なぜ今、しごとの未来予測が必要か
2020年以降のパンデミックや国際情勢の急変により、世界は「不可逆に」変わってしまった。グレートリセットの時代、非連続な変化が目まぐるしく起こる時代の到来である。
こうした予測不可能な時代に、なぜしごとの未来予測に取組む必要があるのか、その背景からお話しする。
リクルートワークス研究所では、これまでもおよそ5年間隔で、未来予測シミュレーションを実施し、労働市場の状態・人と組織の関係性、そして働き方の進化についての「未来像」を提示してきた。そして、今回の未来予測研究のスタートは過去の研究であまり扱われてこなかった、日本社会におけるある切迫した状況に、我々が強い問題意識を持ったことに起因する。
それは、「労働供給制約」だ。
単なる人手不足論ではない。後継者不足や技能承継難、デジタル人材の不足などといった産業・企業視点からの問題ではなく、「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給できなくなるのではないか」、という問題意識である。
この問題を加速させる、ある構造的要因がある。少子高齢化だ。
あまり言及されないが、社会の高齢化は著しい労働の需給ギャップ、需要過剰をもたらすと考えられる。人は何歳になっても労働力を消費するが、加齢とともに徐々に労働力の提供者ではなくなっていくためである。この単純な1つの事実が、世界で最も早いスピードで高齢化が進む日本の今後に向けて、大きな課題を提示している。つまり、高齢人口比率が高まるということは、社会において必要な労働力の需要と供給のバランスが崩れ、慢性的な労働供給不足に直面するということだ。これを『労働供給制約社会』と呼ぶ。
こうした労働供給制約社会において最も懸念されるのは、「生活維持サービス」である。物流や建設・土木、介護・福祉、接客などの職種は既に需給ギャップが顕在化しており、著しい人手不足に陥っていることはご承知だろう。ただ、これは「大変だなあ」ではすまない問題でもある。こうした職種の供給不足を放置しておくと、私たちの生活に大きなダメージを与える可能性があるためだ。注文したものの配送、ゴミの処理、災害からの復旧、道路の除雪、保育サービス、介護サービス……。私たちが日頃恩恵を受けているあらゆる「生活維持サービス」は、すべて人の労働によって提供されているのだ。
さて、冒頭で述べたとおり世界は非連続な変化の時代に突入している。ただし、日本が労働供給制約社会になることはほぼ確実な未来である。それは人口動態統計という最も確実な予測ができるデータに基づくためである。15年後の社会における40歳は、今25歳の人にしかなれないためだ。社会の人口構成が持つこの性質と、高齢化の進捗による労働需給構造の変化という2つの事象は、日本社会の今後を占ううえで確実かつ避けては通れない大前提なのだ。
リクルートワークス研究所による「Works未来予測20XX」プロジェクトでは、この労働供給制約社会において何が起こるかシミュレーションを行い、労働供給制約を乗り越えて社会と生活が豊かに続く、未来の「はたらく」の価値を発見するための調査・研究を実施する。
労働供給制約社会の予兆は既に日本の各所で見られるが、もし現状のまま何のソリューションも実施されなかった場合には以下のような問題が早晩顕在化するだろう。
◎時給をいくら上げても必要な人が採用できない/採用するのに必要な価格が高くなりすぎて事業が継続できない
◎必要なサービス水準を低下させざるを得ない(具体的には、人手が足りないために、訪問介護が週5日→訪問介護が週2日しか来られない、除雪サービスが提供できず都市交通が寸断・雪の事故が多発、店が16時で閉店……)
◎必要な人手が足りないために、廃業せざるを得ない(具体的には、地場産業が後継者がおらず消滅、トイレ詰まりを修繕してくれる事業者がいない、警察・消防署がなくなっていく……)
◎社会インフラに関するサービス(生活維持サービス)すら削減しなくてはならない
こうした結果として、社会全体の経済活動の停滞・縮小が長期的に継続するとともに、生活を営むうえで必須のサービスすら維持できず生活水準も低下する。また、生活維持サービスに現役の労働力を回さざるを得ないために、先端分野に対する人材供給が後回しになりイノベーションが一層停滞するという副作用が起こる可能性すらある。なお、移民の受け入れはソリューションの1つとなり得る可能性はあるが、そもそも世界人口が2060年代にピークアウトすると言われており、すでに先進国を中心に多くの国で日本の後を追いかけるように高齢化が進みつつある。移民がすべてを解決するとは考えるのは、受け入れが起こす様々な社会問題を棚上げにしたとしても、早計すぎると言わざるを得ない。また、既に日本においては高齢者が労働を担う傾向は加速しており、60歳男性の就業率は78.9%、70歳男性でも45.7%と約半数が働くようになった。高齢者に労働供給の主体になってもらう動きは今後も加速していくと考えられるが、既に日本の高齢者の就業率は国際的に見ても高い水準にありその余力は潤沢ではなく、高齢者頼みだけでは立ち行かない。
図表 性・年齢階層別の就業率の推移(総務省「国勢調査」)
私たちは労働供給制約社会へのソリューションは、社会の何かを否定し根本的に破壊するではなく、この日本で今現実に起こりつつあるアクションや挑戦と地続きの、「連続的な変化」で解消できると考える。現在見えている地続きのソリューションの1つは「技術代替による自動化の徹底による労働需要の削減」であり、もう1つは「ひとりの人間がいろんな場面で活躍する社会へのパラダイムシフトによる、労働供給主体の多様化・増加」であり、このほかの可能性も検証していく。
労働供給制約社会を迎えても、この社会と人々の生活が豊かに続いていくためにはどうすればよいか。そして、豊かな未来を目指すために 私たちの「はたらく」はどう変わっていく必要があるのか。高齢化課題先進国である日本から、「Works未来予測20XX」は考えていく。