移動、見守り、記録など介護の周辺業務を自動化し、直接業務に集中(Future Care Lab in Japan)

【Vol2】Future Care Lab in Japan 所長 片岡 眞一郎(かたおか しんいちろう)氏/R&D責任者 芳賀 沙織(はが さおり)氏

2022年09月20日

介護人材の需給ギャップに対応するため、ロボットやセンシング技術をはじめとするICTを活用した業務の効率化は喫緊の課題となっている。その中でも、介護現場で無理なく導入できる製品・サービスを目指して、研究開発と技術検証を進めているのがFuture Care Lab in Japanだ。同研究所が携わった製品・サービスの事例とその狙いについて、所長の片岡眞一郎氏とR&D責任者の芳賀沙織氏、SOMPOケア広報の矢板菜穂美氏に話を聞いた。

主な取り組み領域は、現場のニーズが高い三大介助の「周辺業務」

Future Care Lab in Japanは、SOMPOホールディングスとSOMPOケアにより2019年2月に設立された研究所で、ミッションに「人間とテクノロジーの共生による新しい介護のあり方を創造」することを掲げている。置き換え可能な業務はテクノロジーで代替し、人にしかできない業務に集中することで、「利用者のQOL(生活の質)向上」「介護職の負担軽減および働きやすさの向上」「介護サービスの生産性向上」を目指す。

同研究所では介護現場のニーズと開発企業のシーズとのマッチングを通じ、メーカーと協力した製品・サービスの開発、メーカーが開発した技術の実証評価などを行う。なお、SOMPOケアは介護業界で最大手企業の1つだが、それでも業界シェアは1%程度と見られ、介護業界の大半は地域に根づいた中小事業者である。ここで開発した製品・サービスはそうした多様な中小事業者に活用されることも想定し、研究開発や開発検証では介護現場への導入のしやすさを重視するのも特徴となっている。

テクノロジーを積極的に導入して業務の効率化を図る主な領域として、同研究所は施設の利用者を直接介助する「直接業務」以外の「周辺業務」を挙げる。さらに片岡氏は「介護施設の業務を分析すると、大体7割を食事、入浴、排泄という三大介助と呼ばれる業務が占めます。現場のニーズの大きさから、三大介助の周辺業務に関する研究開発や開発検証に注力しています」と話す。

Future Care Lab in Japanの主な取り組み領域
Future Care Lab in Japan

片岡氏具体的に研究所で行っている開発や実証の事例を見ていきたい。

一方、訪問介護では業務の割合が異なる。同研究所ではSOMPOケアの事業所での事例から事務作業に多くの時間を費やしているケースを把握している。

「これらの周辺業務に対しては、例えば帳票や利用者データのデジタル化、複数の訪問先を回る最適ルートの設定などで効率化を図れるでしょう。ややチャレンジングな領域として、利用者への援助の遠隔対応なども考えられます」(片岡氏)

デジタル化による自動チェック・自動入力で二度手間やミスを防ぐ

三大介助の周辺業務すべてに含まれるのが「記録する作業」である。介護保険制度ではサービスの提供の記録が義務化され、スタッフは利用者にいつ何を行ったかを常に記録することが求められる。現在は介護記録のデジタル化が徐々に進んでおり、業務を担当したスタッフが手入力する以外に、自動入力で手間を省きミスを防いで効率化を図ることができる。

・服薬支援システム「服やっくん」(検証)

服薬支援システム「服やっくん」(検証)

多くの利用者に複数種類の薬が処方されており、介護施設では各種の薬を毎日決まった時間に服用できるよう服薬介助を行う。このため利用者に処方された薬をすべて管理し、適切な量を適切な時間に提供する施設も多い。しかし、アナログなワークフローでは利用者への提供時に薬を確認し、その場でメモなどに記録して、後から介護記録に転記するという二度手間・三度手間が発生するケースもある。また、薬の種類や提供時間などを誤る誤薬が起きないよう、スタッフ2人での確認体制などの対策を設ける事業所も多い。

同研究所が検証した服薬支援システム「服やっくん」(開発:ノアコンツェル)は、提供したスタッフの確認、利用者の確認、提供する薬の確認を、それぞれ二次元バーコードの読み取りで行う。データは利用者の投薬データベースと照合され、誤薬や配薬・服薬漏れをアラートで知らせる仕組みである。もちろん結果は介護記録にも連携が可能だ。

「事前に薬局に交渉して薬にバーコードを貼付してもらう手間はありますが、薬の確認がバーコードを読み取るだけで済み、スタッフ2人の確認体制も服薬介助を行ったスタッフとシステムのダブルチェックに置き換えられ、負担は大きく軽減されます」(芳賀氏)

・食事量自動計測システム(開発)

食事量自動計測システム(開発)

介護施設では、利用者が食事の何割を食べたかという食事量を、主菜と副菜それぞれについて、0から10までの11段階で記録する。この業務では、慣れないと目視による確認に時間を要する点、記録の転記や集約に手間がかかる点、さらに人によって食事量の判断にばらつきがある点などが課題だった。
これを解決するために開発しているのが、食事の前と後の画像をAIが比較して自動的に食事量を算出するシステムである。このデータについても介護記録に自動入力されるフローが想定されている。同研究所では、目視による食事量の正答率を6割ほどと見ており、自動計測システムはこれと同等以上の精度を目指している。

実際の運用では画像は配膳時と下膳前にスマートフォンで撮影。職員の負担を最小限にするよう検討している。

複数人数で行う業務を1人でも担当可能に

有料老人ホームの人員基準は利用者3人に対し介護職員1人だが、利用者1人に複数のスタッフで行う業務、利用者を集めて大人数のスタッフで対応する業務などもある。そうした業務に携わる人数を減らすことができるテクノロジーとして、入浴装置、自動体力測定装置などがある。

・介護用シャワー入浴装置(検証・改良提案)

介護用シャワー入浴装置(検証・改良提案)

介護施設での入浴には、自立した利用者向けの入浴設備、入浴時も介助が必要な利用者に対する特殊浴槽などがある。特にストレッチャーを使った特殊浴槽による入浴では2人以上のスタッフが常時対応する必要があるが、介護用シャワー入浴装置「美浴(びあみ)」(開発:エア・ウォーター)はスタッフ1人で入浴介助が可能だ。

「美浴」は専用の車椅子型チェアに移乗し、背もたれをリクライニングさせ、ドーム状の本体にチェアごと入ってミスト入浴を行う。このため座位が維持できる利用者が対象だが、「導入したSOMPOケアの一部の介護施設では、約70人の施設利用者中10人程度に利用されているところもあります」(片岡氏)。これまでは、そうした利用者も特殊浴槽で入浴していたことを考えると、スタッフの負担軽減の効果は大きいと言えるだろう。

現在の「美浴NB2500」は、同研究所からの提案によりチェアの足元に改良が加えられた。「以前の製品では専用チェアの脚部のフレームが前にせり出し、体重移動が大きくなって立ち上がりにくく、転倒のリスクも考えられました。そこでメーカーと協力して適切な角度を検証し、改良版につながりました」(芳賀氏)

・自動体力測定装置(開発)

自動体力測定装置(開発)

SOMPOケアの介護施設では、3カ月ほどを目安に利用者の身体機能を測定し、その推移を転倒リスクの予測に役立てている。測定時は利用者を1カ所に集め、大人数のスタッフが様々な測定装置の操作を手分けして担当し、利用者はそれらを順次回って測定するのが一般的だった。これには職員のシフトを調整して同日に必要な人数を集める労力に加え、各スタッフが記録した利用者のデータを集約し、一元管理する業務にも手間が伴う。また、コロナ禍で利用者とスタッフが集まることのリスクも高まっていた。

こうした課題を解決する「TANO CHECK」(開発:TANO TECH)は、同研究所が開発に協力した自動体力測定装置である。「介護スタッフ1人で5メートル歩行・握力・片足上げ・CS30(立ち座り)・空間認識力の5つの測定に対応でき、5メートル歩行の速度、CS30(30秒間で椅子から立ち上がれる回数を測定)は、利用者が画面の前で所定の動作を行えば自動測定され、結果も自動で記録されます」(芳賀氏)。手作業での記録やデータの集約が不要になり、同研究所での実証実験では、体力測定に関わる介護職員の時間を約43%削減、体力測定準備・データ送信の時間を約70%削減という効果が出ている。

複合センシング技術で利用者の様子を遠隔から把握

介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などでは、利用者の個性やプライバシー、過ごしやすさなどを尊重して、各自に個室が用意されていることが多い。このため居室での利用者の状態をリアルタイムに知ることは今後さらに重要になっていく。

同研究所には介護施設の居室を模したモデルルームが設置され、各種センサーを使って室内の状況を可視化する研究を行っている。具体的には、ドアの開閉状況、トイレ利用の有無、転倒時のアラート、ベッド上の姿勢(臥床・離床)、睡眠状態といった利用者の状態を知るセンサーのほか、部屋の温湿度、音量などを測定する環境センサーが設置されている。

環境センサー「カメラなら画像で確認できますが、導入に消極的な利用者が大半であるため介護現場では受け入れづらいでしょう。また、ウェアラブルデバイスの装着も利用者にはまだ抵抗があるようで、こうしたセンシング技術の組み合わせが現状では最適解と考えています」(芳賀氏)

芳賀氏現状はスタッフが居室を訪ねて利用者の様子を確認、体温・血圧をチェックし、環境データを測定・記録しているため、センサーによる可視化が実現すれば負担は大きく軽減される。「特に利用者に意識させずバイタルを測定できる仕組みは、現場からの要望も大きく、早期に実現したいと思っています」(芳賀氏)

なお、SOMPOケアの介護付き有料老人ホームでは既に睡眠センサーが全床に設置されており、利用者の睡眠/覚醒/起き上がり/離床などの状態、心拍数、呼吸を遠隔で確認できる。このセンサーの導入により、就寝中の巡回、安否確認の回数が減り、夜間担当のスタッフが3人体制から2人体制へと効率化した施設もある。

オムツの排泄介助における心理的負担の軽減

排泄介助は心理的負担の大きい仕事の1つである。同研究所はオムツをした利用者の排泄介助をサポートする「ラップポン・パケット」(日本セイフティー)の開発協力をし、開発企業が2022年6月に販売を開始した。この装置は自動式ラップ機構を搭載したオムツ回収ボックスで、排泄後のオムツを入れてボタンを押すと自動的に熱圧着で個包装され、その状態でボックス内にためることができる(最大11個まで)。臭いや細菌もパックから漏れず、回収はクリーンスタッフが行うことで介護職員は専門的な業務に従事できるというメリットがある。

「オムツを新聞紙やビニール袋で包んで居室から汚物室まで運び、また元の居室に戻るという一連の作業に負担を感じるスタッフは少なくありません。また、介護施設の衛生面においてもよくない。この機器を活用することでその手間を削減することができ、排泄後のオムツを手で運ぶという心理的な負担も軽減できます。介護施設が導入しやすいよう価格を抑える工夫もしました」(芳賀氏)

「ラップポン・パケット」

テクノロジーは需給ギャップ解消に向けたパーツの1つ

三大介助の周辺業務から効率化を進めているSOMPOケアの介護施設では、スタッフが利用者と接する直接業務の時間が業務全体に占める割合が増え、片岡氏は「今後はスタッフに一層のコミュニケーション能力が求められると感じています」と、テクノロジーによる介護職員の働き方の変化を見据える。

また、広報の矢板氏は「SOMPOケアでは以前は200~250人だった新卒採用数が直近では約440人に拡大しました。また、正社員の離職率で見ると、以前は17~18%ほどでしたが2020年には約11%に低下しています」と職員の変化を紹介する。「その間に2度の処遇改善を行いました。新入社員から中堅社員まで人材教育を充実させたことや、テクノロジーによる業務内容の変化も、離職率改善の要因の1つに含まれると思います」(矢板氏)

しかし、片岡氏は「2040年に約69万人不足と予測される介護人材の需給ギャップは、こうしたテクノロジーによる効率化だけでは解消できない」と言う。

「例えば、現在介護職員が行っている仕事の一部を有償ボランティアに移行する、また自立支援の観点も鑑みて施設の中で比較的健康な方に手伝っていただくなどといった取り組みも必要になると思います。テクノロジーによって容易に介護業務に取り組めるよう、人材の裾野を広げることも需給ギャップの解消には重要になってきます」(片岡氏)

「今後は業務のロボットなどへの置き換えを検討するなかで、この業務は本当に介護サービスに必要かという見直しも進むでしょう。片岡が言うような専門職から有償ボランティアに移行できる業務、専門職がやるべき業務といった業務のすみ分けも必要と考えています」(芳賀氏)

同研究所が考えるように、テクノロジーを変革ドライバーとして介護サービス全体の見直しを早急に進めることが、需給ギャップの解消には必要不可欠と言えるだろう。

(聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:山辺孝能)

関連する記事