村民主体の公共事業も転換期に。栄村の「いま」が抱える課題と展望――長野県栄村
総務省が人口減少率などから「過疎地域」に指定する自治体は、1970年の指定制度開始以降、初めて全国の市町村の半分を超えた。過疎化が止まらないなか、かつて「実践的住民自治」による村運営で注目された長野県・栄村もまた施策の転換を迫られている。公共サービスの一端を住民が主体的に担う独自の事業の数々が、過去にどのような成果を上げ、現在はどんな課題を乗り越えようとしているのか。これからの日本の地域づくりを占う試行錯誤に取り組む、村民の健康支援に携わる樋口氏、雪害対策やデマンド交通など移動手段を管理する島崎氏に聞いた。
栄村役場 民生課住民福祉係 島崎佳美(しまさき・よしみ)氏(写真右)
栄村役場 民生課健康支援係 樋口祐介(ひぐち・ゆうすけ)氏(写真左)
「自律の村づくり」で過疎の村を活性化するも、人口減少により担い手が不足
長野県の最北端に位置する栄村は南北に細長く伸びる地形が特徴的で、東側が新潟県、南部の一部が群馬県に接する。農村地域と山峡地域が広がり、山岳観光地や良質な米の産地として知られる一方、日本海側の気候の影響を受け、全国でも有数の豪雪地帯である。過去には当時日本一の積雪量が観測され、今も冬には2~3メートルの雪が降り積もる。
栄村はいわゆる“平成の大合併”の時代に市町村合併を行わず、住民調査の結果を受け、「自律の村づくり」を宣言して独自の将来運営モデルを策定、実践した。以降、「雪害対策救助員」や「げたばきヘルパー」といった公共事業は高く評価され、2009年には総務省から過疎地域自立活性化優良事例として団体表彰を受けている。小規模自治体のいくつかは栄村の施策をこぞって取り入れるなど、自立的なまちづくりの先駆けとして知られるようになった。
だが現在、栄村では予測を遙かに超えた人口減が進んでいる。10年前の2014年には2,149人だった人口は1,584人(2024年8月1日現在)になり、高齢化率も55%を超える。若年女性人口の減少率から「消滅可能性自治体」の一つにも挙げられている。「引き金は2011年の長野県北部地震(栄村大震災)の発生です。これを機に人口流出が加速し、生産年齢人口と高齢人口の比率が逆転しました。住民主体の公共事業も担い手の確保が難しくなり、今後の維持を含めた制度管理が大きな課題になっています」と樋口氏は語る。過疎化地域の自治体運営を考えるうえで、改めて栄村の実績と課題をまとめてみたい。
近隣住民が介護に駆け付ける「げたばきヘルパー事業」。最盛期は100名以上が稼働
栄村は、谷あいの山里に31もの集落が広域に点在する村。1997年の介護保険法の成立に伴い、村でも有資格者による訪問介護の体裁を整える必要に迫られたが、介護ステーションの1拠点から全ての被介護者宅を訪問するにはかなりの距離があり、時間を要する。まして数メートルもの積雪がある冬は、数キロの移動すら困難になる。そこで近隣の住民が24時間いつでもヘルパーとして安否確認や介護ができるよう、村独自の「げたばきヘルパー事業」を創設した。事業名は、隣近所であれば下駄を突っかけてすぐに駆け付けられることから来ている。
人員は村独自のヘルパー養成講座を1999年から5年間開講し、116名の有資格者を確保した。「当時、村民は3,000人ほどで、資格取得には至らなかった方も含めると200名近くが受講しました」と樋口氏は振り返る。村民にとっては報酬が得られることがわかりやすい魅力の一つだが、居宅介護のウエイトを高めることにより、介護給付費を抑制し、介護保険料を他地域に比べて低く設定することが可能といった効果も生じている。また、ヘルパーは身体介護や家事支援という介護保険給付の枠内の活動だけでなく、介護食を届ける配食サービスや、各地区の集会所などで住民を集めて手芸等の集いを開催するなど、地域の支え合い活動やコミュニティづくりにも活躍した。運用は村の社会福祉協議会に委託し、最盛期は社協に雇用された116名が8つのエリアに分かれて配置され、地区代表者を中心に編成された「げたばきヘルパーワーキングチーム」として活動を行った。公共福祉サービスの労働力確保という点でも、十分な成功事例と言えた。
しかし現在は、直近資料(2023年)の登録者数が50名、稼働している者は20名程度。「2024年の今はさらに少なく、実際に働いているのは10名弱です。秋山郷という国道からだいぶ離れた地区に7名が常駐し、残りは社協の訪問介護事業所で介護士として勤務しています」と樋口氏。ヘルパーの高齢化も進み、平均年齢は71歳に上昇した。「最高齢が75歳、若い方でも60代です。新しい方が入らないため、いつまで活躍していただけるか懸念している状況です」(樋口氏)
ヘルパー減少の背景には、介護保険法の改正も影響している。従来の「ヘルパー2級」が「介護職員初任者研修」に変わり、資格要件も厳格化されるなかで、2級・3級を持つヘルパーの活動の場が徐々に制限されていった。「特に初任者研修がハードルとなり、皆さんドロップアウトしていきました。そうした点で、げたばきヘルパーの運用をうまく国の制度に乗せ切れなかったことが栄村の反省点だと受けとめています」と樋口氏。だが同制度は村民の助け合いによる生活支援、すなわち国が推進する地域包括ケアシステムの理念をいち早くコンパクトな形で実践したものとも言える。
互助機能が薄れ行政依存が進む。要望を叶える立場から地域の伴走者を目指す
豪雪地帯の栄村で、長年続く雪害対策サービスも時代の変化により課題を抱えている。村では道路の除雪や凍結路面対策のほか、住民の力を借りて「雪害対策救助員事業」と「道踏み支援事業」を行っている。雪害対策救助員事業は、高齢などの理由で自力では自宅の屋根の雪下ろしや排雪が困難な世帯に救助員を派遣し、代わりに作業を行う制度で、毎年、救助員を村の会計年度職員として任用している。支援が必要と認定された世帯は所得等により有料と無料に区分され、有料世帯から作業賃を貰うため報酬もそれなりに高めである。一方、道踏みとは玄関先から道路までの除雪のことで、積雪により家に入れない・出られないといったことを防止する作業である。栄村職員のほか村民を「道踏み支援員」として派遣し、無料で道踏みを支援している。報酬は村の補助金から拠出している。
「雪害対策救助員は農家や建設関係の職人さんなど、比較的時間の融通が利く方が多いため、今のところ人員不足ではありません。むしろ困っているのは道踏み支援です」と島崎氏は語る。昨年度、道踏み要支援の認定を受けたのは88世帯だが、対する支援員は50名程度。「支援員の減少と高齢化により、集落の中でたった1人だけ、それも高齢の方が複数のお宅を受け持つケースもあります」と続ける。さらに年々、支援を受ける側の要望が高じており、「例えば『かんじき』による道ならしで十分なところを、『除雪機を出してくれ』とか、ずっと在宅されているのに朝早い時間を指定されたり、デイサービスから戻る前に済ませてほしいと強硬に要望されたり。役場へのクレームも年々増加しています。雪害対策救助員に早朝の道踏みもお願いするなどして対応していますが、集落が縦に長く点在しているので移動にかなり時間がかかり、効率の悪さも問題になっています」(島崎氏)。
島崎氏は村民の移動手段も管理している。栄村では過疎化により民間のバス路線を廃止し、2007年から村営のデマンド交通システム「かたくり号」を導入しているが、その運用も見直しを迫られている。「10年前は一日当り平均5,000人が利用していましたが、現在は2,400人まで減少しています。それも午前中の利用が大半なので、費用対効果を考えると相当な赤字です。ドライバーの確保も難しくなったため、委託先の運転手の常駐時間を短縮するほか、移動困難者を登録制にして早朝や夕方はタクシー割引を利用してもらうなど、さまざまな面から見直しをかけています」と島崎氏。デマンド交通の利用者が減ったのは人口減に加え、「自動車運転免許を持ち、かつぎりぎりまで返納しない高齢者が増えたこと」と分析するが、返納率が上がったとしてもいずれ限界が来よう。
「げたばきヘルパーにしろ道踏み支援にしろ、維持が難しくなったのはもちろん人口減が前提ですが、根底に共通するのは住民意識の変化だと思います」と樋口氏。かつては雪下ろしでも高齢者の見守りでも、あるいは買い物に行く際の車の相乗りでも、おのずと隣近所同士で声をかけ合い、助け合う互助機能が作用していた。「しかし隣近所や親戚付き合いが希薄になるにつれ、気軽に用事を頼みにくくなり、『やってほしい』という声の行き着く先が役場に集中するようになりました。単純な取り決めでも協議会の裁決を求めるようになるなど、従来は地域の支え合いでフォローできていた部分も、全て行政に来ていると感じています」と島崎氏も重ねる。
行政依存を脱し、かつてのように地域で支え合う機運を醸成していきたい――。そうした観点から栄村では現在、各課から有志の協力員を募って「地域行政協働プロジェクト」と呼ぶ協議体を形成している。村民主体の他の協議体や民間法人とも連携しながら、まずは職員の意識を横串で変えていくことが目的だ。「今の時代、地域行政に求められるのは、『地域のありたい姿』を住民とともに考え、調整・実現するマネジメント機能やコーディネート機能だと思います。そのうえで、単に住民の要望を叶える立場から、『地域の伴走者』としての関わり方を模索していきます」と樋口氏。賞賛された「村民自治の村づくり」を過去の栄光に終わらせず、新たな世代の力も取り込んで、人口減少の荒波にあらがいながら活路を見いだそうとしている。
聞き手:坂本貴志
執筆:稲田真木子