計量、調理、洗浄などの厨房作業を自動化。盛り付けはあえて手作業で(TechMagic)
【Vol.2】TechMagic 代表取締役 白木 裕士(しらき ゆうじ)氏
厨房業務を自動化する調理ロボット、業務ロボットを開発しているTechMagic。同社の開発したロボットは調理から洗浄までの一連の作業を自動化し、飲食店の省人化を実現している。実際にロボットを導入した店舗ではどのような効果が生まれているのか。調理ロボットは働き方をどう変えるのか。ロボットが実現する生産性向上や食体験、普及までの道筋について、同社代表取締役の白木裕士氏に話を聞いた。
シェフ不在のレストラン、調理は人間の2倍の作業スピードを実現
今年6月に丸ビルにオープンした「エビノスパゲッティ」は、一般的なスパゲッティ専門店とは様相が異なる。調理をしているのは同時に4つのフライパンをハンドリングするロボットだ。「P-Robo」と名付けられたこのロボットは、具材の計量から調理、洗浄といった一連の厨房作業を自動的にこなす。事前に材料を仕込んでおきさえすれば、客の注文に応じて8種類のパスタメニューを調理し分けることができる。フードテック事業を手掛けるTechMagicとプロントコーポレーションが共同開発した。
https://techmagic.co.jp/p-robo/
TechMagicはエビノスパゲッティの運営元であるプロントコーポレーションをはじめ、日清食品、味の素、キユーピーなどを顧客として持ち、自動調理ロボットや食品製造に関わる業務ロボットの開発を行っている。「将来的に人口減少が進めば働き手の数が足りなくなります。外食産業、食品産業を支える新たな労働力として自動化ロボットを普及させていきたい」と白木氏。
温める、湯切りする、など個別の調理を自動で行うロボットはこれまでにもあったが、厨房オペレーション全体の自動化はハードルが高い。汎用アームロボットなどの応用では一連の調理工程の自動化をすることは困難であり、厨房作業に求められるスピードにも対応できない。ソフトウェアだけでなく、メカ的な機構まで含めて一から開発したP-Roboでは、仕込みと盛り付け以外のオペレーションを自動化しており、1食目は75秒、2食目以降は45秒間隔で料理が盛り付け台まで出てくる。人間が調理した場合の約半分の時間に抑えられている。
「人間の感性が反映される接客や盛り付けは、食体験の中でも付加価値の高い部分です。一方で食材の計量や洗浄といったところは付加価値が低く、消費者はそこにお金を払っているわけではありません。調理に関しても簡単なものであれば付加価値が高くないものもあると思います。ロボットがカバーすべき領域は付加価値の低い部分であると考えています」(白木氏)
メリットは人件費、採用費、教育費の削減やオペレーションの標準化
CRISPとはサラダ調理ロボットを共同開発している。CRISPが展開するカスタムサラダレストラン「CRISP SALAD WORKS」では、客が約30種類の具材やドレッシングを選び、好みのサラダをオーダーできる。従来はスタッフが具材を計量し、ボウルに入れてドレッシングと混ぜ合わせ、皿に盛って提供していたが、このオペレーションの一部を自動化した。
具体的には、ロボットアームがボウルをセットし、客の注文に応じた具材を計量し、ピッキングしてボウルの中に入れる。特徴的なのは冷蔵庫の中で計量し、自動的に取り出す仕組みだ。同様の技術はほかになく、TechMagicが特許を取得している。
また、厨房機器メーカーのフジマックとは食器仕分けロボット「finibo」を共同開発した。finiboは洗浄機から出てきた食器を形状によって自動で仕分けし、棚へと収納する。洗浄機が置かれている高温多湿の空間での長時間の立ち仕事は重労働だが、finiboによってこれまで3人配置していた洗浄室を1人で運営できるようにした。同ロボットはいすゞ自動車の社員食堂で既に稼働している。
https://techmagic.co.jp/w-robo/
「自動化ロボットの導入にあたっては3年以内に投資回収できる価格設定にしていますが、そこは省人化効果との兼ね合いになります。ただ、人が働く限りは人件費以外にも採用や教育にコストがかかりますし、せっかく育てても辞められてしまうと、また一からコストをかけなければいけません。人件費、採用費、教育費の削減やオペレーションの標準化といったメリットを考えると、ロボット導入の価値は十分にあります」(白木氏)
自動化が進むのは専門店チェーンから。個人店にも導入の余地あり
外食産業において調理ロボットと相性がよいのは、専門店の業態だと白木氏は言う。前述のスパゲッティ専門店やサラダ専門店のような業態は調理プロセスが限られているため、自動化しやすく、複数のプロジェクトが進行中だという。逆に多品種小ロットのものを作る作業はロボットは不得意だ。居酒屋のようにメニューが多く、少量を提供する業態ではロボットの導入が遅れると予想する。
「まずは基本的なメニューを少しアレンジして提供しているような業態がロボット導入の対象となっていくでしょう。特にチェーン展開しているようなところでは、生産性向上やオペレーションの標準化といった課題が常にあります。そういったところにロボットは相性がいいと思います」(白木氏)
ロボット導入のメリットがあるのは大手チェーンに限らない。実際、外食の9割以上は中小企業である。例えば、店主が高齢化し、体力的に店舗運営が難しくなるような状況でも、洗浄など作業の一部を自動化することで店を続けやすくなるだろう。また、「後継者が見つからない」といったケースでは、「ロボットに先代の○○○の味を引き継がせる」ということも考え得る。個人店や中小企業のロボット導入においてはコストが問題になりやすいが、同社ではリースでハードルを下げている。ロボットのサイズも3坪あれば収まる大きさであるため、小さい店舗でもオペレーションできるという。
調理の代替からパーソナライズされた食体験の提供へ
炒める、ゆでる、揚げる、焼くといった動作はほぼ自動化の目処は立っているが、まだまだ開発の余地があるという。例えば、焼く時には焦げないタイミングや攪拌の仕方、揚げる際にはちょうど素材がおいしくなる温度と時間が重要だ。また、単に「ロボットが調理する」というだけなら、海外でも開発が進んでいることから早晩、コモディティ化することは避けられない。では、今後はどういった方向に進化していくべきなのであろうか。重要なのは調理を科学することだ、と白木氏は言う。
「食体験の主役となるのはあくまでも消費者や料理であり、ロボットではありません。ですから、今後はどちらかというとソフト側の領域に重点を置いていくべきでしょう。例えば、現在はロボットの異常検知や食器を把持する際のアームの制御にAIを使っていますが、データが蓄積されてくればAIによる味付けの最適化も可能になる。究極的には一人ひとりに合わせて味や量をパーソナライズしていけるようになるでしょう」(白木氏)
個人情報の取り扱いには高いハードルがあるものの、パーソナライズされた調理ができるようになれば、パーソナルヘルスレコードとリンクさせて個人に合った健康的な食事を提供するといったこともできる。SF映画に出てくるような食体験も遠い未来のことではないのである。
AIが熟練シェフ並みの精度を獲得するには膨大な量のデータが必要になるが、そのようなデータを収集するには業界全体を巻き込んでいく必要があるだろう。
「世界中に調理ロボットを展開するのが我々のミッションです。これまでは大手チェーンとの共同開発がメインでしたが、業界の9割以上を占める中小企業にアプローチしていくには、我々自身が店舗を持ち、現場のニーズに応えられるような技術開発をしていかなければなりません。この旗艦店を様々な企業との意見交換の場としても活用し、ロボットでできることを一緒に検討していきたいと考えています」(白木氏)