非臨床業務を縮減することで患者に向き合う医療を実現する

【まとめ】自動化・機械化による働き方の進化 医療編(後編)

2023年03月30日

医師から看護職などへのタスク・シフトに伴い、医療の現場では非臨床業務を中心にロボットの導入が始まっている。調剤については2023年に電子処方箋の運用が開始されることからECサイト上で薬剤を購入することが可能となり、調剤の自動化による薬局の競争力向上が不可避の状況にある。後編では、「臨床業務」「非臨床業務」「調剤業務」の各タスクの自動化・機械化の可能性と働き方の変化について検討する。

臨床業務の自動化・機械化と働き方の進化

臨床業務の自動化・機械化と働き方の進化

■AI画像診断や手術支援ロボットの導入が徐々に進行

まず「臨床業務」について、看護職、医師それぞれの働き方の変化を予測する。看護師にとっても臨床業務は患者の治療に直接貢献することができる業務であることから、その大部分は将来においても本来業務として残ると考えられるが、将来的な医療需要の逼迫に備えて業務の自動化を急ぐ必要がある。例えば毎日の体温、血圧、血糖値などを測るバイタルチェックは、数時間に1回実施し、結果を紙に記入したり、パソコンに手入力したりするなど繰り返しが多い作業である。京都大学医学部附属病院では、2016年から、体温計などの各測定器をベッドわきの専用端末にかざすだけで、自動的に患者の電子カルテに記録できるシステムを導入した。結果的に検温業務では患者1人あたりにかかる時間が半減し、看護師は空いた時間をほかの業務に費やすことができるようになっている。

点滴などの場合、見えにくい血管への穿刺の失敗が、経験の浅い看護師にとって精神的な負荷につながっている。弘前大学ではアーム型のロボットが繊細な熟練採血技術を再現する「自動採血ロボット」の開発が進んでおり、5年後の臨床試験を目指す。このほか点滴における輸液のミキシングや設定、エア抜きなどもいずれ自動化される領域だろう。薬剤の院内処方の領域では、患者ごとの薬をセットする配薬業務の際、パッケージ記載の識別番号と薬の一覧表を照合しながら確認する作業に4~5時間を必要とするが、将来的には薬剤の照合作業の自動化や簡易化が進んでいくだろう。

医師の働き方改革の柱の1つである他職種へのタスク・シフトにより、今後は看護職の医療行為が拡大していくと見込まれる。2015年にスタートした「特定行為に係る看護師の研修制度」は、特定行為と認められた38行為について、研修後の看護師は自らの判断でその行為の実施が許されている。例えば人工呼吸管理の患者に対する鎮静薬の投与量の調整、胃ろうカテーテルや腸ろうカテーテル、あるいは胃ろうボタンなどの交換、インスリンの投与量の調整、抗不安薬の臨時投与などが、医師の指示を受けなくても実施できる。迅速な判断が必要な救命救急センターや在宅医療の現場などで看護職の仕事の領域が広がるだろう。

医師のタスクで自動化が特に進むのが画像診断の分野である。例えば、乳がん診断では医師の診断精度をAIの診断精度が勝るというエビデンスもある。富士フイルムは胃や食道の内視鏡検査中にがんが疑われる領域を検出し、医師の診断を支援するAIソフトウェアの製造販売承認を取得している。

手術支援ロボットでは「ダビンチサージカルシステム」が先行しており、世界で約100万例の症例数がある。日本では2009年に薬事承認を受け、2021年の導入数は約450台、2017年の約3倍に急拡大している。国内メーカーでは手術支援ロボット「hinotoriサージカルロボットシステム」を手掛けるメディカロイドとNTTが、100キロメートル以上離れていても低遅延で遠隔手術が可能なシステムの実験を行っており、実現すれば離島などでも大学病院の手術室のような環境を再現でき、医師は都市部から遠隔手術を行うことができるようになる。

非臨床業務の自動化・機械化と働き方の進化

非臨床業務の自動化・機械化と働き方の進化

■入院患者への案内、看護記録作成、薬剤の搬送などを自動化

医療における非臨床業務については、入院患者への案内、記録の作成、患者の移乗・移送、薬剤などの搬送、患者への対応方針のすり合わせなどがあり、その多くを看護職が担っている。こうした雑多な業務に関しては、大規模病院などを中心にロボット導入のトライアルが始まっている。神奈川県の湘南鎌倉総合病院では非臨床業務からロボット導入を進めており、なかでも入退院説明ロボットは看護師から高評価だった。ロボットが自ら患者のもとへ移動して、モニターに動画を流しながら病室の案内や検査の流れなどを説明する。結果的にロボットの説明のほうが患者の理解度は高かった。ただし、人による案内を希望する患者も多かったという。

看護記録は1日の終わりにメモや記憶をたどってパソコンに入力することが多いが、八王子市の病院ではスマートフォンに音声入力アプリを搭載し、AIが聞き取った情報を自動的に分類してストックし、最終的に電子カルテに反映する。これによって看護記録にかかる時間を半減することができた。患者の移乗や移動を支援するロボットの例としては理化学研究所などによる移乗介助ロボット「ROBEAR(ロベア)」がある。患者との接触状態に応じた細かい動作調節が可能で、横抱きをしたり、立っている人を両腕で支えたり、立った姿勢の人を抱きかかえたり、あるいは起立を補助したりするなど複数の抱き方ができる。薬剤の搬送については従来エアシューターやレール方式のシステムがあるが、より効率的で故障時の対応が容易な自律搬送ロボットの試験導入が進んでいる。

大規模病院では、緊急入院の受け入れを判断する作業や病棟ごとの繁閑をならし病床稼働率が向上するよう調整する業務もある。滋賀県の淡海医療センターでは電子カルテ内の各種データの集約、分析・加工をリアルタイムで自動的に行う「コマンドセンター」をクラウド上に立ち上げ、病床稼働率や看護師の勤務状況、入院患者の見込みなどを見える化し、全体最適を踏まえた病床のアサインを実現している。

医師の非臨床業務には主に、カルテの記載や関係者との打ち合わせ、そのほか事務作業などがあるが、医師の押印・署名が必要な紙運用の各種届出や診断書なども多く、医師の手間やコスト増大につながっている。全国医療情報プラットフォームの創設などによって、早期にこれが解消されることが期待される。

調剤業務の自動化・機械化と働き方の進化

調剤業務の自動化・機械化と働き方の進化

■「ロボット薬局」化が進み、「かかりつけ薬剤師」としての役割に期待

厚生労働省が2015年にまとめた「患者のための薬局ビジョン」では、薬剤師・薬局が今後、服薬情報の一元的・継続的把握とそれに基づく薬学的管理、24時間対応・在宅対応、かかりつけ医をはじめとした医療機関等との連携強化など「かかかりつけ薬剤師」の役割を担うことが期待されている。これを実現するには薬剤師のタスクを従来の調剤のための対物業務から、処方内容のチェックや医師への疑義照会・処方提案、丁寧な服薬指導、在宅対応も通じた継続的な服薬モニタリングなどの対人業務にシフトする必要がある。こうした観点からも薬剤師の業務の大半を占める調剤業務(処方箋に基づいて医薬品を棚から取り出し取り揃え、数を数えて払い出す作業)を自動化することは、未来の薬局経営の必須条件となるだろう。

「ロボット薬局」を標榜するメディカルユアーズは、日本で初めて「計数調剤」(錠剤やカプセルが収まるPTPシートから必要な数を患者に渡す調剤の方法)を部分的に自動化し、薬剤の箱出し・格納をロボットに任せ、その後の計数を薬剤師が行っている。薬剤師は在庫管理や棚卸の作業から解放され、薬局の「待ち時間ゼロ」「調剤ミスゼロ」を実現した。

薬局チェーンのトモズは2019年から調剤業務の自動化に着手し、一部の店舗で実証実験を行う。松戸新田店の実験では患者が朝・昼・晩に服用する複数の薬剤を一包にパックする「全自動錠剤分包機」やPTPシートから必要枚数を切り出して自動的に払い出す「PTPシート全自動薬剤払出機」など7種類の自動化機械を導入した。これにより例えば従来30~60分かかっていた一包化の作業が最短3分まで圧縮されたという。

服薬指導は対面が原則であり、これまで処方薬購入には薬局に足を運ぶ必要があった。しかし、コロナ禍を機に医薬品医療機器等法が改正され、2020年からオンラインの服薬指導が条件付きで解禁されている。同年、日本調剤ではオンライン診療・服薬指導アプリのスタートアップと連携し、「日本調剤オンライン薬局サービス」を導入、オンライン診療から処方薬受け取りまで一気通貫の非接触でのサービス構築を目指す。

薬剤師はこれまで本来の服薬情報の一元管理や指導よりも調剤室での調整作業に時間の大半を取られていたが、「ロボット薬局」のように対物業務の自動化が進んでいけば、「患者のための薬局ビジョン」が目指す「かかりつけ薬剤師」としての役割に注力できるようになる。具体的には、オンラインを含む服薬指導や医師の処方支援、ワクチン接種、残薬管理などへタスク・シフトが進むだろう。

自動化・機械化実現への課題と働き方の未来

■非臨床業務から自動化、DXを進め、地域医療を確かな形に

これまでに見てきたように、看護職は臨床業務、薬剤師は服薬指導や医師の処方支援といったそれぞれの職域の専門業務に集中する環境を作り出すことが社会的に望ましく、働く側にとってみてもそうした本来業務に取り組むことで仕事本来のやりがいにもつながる。一方で、実際には看護師も薬剤師も非臨床業務や定型的な調剤業務に追われ、本来業務に注力できていないのが現状である。医師についてはかねてより過労死ラインの働き方が問題視されており、2024年の時間外労働時間の上限規制適用によりほかの専門職へのタスク・シフトが不可避の状況である。医師からのタスク・シフトを円滑に行うためにも、業務の自動化、ロボットへの代替を積極的に推し進めていく必要がある。

医療分野の自動化を進めるうえでの課題の第1はやはり、導入・維持コストの問題が大きい。1台1000万円を超えるような機械だと中小規模の医療機関では導入が難しく、補助金等を含め自治体などの支援が不可欠になる。技術面では、例えば移動支援ロボットは速度が遅く、トイレ誘導などで間に合わないといった課題があり、性能の向上が期待される。また、安全性を確実に担保するには看護師がロボットに付き添うといった状況が当面は避けられず、省人化には必ずしもつながらない。将来的にはロボットが自律的に行動するまでの技術水準が求められるだろう。

手術支援ロボットを運用するには、熟練したオペレータやメンテナンススタッフが必要で、結果的に運用コストが高くなる可能性があり、恩恵を受けられる人は限られる。担当医師の育成と同時に手術支援ロボットの安全性などについて患者への啓蒙が必要だろう。

AIによる画像診断を進めるにあたっては、大量のデータをAIに学習させる必要があるが、医療データは個人情報と表裏一体であり、個人情報保護の観点から流出防止など万全のセキュリティ対策が不可欠である。またAIの診断は100%正解ではなく、誤作動や誤診の根拠も必ずしも特定できないという「ブラックボックス問題」があり、最終的に人間が責任を負わざるを得ないなど、臨床業務については業務を効率化できる余地は限られてくるとみられる。

調剤については2023年1月に処方箋をデジタル化した電子処方箋の運用が開始されたが、1月下旬時点では資格を取得した医師、薬剤師は1割程度にとどまる。導入にあたって資格を証明する専用カードの取得や専用の機器の設置が必要なためだが、さらなる周知徹底やインセンティブ付与の検討が必要だろう。病院と薬局の連携についてはEHR(医療情報連携基盤)などの普及が不可欠で、将来的には業界全体での共通基盤(HL7 FHIR)の整備が待たれる。

将来の看護職員、医師、薬剤師の働き方を展望すると、まずは診療の前面に立つ医師の労働環境の改善に向け、他職種へのタスク・シフトが進む。医師はAI画像診断や手術ロボットなどのツールを使いこなすことで診察や手術の精度や生産性を高める。また、離島など医師が不足している地域の医療に対応するため、都市部の病院の医師は遠隔での診察、場合によっては現地の医師に緊急時の対処の指示なども行うようになるだろう。

看護師は入院患者への案内、患者の移送、薬剤搬送など非臨床業務をロボットに代替し、薬剤投与、集中治療、在宅医療など専門性、個別性の高い臨床業務を担うようになるだろう。患者の気持ちを汲み取りそれに応じた細やかな対応や緊急時の俊敏で迅速な対応、また患者の容態の急変などに臨機応変に対応し、優先順位を変えるといった業務の自動化はかなり先のことになる。

薬剤師については調剤の自動化が進み、対物業務から服薬指導や残薬管理などの対人業務に注力するようになる。在宅医療での服薬指導やバイタルサイン(血圧、脈拍、体温など)のチェックなど専門性を発揮できる場が広がる可能性がある。

こうしたタスク・シフトが円滑に進行し、どこに住んでいても必要な医療を最適な形で享受できることが、誰もが安心して暮らせる超高齢社会の基盤となるだろう。

(執筆:高山淳、編集:坂本貴志

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