人口減少時代のまちづくりがもたらす労働力確保の可能性――栃木県宇都宮市 佐藤慎太郎氏・齋藤健太氏

2024年09月05日

人口減少に伴い地域の労働力不足が懸念されるなかで、まちづくりのあり方はどう変わるのか。地域の拠点ごとに都市機能を集約し、公共交通網を整備する「ネットワーク型コンパクトシティ」に取り組んでいるのが栃木県宇都宮市である。県庁が所在し、総人口51万人(※)の中核市が目指すまちの姿と現在の進捗状況、また労働力不足解消の取り組みを宇都宮市に聞いた。

宇都宮市佐藤様・斉藤さまの写真宇都宮市都市整備部 NCC推進課 佐藤慎太郎(さとう・しんたろう)氏(写真左)
宇都宮市経済部 商工振興課 齋藤健太(さいとう・けんた)氏(写真右)

町村合併により市街地が点在。無秩序な拡散を抑制し、拠点を集約する

人口減少と高齢化を背景に、国土交通省は全国の市町村に対し、都市機能を集約するとともに公共交通網の構築と連携によってアクセスを高める「コンパクト・プラス・ネットワーク」構想を示している。2014年にはその推進に向け、都市再生特別措置法を改正して「立地適正化計画制度」を創設、導入した。以降、現在までに747市町村が立地適正化計画に具体的に取り組み、そのうち568市町村が計画を作成・公表している(2024年3月末現在)。宇都宮市もその一つであるが、市が進める「ネットワーク型コンパクトシティ(NCC)」が産声を上げたのは法制化前の2008年にさかのぼる。市の総合計画における「都市空間形成の基本方針」の理念として初めて掲げ、2015年には「ネットワーク型コンパクトシティ形成ビジョン」を策定した。現在はその2年後に策定した立地適正化計画と併せて運用しながら宇都宮市独自のまちづくりに取り組んでいる。

宇都宮市が全国に先駆けて次代のまちづくりに着手したのは、市の成り立ちによるところが大きい。「当市はこれまで町村合併を繰り返しながら50万人都市に発展してきました。そのため市の中心部だけでなく、郊外に旧行政区域が点在しています」とNCC推進課の佐藤氏は指摘する。旧行政区域は家屋が密集し、学校や商業施設、医療機関などが集まる市街地である。一方、市の総人口は合併により長らく増加してきたが、2018年を境に減少局面に入ることが推計されていた。「人口減少と少子高齢化の波が宇都宮市にも到来するにあたり、今後、いかに都市の機能を保っていくかが重要な課題でした。無秩序に市街地を拡散するのではなく集約の方向ですが、市の成り立ちを踏まえると中心市街地への一極集中は現実的ではありません。地域の拠点として旧行政区域への集約も進めるとともに、そのようにしてコンパクトになった街々を公共交通で繋ぐことにより、誰もが安心して暮らし続けられるまちづくりを目指そうと生まれたのがネットワーク型コンパクトシティです」(佐藤氏)

ネットワーク型コンパクトシティの概念図ネットワーク型コンパクトシティの概念図

独自の誘導策で居住を促進。LRTの開業により市全域にわたる鉄道網が完成

宇都宮市は市の全域を、開発を進める市街化区域と開発を抑制する市街化調整区域に二分し、市街化区域の面積の約2分の1を「居住誘導区域」に、さらに居住誘導区域のなかにある10エリアをスーパーやドラッグストア、病院、保育園といった生活に必要な施設を集積させる「都市機能誘導区域」に定めている。立地適正化計画に基づく枠組みだが、マイホーム取得や賃貸物件の家賃の助成、また施設を建てる際の整備費補助金など、区域への誘導策は市独自の制度をつくって運用している。マイホーム取得などの助成制度は開始から5年で平均して年300件ほどの実績がある。施設整備補助金の申請はこれまで8件程度だが、歯科クリニックや訪問看護事業所など多様な事業者に交付している。一方で開発抑制の規制策に関しては、立地適正化計画の策定に併せ、市街化調整区域における住宅地の無秩序な拡散を防ぐために個別開発の活性化基準を廃止している。

また、各区域を繋ぐ公共交通ネットワークの一環として、2023年8月に国内初の全線新設LRT(Light Rail Transit、次世代型路面電車)を開業した。宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地まで市の東西を結んだのは、これまで東西方向の交通網が脆弱だったためである。「鉄道に限らず、階層性のある公共交通ネットワークを構築するのが市の方針です。南北方向にはJR線が通っていますので、LRTにより東西の軸を強化することがねらいです」と佐藤氏。そのうえでバス路線の再編や、路線バスがない地域ではデマンドバスを走らせており、「鉄道とバスとデマンド交通、3つの公共交通を面的に利用して、自動車がない方でも市内のどこにいても移動できる環境を目指しています」と付け加える。最近ではさらにラストワンマイルの移動、すなわちシェアサイクルやシェアキックボード等の導入を視野に実証実験を行っている。なお、道路や河川などのインフラについては、誘導区域内外にかかわらず、個別の計画に沿って保全対策や老朽化対策を進め、長寿命化を図っている。

LRT(Light Rail Transit、次世代型路面電車)とデマンドタクシー「すがたがわにこにこ号」の写真LRT(Light Rail Transit、次世代型路面電車・写真左) デマンドタクシー「すがたがわにこにこ号」(写真右)

沿線地域の人口が増加。居住誘導区域の密度を高め、活性化を図る

居住誘導区域とそのなかに含まれる都市機能誘導区域は、中心市街地をはじめLRTなどの沿線の近くや旧行政区域に定められている。居住誘導区域とそれ以外では生活環境などの格差が懸念され、市民の理解が求められるため、市では立地適正化計画の策定にあたり、全39の自治体を個別に回って説明会を実施した。「策定前の市民説明会では3か月ほどかけて市民の皆様の意見を聞き、それぞれに反映しながら居住誘導区域の範囲を検討していきました。最終的に定まるまで各4回の説明会を開いています」と佐藤氏。運用後、大きな問題が生じていないのはこうした対応をしたことも大きい。「なかでも区域外に住まう方にとってはすぐに転居を求める施策ではないこと、現在の住まいに何ら制限をかけるものではないことを理解いただいた点が良かったようです」(佐藤氏)

策定から5年、居住誘導区域のなかでもLRTを中心とする沿線地域では顕著に人口が増加した。それ以外の誘導区域では人口の割合で見ると概ね横ばいで推移している。一方、都市機能誘導区域に立地する商業施設なども増加傾向にあるものの、居住誘導区域よりはなだらかである。「まずは居住誘導区域の人口密度を高めるのが目標です。そうなれば都市機能誘導区域の施設利用者数も増加・維持できますし、サービスの低下も防げます。時間のかかる取り組みですが、住み替えなどのタイミングで移住していただけるよう、市の誘導策などもさらに充実させながら着実に進めていきます」と佐藤氏。

人口密度が高まれば、そのぶん住民が暮らしやすい魅力的なまちづくりが可能になり、必然的に都市機能誘導区域での雇用も促進される。そうした好循環が続けば、新たな労働力の流入も期待できよう。また、市の健康増進課では、市民一人ひとりの健康づくりを促進するため、「歩く」「自転車に乗る」などの活動にポイントを付与し、貯まったポイントを景品と交換できる「健康ポイント事業」を行っている。長期的なスパンでは、健康寿命の延伸により医療費が抑制されるだけでなく、高齢者の就労機会も広がるかもしれない。なお高齢者の雇用に関しては、現在、市内の中小企業に対し、国の助成制度に上乗せした宇都宮市独自の「就職困難者雇用奨励金」を交付している。

「健康ポイント事業」のための専用ホームページとスマートフォン用アプリの写真「健康ポイント事業」のための専用ホームページ(写真左) とスマートフォン用アプリ(写真右)

中小企業の雇用・定着・生産性向上を期して、多岐にわたる支援を実施

宇都宮市就労支援制度
宇都宮市就労支援制度

東京へのアクセスが便利な宇都宮では進学を機に上京し、そのまま都内で就職する流出者も少なくない。「特に地場の中小企業では、年々、新卒採用が難しくなっていると聞いています。そのため中小企業の雇用支援にかなり力を入れています」と商工振興課の齋藤氏は語る。「少しでも東京圏の学生が宇都宮に来やすいよう、インターンシップを実施する事業者には『UJIターン人材確保支援補助金』として、かねて県外から受講する学生にかかる交通費や宿泊費を助成していますが、今年度より面接などの就職活動の交通費も補助しています」(齋藤氏)

他にも宇都宮市では多岐にわたる補助制度があり、例えば若手の定着に向けて2023年度から運用しているのが奨学金返還支援補助金だ。奨学金受給者を雇用する中小企業が返済額の支援や代理返還を行った場合、最大36か月の補助金を交付する制度である。「まずは雇用、次に定着と、目的に応じてさまざまな補助制度を設けています」と齋藤氏。「最近では社会の急速な技術革新に伴い、従業員のリスキリングが話題になっていますが、宇都宮市でも今いる従業員のレベルをさらに上げて生産性を高めようと、今年度から『宇都宮市ITパスポート取得支援補助金』を開始しました。ITに関する基礎的な知識を証明する国家資格の取得で事業者の生産性向上に向けた支援をしています」と続ける。

中小企業の多くは、ネットワーク型コンパクトシティの核となる中心市街地やその周辺に事業所を構える。労働力の視点では、きめ細かい中小企業支援という「虫の目」と、まちの魅力を呼び水にして人を集め、長期的に労働人材を増やす「鳥の目」の二段構えで取り組んでいると言えるだろう。いち早く人口減少時代のまちづくりを進める宇都宮市のこれからを、地域の労働力確保の点でも全国の市町村が注視している。

(※)51万2,401人(2024年8月現在)

聞き手:坂本貴志
執筆:稲田真木子

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