直接介助や利用者とのコミュニケーションに集中できる環境を
【まとめ】自動化・機械化による働き方の進化 介護編(後編)
人材不足深刻化への懸念から、介護の現場では介助の負荷を軽減する移乗介助ロボットや排泄検知・予測を行うロボット、見守りセンサーなどの導入が徐々に進んでいる。新型コロナウイルスの感染拡大を契機に遠隔での在宅介護や介護記録のペーパーレス化も加速している。後編では「直接介助」「間接介助」「間接業務」各タスクの自動化・機械化の可能性と働き方の変化について予測する。
直接介助の自動化・機械化と働き方の進化
■三大介助の周辺業務や移乗介助の自動化が進む
「直接介助」のうちの6~7割を占める食事、入浴、排泄の三大介助については、本来、介護職員がその手腕を発揮すべき領域であり、やりがいを得られる仕事であろう。例えば水分の取り方の指導によって高齢者の体調がよくなり、生活の質が改善するといったケースもある。直接介助のタスクを一気にロボットに置き換えるのは難しく、またむしろ人に任せたほうが介護職員、高齢者双方にとって有益な作業もあるだろう。そういった意味ではこれからは、人とテクノロジーの役割分担を見極めることが重要になる。基本的には単純作業や肉体的・精神的苦渋を伴う作業などは機械に任せ、高齢者の生活の質向上に寄与する食事やコミュニケーション、機械では補いきれない衣服の着脱や排泄の誘導など配慮の必要なタスクを人が担うことになるだろう。
食事に関しては誤嚥に注意し、スプーンで角度を調節しながら食べ物を口元まで運ぶような繊細な食事介助は人の手で行い、その人に合ったメニューの作成(小規模な施設の場合)をAIに任せたり、配膳/下膳ロボットを導入したり、食事内容をAIカメラが読み取って記録・分析するといった形でテクノロジーの導入が進むだろう。介護保険制度では食事摂取の記録が給付の条件の1つになっているが、介護・福祉テクノロジーの開発・研究センター「Future Care Lab in Japan」が検証中の「食事量自動計測システム」は配膳時と下膳時にスマートフォンでお膳のご飯やおかずの状態がわかるように撮影を行い、前後の画像をAIが比較することによって自動的に食事量を算出、介護記録に自動入力されるフローを想定する。配膳/下膳ロボットは、コロナ禍をきっかけに医療・介護現場への導入が広がっている。
入浴介助では一般浴や座ったまま寝たままで入浴できる機械浴、ストレッチャー浴などがあるが、入浴時には転倒事故や体調悪化の危険があるため配慮が必要となる。特にストレッチャーを使った入浴では転落のリスクに注意しながら洗身するため、介護者は心身共に負荷が大きい。これに対して例えば株式会社金星のウルトラファインバブル発生装置「ピュアット」は、目に見えないほどの小さい泡が、お湯に浸かるだけで体の汚れを落とす。擦り洗いの必要がなくなるため、高齢者の肌に優しく、介護職員の介助負担や所要時間も大きく減らすことができる。
排泄介助では排泄の検知・予測の技術開発が進む(詳しくは後述)。例えば超音波を利用して膀胱の変化を捉え、排尿のタイミングを事前・事後で知らせる排泄予測デバイスの導入により、高齢者が自力で排尿できるようになった事例もある。排泄処理については特殊センサーにより大便・小便を自動判別し、吸引・洗浄・除菌運転を自動で行う装置や臀部に残った水分をロボットアームが自動で拭き取る機能が附属したポータブルトイレの開発も進んでいる。介護現場ではオムツを新聞紙やビニール袋で包んで居室から汚物室まで運び、また元の居室に戻るといった作業があり、ストレスを感じる職員は少なくない。「自動式ラップ機構搭載のオムツ回収ボックス」は熱圧着でオムツを1回ごとに密封個包装する装置で、職員の利便性と施設の衛生面の向上に寄与する。
移乗介助では装着型と非装着型のロボットがある。装着型ではパワーアシストスーツがベッドから車椅子への移乗介助や体位変換介助などの際、左右の股関節と膝関節に配置されたモーターが、歩行時のアシストや起立・着座のアシストを行って腰部への負荷を低減する。
非装着型では高齢者自身の脚力を活かしながら、ロボットの抱え上げ機能などにより体勢を保持しながら移乗をサポートする。また、離床アシストロボット「リショーネPlus」は、電動ケアベッドと介助型の電動フルリクライニング車椅子を組み合わせた新しい概念の介護ロボットで、介護者1人で高齢者が寝たままスムーズな移乗介助を行うことが可能だ。
間接介助の自動化・機械化と働き方の進化
■各種センサーの設置により遠隔での見守り、事前の対処が可能に
間接介助の見守り・巡回は、自動化への取り組みが進んでいる領域の1つである。介護施設で行う夜間の見守り・巡回では、各居室に異常がないかを見回って緊急時に対応するほか、排尿を希望する利用者のトイレへの誘導、失禁・排泄への対処などを行う必要がある。こうしたなか、ロボットやICTを積極導入する善光会では、膀胱の尿量などから排尿のタイミングを予測して通知するデバイスやマットレスの下に敷いて眠りの深さ・ベッドでの状態・バイタルを計測するシート「眠りSCAN」(パラマウントベッド)を活用している。これにより、夜間のトイレ介助が以前は平均5回だったものが、導入後は約3回と30%以上、夜勤業務の負担を軽減した。業務負荷の軽減につながったことで、職員は認知症の高齢者の対応に特化できるようになっている。
同様に介護付き有料老人ホームなどを展開するSOMPOケアでは、睡眠センサーを全床に設置し、利用者の睡眠/覚醒/起き上がり/離床などの状態、心拍数、呼吸を遠隔で確認する。導入後は就寝中の巡回、安否確認の回数が減り、夜間担当のスタッフが3人体制から2人体制へと効率化した施設もある。現状は介護職員が居室を訪ねて高齢者の様子をそのつど確認、各種データを測定・記録しているが、各種センサーによる居室内や高齢者の状態の可視化が実現すれば負担は大きく軽減される。
在宅介護においても、見守りや転倒検知が可能な遠隔操作システムの普及が進む。例えば、ネットワーク21の「骨格トラッキング見守りセンサ・転倒検知システム」は、赤外線画像認識など各種センサーシステムで24時間365日見守りを行う。異常状態の検知は、物理的な転倒および呼吸・心拍の変化の両面から総合的に判定し、起き上がれないような異常状態が発生した時には速やかに介護者に通報する。浴室内での転倒や浴槽での沈水時の検知にも対応しており、沈水時は浴槽からお湯を強制排水し、溺死を防ぐ。
コミュニケーションロボットは対話によって高齢者等の活動を促し、ADL(日常生活動作)の維持向上を目指す。例えば三菱総研DCSの介護向け小型二足歩行コミュニケーションロボットは聞く、話す、タッチなどのインタラクティブなコミュニケーションや体操・ダンスなどの複雑な動作ができる。また、対話機能で収集したコミュニケーション記録をロボット操作用タブレットで参照できるようにしており、介護職員は内容を高齢者への個別のケアに活かすことができる。
間接業務の自動化・機械化と働き方の進化
■介護記録はデジタル化され、ケアプランも自動作成へ
「間接業務」は高齢者と直接関わらない、記録や申し送り、リネン交換、清掃などの業務である。特に記録業務は三大介助の周辺業務すべてに付随して発生する。介護記録は提供した介護サービスの内容や利用者の健康状態、経過観察、活動状況などを記録するもので、介護保険制度で実施が義務化されている。厚生労働省の調査によれば介護職員1人あたりの職務時間における記録業務の割合は7.3%に及ぶ。残業の1つの要因となるなど、記録作業の煩雑さは現場職員へ負担感を与えている。
日本KAIGOソフトが提供するAI・介護記録ソフト「CareViewer(ケアビューアー)」は、介護の記録業務に関わるすべてのフォーマットを作成し、提供する。一定の時間帯で行う食事、水分摂取といったサービスの内容をスマートフォンのアプリ上で登録できるため、介護ケアの合間にも必要な情報をそのつど入力でき、記録時間を大幅に削減することができる。導入した2ユニット・18人のグループホームの場合、職員の記録に費やす時間は年間4590時間削減された。
さらに全国の事業所から蓄積したデータを活かし、産学連携で共同開発を行っているのがケアプランの自動作成機能である。ケアプランとはケアマネージャーが利用者個々に提供すべき介護サービスの目標と内容をまとめる計画書で、従来、現場の介護職員への聞き取りも含めて7~12時間かかっていた作成時間が大幅に短縮される見通しだ。
介護施設では、各種の薬を毎日決まった時間に服用できるよう服薬介助も行う。従来のアナログなワークフローでは利用者への提供時にメモなどに記録して、後から介護記録に転記するという二度手間・三度手間が発生するケースもあった。前述の「Future Care Lab in Japan」が検証した服薬支援システムは、提供したスタッフの確認、利用者の確認、提供する薬の確認を、それぞれ二次元コードを読み取って行う。データは利用者の投薬データベースと照合され、誤薬や配薬・服薬漏れをアラートで知らせる仕組みで、結果は介護記録にも連携が可能だ。薬の確認がバーコードを読み取るだけで済み、記録も容易なことから介護職員の負担は大きく軽減される。
職員同士の情報共有・コミュニケーションでは、骨伝導インカム装着によるハンズフリーのやりとりやSNSによるスタッフ間の情報伝達が始まっている。このほか清掃にロボット掃除機を導入したり、夜間の移動に立ち乗り電動二輪車を利用したりする施設もある。
自動化・機械化実現への課題と働き方の未来
■求められる技術とニーズのマッチングと現場のITリテラシー
超高齢社会の進展により、これまでに見てきたような介護ロボットなど「ケアテック」の導入は不可欠の状況である。しかし、導入にはいくつかの課題がある。
まず、コストの問題である。介護ロボットの導入には高額な費用がかかるため、導入を検討する施設にとって財政的な負担が大きくなる。介護事業者は地域密着型の小規模事業者が多く、ケアテックに投資する資金を捻出しづらい。政府は2022年度に移乗支援や入浴支援など一部機器について導入補助額を1機器あたり上限30万円から100万円に引き上げ、見守りセンサー導入に必要な通信環境整備費用についても補助額を1事業所あたり上限150万円から750万円に引き上げるなどの支援を行う。このように政府による公的支援も重要であるが、ロボット等設備投資費用の問題を踏まえれば、長期的には先進技術を積極的に取り入れ、生産性を向上していこうという意欲にあふれた事業者に施設が集約していく流れは避けられないだろう。大規模事業者が積極的に投資を行うことで、介護職員の負荷低減や省人化、サービス品質の向上を実現していくことが期待される。技術や機能も、ロボットやAIのコモディティ化と同時にさらなる向上が求められるだろう。
技術とニーズのアンマッチも課題である。小規模施設でスケールメリットが得られない現場に配膳ロボットなどは不要であり、機器が放置されるなど投資が無駄に終わるケースも散見される。厚生労働省とNTTデータ経営研究所は「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム」を運営し、導入の相談窓口の設置や介護ロボットの評価・効果検証を実施する「リビングラボ(開発の促進拠点)」との連携により、より現場のニーズに合った製品開発を進める。福祉事業者の経営方針、機器の性能・使いやすさ、エンドユーザーのメリット、経済性など複数の判断軸から製品を評価し、マッチングを図っていくことが重要だろう。
介護施設の経営者のロボット導入への理解や現場のITやデジタルに対するリテラシーが不足しているケースもある。介護は人の手を使ったぬくもりのあるサービスが必要だという考えを持つ人も多い。人の手による質の高いサービスを実現するためにはその周辺業務を効率化することが大前提であり、「介護は人の手で行うもの」という意識のもとで先進技術の導入に躊躇する事業者は今後生き残っていくことが難しいだろう。また、従業員側でも、60~70代など高齢の職員を中心にPCやスマートフォンによる業務に抵抗感を持つ人も一定数存在し、デジタル技術への理解には濃淡があるのが実情である。組織内で認定資格などを設けたり、プロジェクトリーダー的な存在を配置するなどして企業風土を変える必要もあるだろう。
サービスを受け入れる側の意識面の課題もある。介護ロボットの導入にあたり、利用者がロボットに対して不安や抵抗感を覚えるケースである。また、センサーの導入などが利用者のプライバシーや尊厳を侵害するなど、倫理的な問題に懸念を示す消費者も少なくない。こうした課題を克服するためには、政府や企業、研究者、事業者などが協力して取り組む必要があるとともに、消費者側にも新しい技術に対する受容性を高めてもらえるような機運を社会全体として醸成していかなければならない。
最後に、介護サービスは国の介護保険制度のもとで提供されていることから、介護保険制度の思想も時代に応じて変わっていかなければならない。介護保険制度においては介護施設の人員配置基準などを設けており、職員を増やせばその分報酬が加算される仕組みになっている。しかし、人員を配置しないと質が高いサービスを提供できないという考え方のもとでは、介護産業はこれからも労働集約的な産業から脱却することはできない。令和4年度の介護報酬改定では一定要件のもとで特養の夜間の人員配置基準の緩和が行われているなど、新しい取り組みも始まっている。一定の安全性を担保したうえで、少数の職員により運営できるように規制の在り方も変わっていく必要があるだろう。
将来の介護職員の働き方を展望すれば、まずは間接介助である見守り、巡回などのタスクの代替がセンシング技術により先行し、排泄時間などを予測することで介助の負荷の軽減につながる。並行して間接業務である介護記録やスタッフ間の情報共有のタスクが紙からデジタルにシフトし、スマートフォンでの入力・管理やメガネ型ウェアラブル機器での指示、音声入力が当たり前になっていくはずだ。直接介助については周辺業務の移乗・移動介助や配膳などからロボットの導入が先行し、排泄時の清拭、入浴時の着替えや洗身の介助なども徐々に自動化していく。将来的には電動フルリクライニング車椅子でベッドからトイレ、食堂、入浴施設との動線がシームレスに結ばれ、重度の要介護者でもストレスなく生活できるようになるかもしれない。メンタル面のケアについても、コミュニケーションロボットの進化であたかも人間と自然に会話しているような風景が見られるかもしれない。それでも、食事を口に運ぶ繊細な業務や手を握るといった癒やしの介護は当分なくなることはないだろう。ロボットへのタスクシフトによって得られた時間は、高齢者のゲームの相手をしたり、会話で過去の記憶を辿ったり、可能であれば買い物や小旅行を企画するなど、人本来の喜びを実感できるような心の通ったサービスに使えるようになるかもしれない。それこそが介護職の本来の業務であり、認知症の抑止などにもつながるだろう。
(執筆:高山淳、編集:坂本貴志)