官民連携で地域課題を解決する「八丈島スマートアイランド化プロジェクト」を推進――東京都八丈町 佐藤泰弘氏・土屋 巧氏
少子高齢化の加速により国内の労働力人口は減少の一途をたどっている。特に過疎化が進む地方では労働力不足が深刻だ。移住などの人口流入策は別として、各地域の自治体では労働力不足を補うため、どのような取り組みを行っているのか。町とメガバンクが実地で協力し、DXを介した「スマートアイランド化プロジェクト」により人手不足の解消や島内経済の活性化を目指す八丈町役場の佐藤氏と土屋氏にプロジェクトの現状と展望を聞いた。
八丈町役場 企画財政課 兼
みずほ銀行 デジタルイノベーション部
佐藤泰弘(さとう・やすひろ)氏
八丈町役場 企画財政課 企画情報係長
土屋 巧(つちや・たくみ)氏
キャッシュレス決済を契機に、島が抱える課題をDXで解決する
東京都の島しょ部に属する八丈島は、伊豆諸島に連なる自然豊かな離島。都心から飛行機で1時間ほどで行けるため手軽なリゾート地として人気があり、漁業・農業とともに観光業が主要産業である。一方で、島の人口は6,900人(2024年6月1日現在)と少なく、高齢化率も40%を超えたため、2021年には国から「過疎地域」に指定されている。
高齢化・過疎化に伴うさまざまな問題を抱えるなか、八丈町役場が協力を求めたのが、島内に営業所を構える唯一のメガバンク、みずほ銀行である。きっかけは島内の観光消費を拡大するため、飲食や買物、移動手段などのキャッシュレス決済の推進に取り組んだことだった。島にはATMが少なく利用時間も限られるので、キャッシュレス化の成果は島民の利便性向上にも寄与し、労働力の点では店舗従業員などの業務軽減にも繋がったと言える。さらに「キャッシュレス化を進める過程で町からさまざまな話を聞き、経済のためのDXだけでなく、防災や住民サービスなどあらゆる面でDXを通して協力できるのではと気付きました」と佐藤氏は振り返る。両者のタッグは、八丈島が抱える諸課題をDXで解決する「スマートアイランド化プロジェクト」に発展していった。
手ぶらで利用可能な顔認証システムが好評。高齢者の見守りなどの行政DXも推進
島民に広くデジタルの恩恵を実感してもらいたい。その試みの一つとして成功しつつあるのが顔認証システムの活用である。島民の利用が多い町営の温泉施設の受付にタブレット端末を置き、顔を近づけることで認証・受付ができる「温泉で顔パス」サービスを開発し、2023年12月から3か月間、実証実験を行った。「当初は50人くらいに顔認証を登録してもらえれば成功と考えていましたが、最終的に435人、島民の5%以上に登録いただきました。利用いただいた感想も大変好評でした。顔認証システムの活用については、他の領域への展開も含め、2024年度も継続的に検討を進めています」と佐藤氏。実証実験期間中の料金は前払いで、何回でも利用可能なサブスクリプション方式をとったため支払いの手間も軽減された。「利用者の利便性だけでなく受付業務の負担軽減も大きな目的です。現在、シルバー人材の方々が受付を担っておりますが、業務がだいぶ楽になったという声をいただいています」と手応えを感じている。施設運営にはさまざまな業務があるが、受付の仕事の負担感が減ったことで、人手不足のなかでも、効率的な業務遂行が期待できるようになる。
行政DXでは、高齢者向けの実証実験も行っている。スマートフォンが使えず、また支援が必要な高齢者を対象に、専用の端末「スマートディスプレイ」を無料で支給し、自宅で利用してもらう試みである。専用回線で町内イベントや防災情報といった役場からのお知らせを受け取るほか、安否確認などのやり取りを行っている。
「防災無線などの音声でも情報発信していますが、きちんと一人ひとりに情報が届いているか確認できませんでした。スマートディスプレイなら簡単なボタン操作で受け取り確認ができ、SIMで最低限のネットワークも利用できるので、自宅にこもりがちなお年寄りに外の世界との繋がりを感じていただけます。イベント案内を通して外出機会が増え、歩くことにより健康維持の効果も期待しています」(佐藤氏)。利用者の安否は毎朝、本日の予定を3択のアンケートで答えさせる形式で確認。反応がないとアラートが関係各署に飛ぶため、訪問するケアマネージャーや介護ヘルパーの負担軽減にも繋がる。「利用状況を見ながら、基本的には継続の方向で考えています」と佐藤氏。
そのほか、行政DXの一環として、検針員が要らない水道スマートメーターも試行している。高齢化に伴い検針員のなり手が少ないという課題があり、状況によっては検針員不足を役場の職員が埋めている、という問題もあった。こうした課題の解決に繋がるかどうかを検証している。
防災から観光政策立案まで、DXを活用して省人化・効率化を図る
八丈島は雨の多い火山島であり、また周囲を海に囲まれていることから津波や土砂災害の危険に絶えずさらされている。「特に津波に関しては、東日本大震災をきっかけにかなり危機意識が高まりました」と土屋氏は語る。津波の襲来は予測がつかず、また、有事の際に職員や消防団などの「人」に現場確認に行かせるわけにはいかない。「さらにどこの自治体もそうだと聞いていますが、八丈町でも防災担当の人員が足りていません。人手を補うソリューションとしてDXが必要でした」と佐藤氏も付け加える。
そこでプロジェクトチームを結成して検討を重ね、映像を遠隔にて確認できる津波監視用の定点カメラ(下写真の右)をはじめ、土砂災害に備えて土砂の傾きを感知・測量するセンサー(同 中央)や、雨量計(同 左)を設置した。いずれも最先端の装置であり、有線のネットワーク回線工事も含めて初期投資は大きかったが、国土交通省や東京都の事業助成費(※)によりカバーした。「ランニングコストは発生しますが、防災対策の強化や、職員の安全および業務の負担軽減を図るうえでコストをかけてもやる価値があります」(土屋氏)
行政機関として少ない人員で島民の安全を守り、暮らしやすさを支える。またキャッシュレス化により観光客も含めて利便性を高める。その手段としてのDXが次に目指すのは島内経済の活性化である。例えば漁業では、沖合に設置する浮魚礁(うきぎょしょう)にどれだけ魚が集まっているか、水中カメラでリアルタイムに検知・発信するなどの「水産業DX」に取り組んでいる。「ただこれは、検証段階であまりにも課題が多いとわかったため足踏み状態です。農業DXしかり、長期的にはもちろん力を入れていきますが、早期の実現可能性を考えるとやはり最初に着手すべきは“外貨を稼げる”観光業だろうと。そのためにデータの利活用を進めています」(佐藤氏)
この7月には「八丈島公式観光アプリ」をリリース。飲食店や物販店のチラシやクーポンを配信するなど集客に繋げるほか、同アプリは情報収集にも活用する。「離島ですから飛行機や船で来る人の数はわかりますが、アプリにより性別や年齢、居住地といった細かい属性データがとれるようになりました。これまでは必要に応じて空港や船着場に人を派遣してアンケート調査を行っていましたが、その負担もなくなったうえ、観光客の実態を大量のデータで把握・分析することによりマーケティングの精度が高まり、観光政策に活かすことができます」と佐藤氏。政策立案のプロセスが効率化されることに大きな期待を寄せている。デジタル技術によって、観光業の活性化にも、観光客の満足度向上にも、そして省人化にも繋がっているのだ。
新たな地域課題を解決するために二人三脚で協働
佐藤氏は大手金融機関の社員だが、八丈町役場の職員も兼務している。「これまで金融機関は事業資金の融資や、コンサルティングでも提案する立場で地域を支援してきました。しかし八丈町さんとはキャッシュレス化を入口に、まさに二人三脚で労働力不足や経済活性化に向けて協働しています。みずほリサーチ&テクノロジーズというシンクタンクをはじめとした〈みずほ〉のグループ会社や多数の取引先を有する大手金融機関ならではのリソースを活かし、金融の延長にとどまらず、広く地域や社会に貢献することを軸に新たなビジネスを展開していく、一つの機会になったのではと捉えています」と佐藤氏。若手ではなく佐藤氏のような、いわゆるミドル人材の出向制度も「八丈島スマートアイランドプロジェクト」のために創られたものだ。「経験を積んだ人材が地域の人とともに汗を流すことで、より社会に対してインパクトのある成果が出せると自負しています」と佐藤氏が語るように、官民連携のこの取り組みが働き手不足という地域課題を解決するための新たな好事例になることを期待したい。
(※)国土交通省「令和4年度スマートアイランド推進実証調査」事業、東京都「東京宝島 サステナブル・アイランド創造事業」に採択
聞き手:坂本貴志
執筆:稲田真木子