝の言葉をかけられることも増えたという。「そうしたやりがいをもっと発信して行政の仕事、土木の仕事に関心を持ってもらうことが必要かもしれません。水防業務の“スマート化”がきっかけになればと期待しています」と榛葉氏。行政サービスの人手を確保するためにも、暮らしやすく魅力的なふじえだコンパクトスマートシティの実現が待たれるところだ。

(※1)災害時に緊急車両等を通すため瓦礫処理などを行って救援ルートを開けること。
(※2)カメラで撮影した映像と音声を利用して遠隔地から確認作業等を行うこと。

聞き手:坂本貴志
執筆:稲田真木子

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