複数拠点を利便性の高い公共交通で繋ぎ「5kmの移動で用が足りる」都市を目指す――香川県高松市

2024年09月19日

地方自治体の労働供給制約への対応施策の一つとして、都市の利便性を維持しながら、機能を集約して管理コストの削減を目指すコンパクトシティへの移行がある。主要な拠点に人口を一極集中させる形と思われがちだが、高松市が取り組む「多核連携型」は複数の拠点を公共交通ネットワークで繋ぎ、緩やかに都市機能の集約を目指すという。2008年から先駆的な取り組みを進める同市のコンパクトシティ構想について都市計画課の担当者に話を聞いた。

高松市高橋氏、三宅氏、伊賀氏、三谷氏の写真左から
高松市都市整備局都市計画課
高橋淳(たかはし・じゅん)氏(同課住宅・まちづくり推進室を兼務)
三宅秀造(みやけ・しゅうぞう)氏(同課住宅・まちづくり推進室を兼務)
伊賀大介(いが・だいすけ)氏(同課デジタル社会基盤整備室等を兼務)
三谷敏之(みたに・さとし)氏

都市計画区域外での開発で拡散型の都市構造を形成

瀬戸内海に面する高松市は香川県の県庁所在地として、対岸の中国地方も含む広域な経済圏のなかで発展してきた。市域は8度の合併により、北は瀬戸内海側から南は徳島県と隣接する山間部まで広がり、人口は四国第2位の41万7,963人(2024年4月1日時点)を擁する中核市である。それでも2015年には人口のピークを迎え、以降は緩やかな人口減少が続く。こうした現状を予測し、同市は2008年から人口減少の時代に合わせた都市構造を目指して「多核連携型コンパクト・エコシティ」への移行を進めている。

この背景には、モータリゼーションの急速な進展などに伴い、人々の居住する地域が市北部の海沿いのエリアから内陸部へと拡大したことがある。1971年に香川県が決定した市街化区域および市街化調整区域の外側、開発規制がかからないエリアにも多くの住民が住むようになり、低密度な拡散型の都市構造が形成された。このため同県は市街地拡⼤の抑制と区域外での無秩序・無計画な開発を防ぐ目的で、2004年に全国で初めて市街化区域と市街化調整区域の区分を廃止し、より広域な都市計画区域を設定して市街地の拡大抑制を図ってきた。しかし、その後も市北部にある中心市街地とその周辺からの人口流出、郊外部での人口増加の傾向が見られ、十分な効果を挙げたとは言い難い。

そこで2008年に策定した都市計画が「高松市都市計画マスタープラン」である。都市計画課の伊賀氏は、「立案には人口減少のなか、拡散型の都市構造では管理コストがかさみ都市機能が低下する、という行政側の危機感に加え、2007年に『今の時代に合った都市構造への移行』を強く主張した大西秀人市長が就任(2024年時点で5期目を務める)したことも後押しになりました」と振り返る。

多核連携型コンパクトエコシティの概念図多核連携型コンパクトエコシティの概念図

都市の姿を大きく変えない多核連携型のコンパクトシティとは

この都市計画を踏まえ、2013年に「多核連携型コンパクト・エコシティ推進計画」を策定した(2018年に改定)。現在は中心市街地に加え市内の16拠点、計17カ所を集約拠点とし、それらを鉄道やバス等を組み合わせた公共交通で繋ぐ都市構造の実現に向けて計画を進めている。具体的には、都市機能・⽣活機能の集約・強化、地域の暮らしやすさの向上、公共交通ネットワークの再編、市街地拡⼤の抑制など目的別に各種の施策を実施している。国土交通省では2014年の都市再生特別措置法に基づく立地適正化計画により、多極ネットワーク型コンパクトシティ(コンパクト・プラス・ネットワーク)を推進しているが、高松市の計画はそれに先駆けた取り組みといえる。

集約拠点の分類と役割の図同市の中心市街地は商店街が主体となった再開発を契機に賑わいを見せており、そのほかの16の集約拠点も「商業施設や医療機関、金融機関など、生活に必要な機能がある程度集積し、これまでも人が集まっていた地域であり、コンパクトシティになっても都市の姿はさほど変わらないでしょう」と高橋氏は言う。同市の「多核連携型」の意義を端的に示すのが「5kmの移動で用が足りる生活圏の維持」という伊賀氏の言葉である。「これまで2km圏内の移動で用が足りていたのが、人口減少で近くの商店が次々になくなると、10km圏内で動かなくてはならない。集約拠点を設けることで、それを5km圏内の移動で済むようにしたい。そのように計画の目的を話すと住民の皆さんにも非常に伝わりやすかったですね」

夜間人口より変化しやすい昼間人口の誘導から着手

立地適正化計画には一般的に居住誘導区域が設けられ、必要に応じて居住移転をねらった施策も実施される。しかし、伊賀氏は「居住地の誘導から始めても納得して動いてくれる人はほとんどいません。そのため土地利用の制限など長期的な効果をねらった施策も行いながら、まずは昼間人口のコントロールを目的に公共交通ネットワークの再編を強力に進めました」と話す。ここで同市が重視したのは需要に応じた交通サービスの最適化であり、現状の交通サービスを無理に維持することではない。伊賀氏は「人口減少で利用ニーズが減っている地域に対し、バスの本数を増やしたり料金を下げたりしてサービス水準を高めても利用率の向上には繋がりません」と強調する。基本的には従来生活利便施設が集積している集約拠点間を繋ぐ路線、移動の利便性を高める交通結節拠点を繋ぐ路線など、需要があり居住の誘導にも資する路線を優先して維持確保する考えである。

電車・バスの乗り換え利用を促進する乗り継ぎ割引サービスのチラシ
電車・バスの乗り換え利用を促進する乗継割引サービス

同市を走る鉄道はJR予讃線、高徳線、ことでん(高松琴平電気鉄道)琴平線、長尾線、志度線と5つの路線があるが、市内で路線バスを運行するバス会社はことでんバスのみ(市外から運行する大川バスが1路線あり)。路線バスは中心市街地を起点に市内の各方面に延び、運行距離が長く鉄道と並走する区間も多かった。そのため同市ではことでん、そしてことでんバスと協働し、鉄道を基軸としたバス路線の再編を進めている。

具体的には鉄道と並走するバス路線を削減する一方、バスから鉄道あるいは鉄道からバスに乗り換えて目的地に向かうための路線を増やし、乗り継ぎの待ち時間短縮を目指して発着の時刻を調整した。交通系ICカードを利⽤した乗継割引の割引率アップなどで乗り換えの利⽤促進も図っている。

さらに交通結節拠点の充実を目的に、2020年に市内を東西に走る幹線道路と鉄道が交差する部分に伏石駅を新設し、2021年には駅前にバスターミナルを設けて、バス路線の再編も行った。「既存の駅周辺には住居が密集し、バスが行き来するには不都合な場所も多かったため、駅とバスターミナルの両方を新たに設けました」と高橋氏。今後は伏石駅の南側を東西に走る幹線道路との交差部にも新駅を設け、同様にバス路線の再編を実施する予定である。

新たな交通結節拠点として誕生した吹石駅新たな交通結節拠点として誕生した伏石駅
行政と交通機関の協力体制は一朝一夕にできたものではなく、住民記録GISデータによる人口動態分析、交通事業者の所有するICカードデータや、携帯基地局データを用いた人の移動情報などをもとに、「需要のあるところに手厚く供給する、当市のエビデンスに基づく政策提案が鉄道会社・バス会社からの信頼に繋がっている」と伊賀氏。ただ、再編を行ってもなお収益が出にくいバス路線は存在するため、高松市からバス会社に対する一定の補助金は必要になる。「2024年から本格的にスタートした運輸業界の働き方改革で、バス路線の維持はさらに厳しくなっています。例えば利用者数が少ない路線はバスではなくタクシーを移動手段とするなど、今後も状況に応じてさらなる最適化を行います」

公共交通ネットワーク再構築のイメージ(高松モデル)公共交通ネットワーク再構築のイメージ(高松モデル)

また、都市のインフラ整備においても「必要な修繕を行って機能維持に努める地域と、再整備などで新たな機能の追加や質の向上を図り、利便性を高めて多くの住民を周囲に誘導する集約拠点に分け、多核連携型のコンパクトシティの実現に向けて投資を最適化していきます」と高橋氏。そうした集約拠点には商業施設をはじめ生活利便施設が建ちやすい土地政策を実施し、「住民が増える→施設が充実する→さらに住民が増える」といった良いスパイラルを目指している。

新駅の利用者数や居住誘導区域内の人口動態などに手応え

同市が「多核連携型コンパクト・エコシティ推進計画」を策定して10年が経過したが、三宅氏が「住民の住み替えは30年、50年といったスパンでゆっくりと進み、短期的に大きな変化は起きにくい」と話すように、都市全体としては目立った成果は表れていない。そうしたなかでも、中心市街地付近にマンションが建ったこともあって人口がやや増加し、新たな交通結節点とした伏石駅の利用状況は好調だという。ことでんは高松市総合都市交通計画推進協議会(2023年6月6日開催)で、

・伏石駅はコロナ禍の2020年11月開業ながら開業2年後の2022年度では、1日平均2400人が利用する駅となった
・両隣の駅からの移行を考慮しても利用者の約4割は新規の鉄道利用者と考えられる
・2002年のことでん経営刷新後に開業した駅の中なかでは利用者の増加スピードが非常に速く、公共交通のネットワークの取り組みの効果が顕著に表れている

と発表している。伏石駅のバスターミナルにも市内循環バスを含め、現在6路線が乗り入れ、隣県の徳島市への高速バスも運行されるなど利便性は向上している。なお、2024年3~4月にことでんバスが行ったバス路線の再編では、前述の働き方改革の影響などで平日176本、休日153本の大幅減便となったが、同バスターミナルでは高松空港と中心市街地を結ぶ路線や大学病院行きの路線も新設されるなど、公共交通ネットワークの一層の充実が図られた。

また、同市が施策の推進に関して広く市民の意見を聴くために設けた高松市コンパクト・エコシティ推進懇談会の資料では、居住誘導区域内の人口は計画策定時の2016年から2020年まで転出超過が続いていたが、2022年に初めて322人の転入超過となった。2021年および2023年は転出超過だが、以前に比べてその規模は縮小している。

居住誘導区域内の1年内の社会増・社会減の図50年先を見据えた同市のコンパクトシティへの取り組みはまだ初期段階といえるが、交通結節点の利用状況や居住誘導区域内の転入・転出の変動を見ると、伊賀氏の言う「5kmの移動で用が足りる生活圏の維持」の実現に向けた歩みは順調のように思える。さらに三宅氏は「都市機能を集積して効率化を図る以外に、多核連携型の都市構造が持つコンパクトさ・移動のしやすさは、多様な人材や異業種が交流して新たなビジネスやデザインを創造する場としても有効ではないか」と言う。コンパクトシティへの移行は人口減少時代のやむをえない選択といったマイナスイメージを持たれがちだが、先駆的な取り組みを進める高松市ではコンパクトシティならではの新たな創造の場が生まれる可能性も考えられる。

聞き手:坂本貴志
執筆:山辺孝能

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