公共サービスを見直し、地域住民の力を借りてインフラを整備――千葉県勝浦市長 照川由美子氏

2024年09月17日

地域の労働力不足により懸念されるのは、産業の衰退だけでなく公共サービス水準の低下である。特に人手がかかる道路や海、河川などのインフラ設備はどう変わるのか。関東で唯一人口2万人を割る勝浦市の照川市長に人口減少とそれに伴う労働力不足に対する市の取り組みを聞いた。

照川由美子氏の写真勝浦市長 照川由美子(てるかわ・ゆみこ)氏

海水浴人気の凋落に伴い経済効果が低下。市職員と住民は負担増

房総半島の南東部に位置する勝浦市は、年間を通して温暖な気候に恵まれた風光明媚の地で、関東屈指のリゾート地として知られている。太平洋に面した漁港は全国でも有数のカツオの水揚量を誇り、古くから漁業が基幹産業である。だが東京をはじめ関東各都市への移動が比較的たやすいという地の利は、手頃な観光地として親しまれる一方、地域の若者の都市部への流出を促した。高齢化による自然減や少子化の波も含めて人口減少に歯止めがかからず、1960年の市政施行時には31,643人を数えた人口が、今では半分以下の15,363人(2024年7月31日現在)まで落ち込んでいる。関東で人口2万人以下の市は勝浦市だけである。

勝浦市の街並み

勝浦市の街並み

時代の変化に伴い、人口減少による労働力不足への対応だけでなく、観光コンテンツの見直しも迫られている。その一つが「海水浴」である。勝浦の海は透明度の高さで全国的にも人気が高く、夏のレジャーといえば海水浴だった昭和の時代には、1976年の198万人をピークに毎年百万人規模の海水浴客が押し寄せるなど隆盛を極めた。宿泊を兼ねる客も多かったため、市内には民宿や旅館、企業の保養所などが軒を連ねた。「繁忙期はどこも一杯で、私が子どもの頃は実家の別棟を知り合いのお客様に夏中お貸ししていたほどです」と照川市長は往時を懐かしむ。しかし現在、海水浴客はピーク時の10分の1に減少、宿泊施設も数えるほどしか残っていない。「海の家や民宿等を営む観光事業者は夏場だけで1年間の売上を稼いでいたものですが、すっかり昔の話です。本当にこの半世紀で状況はがらりと変わりました」

2023年の勝浦市の海水浴客数は約18万人だが、それでも県内市町村で最多。つまり衰退の理由は海水浴自体が夏のレジャーの首座から陥落したことによる。事実、国内の海水浴客数は最盛期の2割程度にまで減少している(※)。ボリュームゾーンの若者や小さい子ども連れの家族が、陽に焼け、砂まみれになる海を敬遠するようになり、都市部のプール付き施設や海外のリゾート地などを選ぶようになったためだ。

加えて勝浦市では、インフラの整備により海水浴場が日帰りスポット化したことも影響し、宿泊施設の減少に繋がった。日帰り客の多くは外から飲食物を持ち込み、海の家では購入しない。市内での消費はコンビニを利用する程度だが、一方で大量のゴミを残していくようになった。「海は共有財ですので海水浴場は無料ですが、維持管理にかかる費用は市が負担しています。海水浴場の経済効果が薄れる一方、市の職員や地域住民の負担は増すばかりでした」(照川市長)。

ステークホルダーと合意形成を図り、海水浴場の縮小を決断

こうした背景から勝浦市では今年度、新たな決定をした。「鵜原」「興津」「守谷」「勝浦中央」の4つの海水浴場のうち、勝浦中央海水浴場を開設しないと決めたのである。他の3つは7月中旬から1か月余りオープンするが、いずれも7月の平日はほぼ閉鎖し、実質、開設期間を短縮する。勝浦中央海水浴場を非開設としたのは、唯一、海の家がないこと、また近くに有料ではあるが代わりになる存在として、勝浦ウォーターアイランドというアトラクション施設があるからである。「縮小に向かわざるを得ないなかで、何をどう残すか、慎重に検討したつもりです」(照川市長)。

非開設を決定した勝浦中央海水浴場の例年の様子2024年度非開設を決定した勝浦中央海水浴場。開設時の例年の様子。

アトラクション施設「勝浦ウォーターアイランド」アトラクション施設「勝浦ウォーターアイランド」

観光商工課長 岩瀬由美子氏の写真それでも市では、この決定に対し、当初、海の家や宿泊事業者といったステークホルダーからかなりの抵抗を受けるのではと危惧していた。だが、「各海水浴場の利害関係者に丁寧に説明するなかで、意外にもすんなりと理解してもらえました」と担当の岩瀬由美子課長は振り返る。「海の家や民宿の多くは高齢者が運営しており、どこも後継者不足などの課題を抱えています。昔のように1年間の生活費を稼げる時代ではなくなっている状況でも、お互いなかなか本音を言いづらい雰囲気だったのかもしれません」(岩瀬課長)。

施設側から言い出しにくいのは、長年続けてきた義務感や、「海の家がなくなると海水浴場の魅力が失われるから続けてほしい」といった、周囲の無言の圧力を感じていたからでもある。「そうした意味では私たち市の職員も含め、一部の地域住民や地域事業者の方が、全盛期の栄光にとらわれて『前例を踏襲せねば』と思い込んでいたのかもしれません。高齢化に伴い働き方も人生の価値観も変わります。今回それをつくづくと感じました」と照川市長。

公共サービスのマンパワーを地域住民が担う

勝浦市の人口減少による労働力不足の影響は、産業面では基幹産業の漁業に顕著だが、公共サービスの提供面でもまた深刻である。前出の海水浴場の維持管理をはじめ、公共工事や公営施設の管理などでもマンパワーが不足するようになった。「労働集約型の公共サービスはアウトソーシングができず、職員で対応せざるを得ないため、近年では市営駐車場の白線引きから公共施設の草刈りまで職員が行うこともあります。職員向けに草刈り講習を行う自治体はなかなか珍しいと思います」と照川市長。

だが元々職員数が少ないうえ、採用も若者の都市部流出が進むなどして簡単ではない。年々、職員1人あたりの負担が増加するなか、今年度から始まったのが「道路里親制度補助金」である。住民と市が協働する街づくりを推進するため、市が管理する道路を「里子」、沿道のボランティア団体を「里親」に見立て、道路を整備する里親の活動に係る経費に対して補助金を交付する制度だ。「以前から住民の方々がボランティアで取り組まれている地域も多いのですが、さらに『地域のインフラは地域住民の力で守る』という機運を盛り上げたいと策定しました。市の職員の負担軽減も目的ですが、何よりも地域住民の自発的な活動に期待しています」と照川市長。

その好事例が、勝浦駅からウォーターアイランドに続く道路とその一帯にある墨名(とな)地区の取り組みである。「区長に制度のお知らせと活用のお願いをしたところ、有志を募って団体をつくっていただきました。予想以上に手が挙がったと聞いています」と照川市長。駅のロータリーと観光協会の近く、および道路沿いには複数の花壇があるため、道路の草刈りだけでなく花壇の管理もまとめてやりますとの申し出があった。「もちろん快諾し、今は何を植えるか皆で相談しています。前年までは花壇の専門業者に委託し、相応のコストがかかっていたのでその点も助かっています」。有志10名で結成した団体のメンバーもまだまだ増え続けている。団体名は「美ロード」。天鵞絨の手触りのように快適な街なみをつくってくれるに違いない。

市では勝浦の美しい海を守る活動も支援している。なかでも興津海水浴場は、権威ある国際環境認証「ブルーフラッグ」を2023年、2024年の2年連続で取得している。興津海岸と周辺の景観を守る活動を主導しているのは、有志13人で構成される「興津ビーチフラッグス」である。海をこよなく愛する元気なシニア世代が集まり、市の補助金を活用しながら、海岸の定期的な清掃をはじめ、環境保全のさまざまな活動に取り組んでいる。

「興津ビーチフラッグス」活動の様子「興津ビーチフラッグス」活動の様子「興津ビーチフラッグス」活動の様子
補助金の名称は「住民主導型地域づくり支援事業補助金」。地域課題の解決や地域の活性化を目的に、住民自らが自発的に考え、行動する団体に支給されるものだ。「興津ビーチフラッグスの活動はそんな補助金の理念にぴったりです。勝浦市の人口減少は確かに深刻ですが、私たちが決してネガティブにならないのは、本市の住民には何か窮状に立たされたとき、自分たちの力で立ち上がるポテンシャルがあると信じられるからです」と照川市長。

行政と地域住民が公共サービスで協働する。職員不足への対応として始まったこの施策が、地域住民の「奮起」を促すという視点は新鮮だ。住民の力を活かすことにより、地域のインフラの維持はもとより、過疎地域の多くがたどる「地域コミュニティの縮小」の流れにも一石を投じられるか注目である。

(※)ピークの約3,790万人(1985年)から約760万人(2017年)に減少(出典:レジャー白書)

聞き手:岩出朋子坂本貴志
執筆:稲田真木子

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