デジタルと人の掛け算で、効果的な情報提供と個人介入型の提案を実現 働く人に行動を促す――ヘルスケアテクノロジーズ・鴻池大介氏
リクルートワークス研究所の「シン・健康研究会」では、個人の健康維持におけるテクノロジーの重要性は今後も高まるとの意見で一致する一方、恵まれた人だけが恩恵を享受することになるのではないかという懸念も示されている。企業の健康管理をサポートするヘルスケアテクノロジーズのCOO(最高執行責任者)、鴻池大介氏と、デジタルツールが健康確保に果たす役割について話し合った。
ヘルスケアテクノロジーズ株式会社 COO 鴻池大介氏
2005年ソフトバンクBB(現:ソフトバンク)入社。一貫して新規事業開発に従事し、M2M企画営業チームの発足やIoTビジネス開発・導入支援など、ビジネスと技術の両面からソリューションを提供する事業の立ち上げに数多く携わる。
2018年、デジタルトランスフォーメーション本部でヘルスケアプロジェクトを企画し、2019年にヘルスケアテクノロジーズCSOとしてオンラインヘルスケア事業を運営。2024年より現職。
テクノロジーと人の力を掛け算し、利便性と質の高さを両立
――事業概要を教えてください。
当社は2019年に設立され、企業や自治体などにオンライン診療や医療相談対応、従業員の健康に関するデータ管理のサービスを提供しています。
今後予想される医療費の増加と労働人口の減少を考えると、保険料率を上げるといった小手先の改革で社会保障制度を維持できるとは考えづらく、制度の姿は大きく変わるでしょう。当社は医療費の削減と健康増進、病気予防を進めることで、将来、社会保障制度が新しい姿になってからも人々が健康に働き、生活できる社会を作ることを目指しています。
そのために2020年、SaaSのプロダクト「HELPO(へルポ)」をローンチし、企業などと契約を結んで、従業員にオンラインの医療相談や診療などを提供し、個別介入型の健康ケアを行っています。相談対応のために医師や看護師、薬剤師、保健師など医療従事者を数十人規模で雇用し健康医療相談などを行うと共に、リアルまたはオンラインでの診療のための医療機関とも提携しています。この仕組みによって、デジタルの強みである利便性と、人間の専門家が対応することによる信頼性、そして質の高さを両立させています。同時に契約企業の健診データやストレスチェックの結果なども、データとして管理しています。
https://healthcare-tech.co.jp/
――現状では、企業が従業員の健康情報をほぼ全て持つことと引き換えに、健康管理の責任を負う形となっています。企業が健康データを把握することのメリットは何だと考えますか。
企業が、健康という機微に触れるデータを保有しながら何も対処しなければ、データを徴収される側は何のメリットもなくなってしまうので、情報の持ち主である従業員には何かしらの価値を提供すべきです。ただ企業が事業の傍ら、必要なアセットを自前で保有するのはナンセンスで、我々のようなヘルスケア事業者のサービスを使うことで、より充実したコンテンツを低コストで従業員に提供できると思います。
HELPOは、これ一つで健康に関する従業員の悩みを全て解決できるワンストップサービスを目指しています。24時間365日稼働している健康医療相談チャットは、従業員本人だけでなく両親や子どもの相談も受け付けています。回答は医師・看護師・薬剤師などの医療専門チームがシフト制で行っており、内容に応じて専門家が対応します。また単なる相談に終わらず、生活習慣病が気になるなら運動の動画などを紹介し、市販薬を購入するならHELPO内のECサイトへ誘導し、受診が必要ならオンライン診療へつなぐといった具合に、次の打ち手も用意しています。
またHELPO内の「マイカルテ」では、従業員が自分の健診データなどを閲覧でき、健康にまつわる課題を認識できます。当社のスタッフが適切なアドバイスをすることで、従業員が健康維持に向けて行動するようになれば、病気を未然に防げて医療費の削減にもつながります。
ユーザーの関心や健康状態を分析、心地よい介入の形を探る
――確かに社会保障制度の維持に向けては、病気の予防が大きなポイントです。労働者にうまく介入・伴走し、予防をサポートするにはどうすればいいのでしょうか。
健康維持に向けた効果的な提案をするには、ユーザーの健康状態に加えて、興味・関心も把握することが不可欠です。「マイカルテ」には健診結果など企業の把握したデータに加えて、チャットの相談内容とオンライン診療の履歴、歩数や睡眠などウェアラブルデバイスで検出可能な情報も蓄積されます。データの分析をもとに、ユーザーに心地よい形で介入するためのシステムを現在設計中です。
ただアプリにできることには限界もありますし、医療・介護を全てテクノロジーでカバーするのは、国民感情的にも許されないでしょう。AIも、医療スタッフの接遇などを補完するツールとして活用してはいますが、あくまで従業員の健康確保という目的を達成するための、手段の一つにすぎません。
企業による従業員のフォローアップも、まだまだ必要です。当社も人事部などと協力して、メンタルヘルスに関するセミナーやウォーキングイベントなどを開催し、健康経営のPDCAサイクルを支援しています。またオプションとして、禁煙やダイエットの指導などハイリスク者への対応や、妊活支援といった特定のプログラムも用意しています。
――個人が主体的に健康を管理するためには、企業側がメニューを提供したり、正しい選択の方向性をアドバイスしたりして、従業員の行動を後押しする必要があることが今のお話で分かりました。健康管理に関する責任の所在については、どのように考えますか。
基本的には、健康を守るのは個人の責任だと考えています。国民皆保険は素晴らしい制度ですが、その裏で、個人が主体的に健康維持に取り組む意識は薄れてしまいました。ここから一気に100%個人の責任へとかじを切るのは難しいので、徐々にマインドチェンジを促す必要があります。企業も、従業員に健康で長く働いてもらわなければ、生産性も上がらないし優秀な人材も集まらなくなってしまいます。また、従業員が病気で職場を離脱するような状況を未然に防げれば、本人も企業が提供する価値を実感できて、職場の魅力を高めることにつながるはずです。
ただ会社が健康管理のベースを用意したら、そこから先は従業員自ら、必要だと考える行動を取るべきでしょう。当社もHELPOを通じて、健康づくりに必要な情報やアドバイスを提供することで、従業員個人が主体的に動くよう促そうとしています。
中小企業向けにもサービス展開し、格差解消に挑む
――従業員に治療が必要になった場合など、産業保健と地域医療の連携が必要な場面もあります。地域との連携の姿は見えていますか。
産業保健に参入したばかりで大それたことは言えませんが、地域医療に関わる人にもデータ活用の重要性を理解してもらい、医療従事者や自治体とのつながりを作りたいと考えています。しかし先方に、データを共有することの抵抗感が強かったり、ネットワークづくりに割く時間と資金がなかったりして、なかなか連携は思うように進んでおらず、打開策も見つからないのが正直なところです。医療者や行政担当者には、デジタルツールにアレルギーを持つ人もいますし、医療者がオンライン診療のスタッフを一段下に見るといった職業バイアスも根強く、意識を変えるのは容易ではないと感じます。
ただ将来的にHELPOの導入企業が増えてきたら、顧客の多い地域にアプローチすることで、連携がスムーズに進む可能性もあります。その際も、まずは当社が地域で働く人々のニーズを示して行政や医療機関を動かす必要があるので、今はプロダクトを通じて、企業の潜在的なニーズや課題感を吸い上げようとしています。
――今後の抱負を聞かせてください。
現在、中小企業向けにサービスを絞り込んだ、低価格帯のプロダクトを準備中です。紙で管理していた健診結果のデータ変換を代行し一元管理できるようにするなど、人事部門の業務負荷とコストを削減するサービスを軸に、従業員向けメニューを付加するイメージです。コストと手間が減ったことを人事担当者に実感してもらえれば、導入事例も増えると期待しています。また人事に特化した部署がない企業でも、従来は手が回らなかった労務業務や従業員の健康フォローができるようになると考えています。
今後はこうした中小企業向けの事業を拡大することで、大企業と中小企業の格差を縮小し、企業とその従業員が本業に専念できる環境整備に貢献できればと考えています。またHELPOによって医療費が抑制されるというエビデンスを示し、医療費が逼迫した単一の健保組合などにもアプローチするつもりです。
そして究極的には、HELPOが国民全員の健康を守る存在になること、子どもや孫の世代に、負の遺産ではなく、より良い暮らしを残すことを目指します。
聞き手:松原哲也
執筆:有馬知子