排泄検知ロボットで介護の負荷を軽減、介護職員はよりカウンセラー的な存在に進化(aba)

【Vol.1】aba 代表取締役CEO 宇井 吉美(うい よしみ)氏

2022年09月15日

超高齢社会の進展により介護職の増員が切実に求められる一方で、早期離職率の高さなど様々な課題を抱える介護業界。介護施設への就業の障壁となる要因の1つに排泄介助の負担感が挙げられるが、それを軽減すべく排泄を検知するロボット「Helppad(ヘルプパッド)」を開発したのが介護ベンチャー企業のabaである。代表取締役CEOの宇井吉美氏にHelppadの特徴や今後の開発の方向性、介護現場における省力化の効果などを聞くとともに、テクノロジーを通して実現が望まれる、介護の「明るい未来図」について語ってもらった。

三大介護の1つ、排泄介助の負担を軽減

高齢者施設などで介護に従事する職員数は2020年時点で約211万人。厚生労働省の需要推計によると、2025年には約243万人、2040年には約280万人の介護職員が必要とされるが、現役世代の減少および高齢化率が加速する背景から、目標値の達成はまず不可能というのが大方の見解である。それでも最大限の確保に向け、国は外国人介護人材の受入れや介護職への助成など様々な施策を進めている。そうしたなか注目されているのが、ICTを活用して介護現場の課題解決と省力化を図る、いわゆる「ケアテック」分野である。

abaは、代表取締役CEOの宇井氏が大学時代に立ち上げたケアテック分野のスタートアップ企業。その主力製品「Helppad」は、独自のAI技術を用いて高齢者(要介護者)の排泄を検知・予測する一種の介護ロボットである。現在発売されている1号機の形状はベッド上に敷くだけのシーツタイプで、「利用者や介護者に装着の負担をかけない点も、他社製品にはない特徴です」と宇井氏。シート上に横たわった利用者が排泄すると、内蔵された「においセンサー」が反応して排泄物を検知し、ナースコールのようにリモートで介護者に報せる。さらに日々蓄積したデータを集計・分析することにより利用者の排泄パターンを把握でき、排泄時間の予測も可能になった。

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●排泄ケアシステム ヘルプパッド


●ヘルプパッドの特徴

介護の仕事は大まかに要介護者の日常生活を支える直接業務と、記録などの間接業務に分けられる。直接業務の中ではかねてより食事介助、入浴介助、排泄介助が「三大介護」と言われるが、「その中で最も負担が大きいと思われるのが排泄介助です」と宇井氏。「入浴は毎日ではありませんし機械浴の導入も進んでいます。食事と排泄は毎日ですが、食べさせるというのはある意味ポジティブな行為ですから、メンタル面の負担は排泄より少ないかもしれません」(宇井氏)

一方、排泄介助は汚物を処理する負担感はもとより、オムツ交換にかかる時間も無視できない。利用者50人規模の施設だと1日当たりの総計は15時間以上に及ぶというデータもある。またオムツ交換は「空振り」も多いうえ、逆に間に合わずに外に漏れると後始末にかなりの時間を要する。においの検知によって空振りの解消、パターン予測によって尿便漏れを防ぐHelppadが、介護現場にとっていかに福音的なロボットであったか想像に難くない。2019年に発売後、現在は全国約100施設に導入されている。

abaホームページよりabaホームページより

次世代機はメンテナンスが簡単でコストもダウン。広く高齢者施設への導入を目指す

現在、Helppadは開発のロードマップとして4ステップを想定している。第2ステップとなる次世代機「Helppad2」には、尿と便を識別する機能が加わる。現行機はシート内のポンプに空気を吸わせたうえで検知する構造だが、これをやめて帯状の細いシートに直接センサーを埋め込むことにより、ポンプが誤って尿便を吸い込んでしまうこともなく、メンテナンスが格段に楽になる。また価格も大幅に下がるため、「今導入していただいている介護ロボットに先進的な施設だけでなく、特養・老健・有料の老人ホームからサービス付き高齢者向け住宅まで、より多くの施設に扱ってもらえると期待しています」と宇井氏。発売は2023年秋を予定している。

ステップ3で目指しているのは、尿便の量が把握できるようにすることである。「そうなると医療的管理が必要な方に使える情報もセンサーで自動取得できるようになるため、介護現場の業務負担軽減というレベルを超え、健康管理の領域にも貢献できます」と宇井氏。ステップ4では尿便量の把握だけでなく、感染症などの病気予測ができる提供価値を考え、すでに大手化学メーカーに臭気分析を依頼するなどして共同開発に着手している。導入の場も高齢者施設から、訪問介護を利用する個人宅、また医療機関などへ広がることを想定している。

もっとも、当面の目標はあくまで介護現場の負担を減らすこと。abaでは宇井氏自身が介護の仕事を経験して知見を得たほか、Helppad開発の過程で介護職員の声に積極的に耳を傾けている。「次世代機の技術開発を行ううえで特に多かったのが、利用者の生活の質の向上や、ベッドメイクなどの負担から『ベッドの上に何もない状態にしてほしい』という要望です。そうした現場の声を融合した結果、無吸引型のコンパクト仕様という形が生まれました」と宇井氏。最終形としてはシートではなく、装着の負担にならない絆創膏タイプやオムツに貼る形状などの極小デバイスを開発し、センサーは居室のエアコンや空気清浄機内に設置する構想も描いている。

誰もが介護にコミットすることで、施設職員の働き方も変わる

宇井氏がHelppadを着想した10年前は、介護職の離職率の高さが目立っていた。現在は国の支援策などもあって全産業の平均値を下回っているが、入職3年以内の早期離職に限ると7割近くと依然として高い。その理由は日々の作業に追われ、個別ケア・自立支援など理想の介護が実践できないことや職場の人間関係など様々だが、介護未経験の若手が挫折するのは排泄介助の負荷も一因と言われている。「ですから『人にしかできない仕事』と、『人がやらなくてもいい仕事』を切り分けることが必要です。ロボットは検知や見守りなど、再現性のあるロジックを遂行するのが得意なので、そうした作業は可能な限りロボットに代替することで、早くから『介護って楽しい』という感覚を味わってほしい。そのために私たちは、テクノロジーを通じて誰もが介護したくなる社会を目指しています」(宇井氏)

最近では介護保険制度の縮小が論じられているが、「誰もが介護したくなる社会」になると裾野が広がり、介護保険によらない自費サービスも増加する。既に短時間、自宅などに派遣して介護だけでなく、買物や清掃などの生活支援を行う人材サービス会社や、派遣先を探すプラットフォームサイトを運営する会社もいくつか台頭している。中には介護の資格がなくても登録できる会社もある。「介護に興味のある大学生や育児が一段落した主婦。フルコミットではなく、誰もがちょっとずつ介護に携わる社会になると思いますし、またそうならなければ今後の需要と供給の差は埋められません」と宇井氏。

「誰でもできる介護」と「ハイレベルな介護」の共存で持続可能な社会へ

テクノロジーの進化により、高齢者施設における介護職員の働き方も変わると見ている。「近い将来とまでは言えませんが、AIやロボット技術が発展すれば、技術的にはオムツ交換の全作業を介護ロボットが行う未来も実現できるでしょう。ただそうなっても、利用者を気遣う声かけをしたり話し相手になったり、『大丈夫ですか? 痛くないですか?』と手を握ってあげたり、あるいは楽しい外出を企画するなど、自由度が高く創造性が求められるサービスは人にしかできません。そういう意味では、未来の介護職員の役割はカウンセラーに近いものであり、その人らしく生きるための暮らしをデザインする総合プロデューサーになってほしいと期待しています」と宇井氏。

そのうえで「今施設では、重要なポジションにある方も多くの場合プレイイングマネジャーとして働いていますが、彼らを総合プロデュース業務に集中させ、かつ相応の収入を保証するには、むしろ介護職員をぐっと減らしたほうがいいのでは?と、大胆な考えも持っています。技術開発でいうプロジェクトマネジャー級の介護職員が少なくとも年収500万~600万円を受け取れるようになるためには、機械に任せられる業務の多くを自動化させないといけないと思います」と提案する。

正確に言うとプロ意識が高く、総合プロデューサーへの成長が期待できる人材を正職員として厳選採用するという意味で、宇井氏はこれを「手作りおにぎり」と表現する。手作りの美味しさ、すなわち人の手にこだわったハイレベルの介護サービスの飽くなき追求を、すべての介護職に求めるのは現実的ではない。「今は大量に生産されるコンビニおにぎりでも普通に美味しいです。平均点でいい、『どこでも同じケアが受けられる』という標準化を進める一方で、施設ごとに独自の極めたい部分は極めていく。手作りおにぎりとコンビニおにぎりは共存できるんです。その二極化の広がりが、介護の社会的地位を上げ、人が集まる業界にする両輪だと考えています」と宇井氏。

4.jpgコンビニおにぎりの部分を担うのは、フリーランスとして、あるいはスポット的に介護の仕事がしたい「誰しも」。そしてそこに不可欠なのが、介護ロボットをはじめとするケアテックの進化である。排泄介助の負担軽減から始まったHelppadが、どこまで機能を進化させ世に広まるか。「誰もが介護がしたくなる社会」の試金石の1つとしても注目したい。

(聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:稲田真木子)

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