非営利法人により村内経済を循環。「住み続けたい村づくり」を通して雇用を創出――奈良県川上村 辰巳龍三氏・三宅正記氏
かつて「日本一人口が減る村」と国から推測された奈良・川上村。危機感を抱いた村が重視したのは、移住よりも今住んでいる村民の「永住」だった。非営利の一般社団法人を設立して諸事業を展開することにより、村の現在はどう変わったのか。(一社)かわかみらいふの立ち上げに関わった川上村役場の辰巳氏と同法人事務局長の三宅氏に、かわかみらいふの取り組みとその成果、今後の展望を聞いた。
川上村役場 くらし定住課 課長 辰巳龍三(たつみ・りゅうぞう)氏(写真右)
一般社団法人 かわかみらいふ 事務局長 三宅正記氏(みやけ・まさき)氏(写真左)
ずっと住み続けられる村づくりを。生活インフラとして「買物支援」から着手
奈良県の南東部、吉野川の源流に位置する川上村は、国産材の高級ブランドとして知られる「吉野杉」の産地。室町時代頃から始まったとされる吉野林業の発祥の地で、村の面積の95%を山林が占めている。主産業の林業が時代の流れにより衰退するに伴い、村の人口は1955年の8,132名をピークに減少の一途をたどり、現在は1,204人(2024年6月30日現在)まで落ち込んでいる。高齢化率も58%に達している。
過疎化の文脈で川上村の名が挙がったのが、国立社会保障・人口問題研究所が2018年に発表した「地域別将来推計人口」である。2045年までの人口減少率が全国ワーストワンに位置付けられたのだが、「もちろんその前から私たちには危機感があり、2013年頃から役場の若手職員が中心となってさまざまな調査や勉強会を行いました」と辰巳氏は振り返る。その結果、人口流出のタイミングとしては、川上村には高校がないため、子どもの高校進学を機に家族ごと都市部に転出する、また高齢の親を心配してよそに住む子どもが親を呼び寄せる、という2つがあるとわかった。さらに分析すると、生活インフラの減少が将来の不安に繋がり、こうした節目に転出を決意していることが明らかになった。「当初は人口減の対策として移住者を増やす方向で検討していましたが、まずは今の村民が安心して住み続けられなければ、移住希望者も望めません。とりわけ高齢者の暮らしやすさを向上させることが急務でした」(辰巳氏)
川上村にはスーパーマーケットがなく、個人商店もこの20年で8割方減って数えるほどしかない。2023年にようやくコンビニが1軒できたが、住民は毎日の買物をほぼ隣町のスーパー「吉野ストア」で購っている。だが高齢になると車の運転も難しくなり、やむを得ず免許を返納する村民も目につくようになった。「車が運転できない高齢者は、主に吉野ストアの移動スーパーと生協の宅配を利用します。最近ではネット通販の利用も増えていますが、食材に関しては移動スーパーと生協が中心です」と辰巳氏。一見、事足りるようだが、村全体に行き届いているとは言い難く、役場ではまず買物支援から取り組もうと判断。2016年に役場の主導により一般社団法人かわかみらいふを設立し、移動スーパーと生協の代行事業を開始した。
移動スーパーの満足度向上により売上もアップ。地域の「見守り」にも寄与
川上村には26の小さな集落が点在している。「それまでの移動スーパーは民間企業の運営なので、やはり商品が売れる地区にしか行きませんでした。しかしかわかみらいふが引き継いでから、村の端のたった1軒のためにも車を走らせています。民間企業にはできないサービスだと思います」と語るのは、かわかみらいふ事務局長の三宅氏である。スキームとしては吉野ストアから販売業務を受託し、かわかみらいふの職員が商品の積み込み、移動販売、売れ残りの返却を行う。販売価格は店舗と同じで、売上は全て吉野スーパーに渡し、そこから売上比率に応じた販売手数料をもらう仕組みである。また、生協の宅配では、ならコープ物流センターから出荷された商品を村内でかわかみらいふの宅配車に積み替え、各家庭に配達している。
現在、移動スーパーの売上は年間4,000万円超。「受託前より多く、吉野ストアさんは販売経費をかけずに売上増、かわかみらいふは仕入れの必要なく販売手数料を得るとともに、ドライバーとして職員の雇用を創出できるというWin-Winの関係です」と三宅氏。だが、冷凍設備のある2台の移動販売車の維持費が想定以上にかかり、初期投資は役場と国の補助金でほぼ賄えたものの、経営的には厳しい状況が続いているという。「それでも私たちは、ビジネス以上の価値を感じています」と三宅氏は明言する。
「簡潔に言うと、職員と村民の皆さんの良好な関係性です。職員の大半は村の出身で、かつ私たちはコミュニケーションに時間をかけられるので、だんだんと村民が受け入れてくれるようになりました。移動スーパーを囲んでお喋りするコミュニティが形成され、生協の配達でも、今ではほとんどの家庭がお茶菓子を用意して待ちわびてくださいます(笑)。民間業者ではできない、かわかみらいふの職員との親密な交流が暮らしに張りをもたらしているのです」(三宅氏)。移動スーパーのドライバーは利用者全員を把握しており、「今度これを持ってきて」といったリクエストに応えるだけでなく、その日に買いに来る人の好みの商品をあらかじめ用意する。特売品も賑やかにアピールする。「顧客満足度を上げ、買物の楽しさを提供しているわけで、生鮮食品などは移動スーパー、かさばる日用品は宅配という棲み分けも図れています」と三宅氏。職員たちとの交流をフックに移動スーパーの売上が増加したのはもちろん、「かわかみらいふのスタッフが配達に来てくれる」という口コミが広がり、生協の加入率も30%から71%に増え、県でトップに立っている。年間売上は7,000万円に上っている。
特筆すべきは移動スーパーが地域の「見守り」としても機能していることである。「車を走らせるなかで倒木や落石を発見するほか、村民の皆さんとの会話から体調不良に気付くこともよくあり、役場に情報提供しています」と三宅氏。「役場ではなかなか村民の自宅訪問まで手が回らないため、そこを補完してもらっている認識です。福祉と事業を組み合わせる、民間企業ではできないことを実現しています」と辰巳氏も付け加える。村の診療所などに適切に繋ぐため、役場の職員である看護師(コミュニティナース)、歯科衛生士が移動スーパーに同乗している。
事業を多角化して雇用を拡大する。高齢者の「生きがいづくり」も重視
現在、かわかみらいふでは委託販売・委託配送事業に加え、村営のコミュニティ施設内でのカフェ運営、およびガソリンスタンド事業を行っている。ガソリンスタンドは村で唯一の事業者が後継者不足により廃業するところを村民の利便性を考えて引き継いだが、例年1億円以上を売り上げる黒字事業となった。熊野に抜ける道沿いにあって一般の利用も多いためだが、村民割引を実施したことも大きい。全事業を合計すると村民がかわかみらいふに支出する金額は、初期の8,000万円から2億円に拡大し、地域内の経済循環に大きく寄与している。移動スーパーは利益が出ないが、事業の多角化によりその分を吸収し、役場の手が離れた今、行政の補助金に依存しない健全経営を目指している。
また、雇用の創出や地域活性化を期し、2023年からは農業も始めている。現在は試験段階で、かわかみらいふの建てたビニールハウスで、高齢化により畑をやめた生産者から職員が野菜づくりを学んでいる。ゆくゆくはそこで収穫した作物を道の駅などで販売する予定だ。「まだまだ農業を続ける、という元気なお年寄りにも苗や種を手配してあげたり、耕作を手伝えるようスキルを磨いています。農業をやめてしまった方も、かわかみらいふの手伝いを通して賃金を得ることにより、高齢者の生きがいづくりに繋げたいと考えています」(三宅氏)
買物支援を通して村民と接点を持ち、日々の暮らしの安心や住み心地の良さという付加価値を提供するかわかみらいふ。ちなみに三宅氏自身も移住者で、子どもをのびのびと育てたいと転職を考えていたところ、縁あって川上村から誘われたという。決め手はかわかみらいふという「働く場」があることだった。働き方も柔軟で、子育て世代のパート職員が子どもの学校行事などで一斉に休む日は、高齢の職員がフォローする体制も確立している。なお週に2~3日程度働くパート職員はそれぞれの事業に専従し、フルタイムのパート職員はどれも担当できるよう教育している。職員6名、パート職員10名からスタートした組織も今では総勢27名に拡大した。最高齢は75歳と、元気な高齢者が多数活躍しているのも特色である。
「村民がずっと住み続けるための鍵は暮らしの満足度。そして満足度は、コミュニケーションによって確実に向上するとつくづく実感しています。コミュニティこそが、最も大切なライフラインです。今後、転出を食い止めても自然減少により村民の絶対数は少なくなる一方かもしれませんが、健康寿命を延ばす意味でもコミュニティづくりには引き続き力を入れていきます」と三宅氏。例えば移動スーパーもいずれは維持できなくなるかもしれないが、マイクロバスで買物に連れていき、車内でカラオケを楽しむといった“エンタメ要素”を加えてみてはどうか、などアイデアは尽きない。また子ども会や婦人会などの自発的なコミュニティは消えつつあるが、かわかみらいふが代わりにその機能を担うことも考えている。村民による村民のための法人が行政と連動しながら、役場だけでも民間だけでも難しい地域サービスを提供し、現役世代の働き手が減っても持続可能な地域をつくるために奮闘している。
聞き手:坂本貴志
執筆:稲田真木子