看護師の非臨床業務をロボットが代替、臨床業務に集中できる環境へ(湘南鎌倉総合病院)
【Vol.3】湘南鎌倉総合病院 事務長 芦原 教之(あしはら のりゆき)氏
少子高齢化により医療の担い手が減少するなか、神奈川県では医療施設へのロボット導入を進めるため、NTTデータ経営研究所、各種ロボット事業者、湘南鎌倉総合病院とともに新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業を実施した。実証プロジェクトを通じてどのような可能性や課題が見えてきたのか、湘南鎌倉総合病院の芦原氏に話を聞いた。
ロボットへのタスクシフトで看護師の業務負荷解消を目指す
医療法人徳洲会 湘南鎌倉総合病院は、神奈川県が実施する「令和3年度新型コロナウイルス感染症対策ロボット実装事業」に参加した。同事業は、医療施設などを対象に、ロボット実装のモデルケース創出を目的として導入実証などを行うもの。このプロジェクトでは、湘南鎌倉総合病院を実証エリアとして、ロボット事業者などが各機器を提供、NTTデータ経営研究所が全体の調整を行う形で進められた。
湘南鎌倉総合病院は徳洲会グループの中でも規模が大きく、稼働病床数は658床、医師や看護師を含め2000名超のスタッフが働いている。コロナ禍にあっては臨時の専用病棟を設置して積極的に患者を受け入れているほか、2021年には包括的がん治療に対応するための先端医療センターも立ち上げた。
同病院がロボット実装事業に参加した背景には、厚生労働省が進める医療提供体制の改革がある。改革の目的は、高齢者人口がピークとなる2040年を見据え、安定した医療提供体制を築くこと。そのために、医師・医療従事者の働き方改革、地域医療構想の実現、医師偏在対策を三位一体で推進していく。
「特に医師の働き方に関しては2024年から時間外労働の上限規制が適用されるため、喫緊の課題です。これまでの医師の業務量を100とすれば60まで削らないといけない計算です。削った分の40は看護師やコメディカル、事務職などほかの職種で担うことになりますが、彼ら彼女らが現在担当している業務はどこに移し替えればいいのか。その移し先として、ロボットやIoTを活用できないかと考えました」(芦原氏)
治療やケアに直結しない非臨床業務をロボット代替の対象に
実証に先立ち、同院では新たに人材開発室とデジタルコミュニケーション室を立ち上げた。
人材開発室で取り組むのは職員の育成だ。働き方改革を進めていくには現場の効率化を職員自らが考え、実行していくことも必要になる。長いスパンでそのような人材を育成していくのが同部署の役割となる。
一方、デジタルコミュニケーション室はデジタル技術の導入を推進する。業務の効率化に向けたデジタル技術の活用について、病院とベンダーとの間のコミュニケーションを取り持ち、認識のギャップを解消する架け橋としての役割を担う。
「ベンダーは病院職員の現場ニーズがわからないし、病院はロボットの活用で何が可能になるのかがわからない。そこを通訳してくれる人がいないと、ミスマッチが起こります。人材開発室で効率的な業務プロセスを設計できる人材を育て、デジタルコミュニケーション室で現場のニーズとベンダーとの間を取り持つことによって、ミスマッチをなくしていこうというのが狙いです」(芦原氏)
また、人が行う業務とロボットに任せる業務の選別にあたっては事前に業務分析を行い、治療やケアに関わる臨床業務とそれ以外の非臨床業務とに分けた。臨床と非臨床の業務量の割合は6:4ほど。臨床業務のほうがボリュームが多いが、生命を扱う職域となるため、倫理や個人情報といった観点から制約が大きい。どこまでロボットに任せられるかについては不確定な要素が含まれるため、臨床業務は実証の対象外とした。
「臨床業務は医療従事者が一番やりがいを感じるところでもあるので、そこはあえて残しました。他方、非臨床業務については、電子カルテの記入方法などが複雑化してきており、業務負荷が増しています。後者をロボットに代替させることで、臨床業務に集中できる環境にしていこうと考えました」(芦原氏)
人とロボットが協働するハイブリッドな活用
具体的な実証内容を決めるにあたっては、「ロボットにやってもらいたいこと」について職員に対してアンケートを実施した。アンケートの回答を基に参加するベンダーを募集し、最終的にフロア案内ロボット、入退院説明ロボット、搬送アシストロボット、清掃ロボットなど9件の実証が行うことになった。
看護師から評判がよかったのは入退院説明ロボットだ。看護師は患者の入退院時や検査時に病室の案内や必要な持ち物、検査の流れなどについて患者への説明を行うが、これらの説明業務をロボットに代替させた。ロボットは患者のもとまで自律移動し、モニターに動画を流して説明を行うほか、病室や検査室までの誘導も行う。ロボットによる説明がわかりやすかったかを調査したところ、スコア上はロボットの説明の理解度が高かった。しかし、説明者がロボットと人のどちらが良いかを調査したところ、人の方が良いという回答が多かった。
●入退院説明ロボット
ストレッチャーの搬送アシストロボットも実効性への評価が高かった。ストレッチャーでの患者の搬送は職員にとって身体的負荷が高い業務だ。この搬送アシストロボットはストレッチャーに装着することで搬送をアシストする。片手で扱えるコントローラーを使って容易に操作でき、重いストレッチャーを人力で押して動かす必要はない。従来はストレッチャーがぶつかって壁に穴を開けてしまうことがあり、その修繕費に年間数百万円かかっていたが、センサーが障害物を感知して減速し衝突被害を軽減するため、こうした支出も抑えることができる。取り外し可能なので従来から使っているストレッチャーを買い替える必要もない。
●ストレッチャー搬送ロボット
清掃ロボットに関しては2フロアで実証を行った。同ロボットは事前にマッピングしたルートを走行し、ゴミの吸引・拭き掃除を自律的に行う。椅子や机の下、壁の際などは人の手による清掃が必要だが、2フロア総床面積の62%をロボットに代替することができ、清掃の効率化・均質化において効果が確認された。また、清掃後はロボットからレポートが排出され、どこを清掃したのか、どの場所がどれくらい汚れていたのかを可視化することができるため、清掃効率の改善に活かすことができる。院内を回る清掃作業員の省人化につながるため、感染リスクの低減や委託コストの削減にも期待できそうだ。
委託コストの削減にあたっては、使用済み医療器具を回収するロボットも有効だった。手術で使う鉗子などは使用後に回収して滅菌を行うが、その回収は専門業者のスタッフが院内を回って行っている。回収作業をロボットが行うことで、そこにかかる人件費の削減につながる。
●清掃ロボット
一方で、フロア案内ロボットは活用が難しかった。広い院内で患者を誘導する自律移動型のロボットだったが、移動にかかる時間が倍に増えた。病院という場所柄、誘導する対象は身体の具合が思わしくないことが多い。途中で休憩が必要だったり、杖をついてゆっくりしか歩けない患者もいる。ロボットが患者ごとに異なる移動のペースに合わせるのは難しいという。
「実証を通じて気づいたのは、ロボットだけで業務を完結するのは医療では難しいということ。むしろ、人がやっているところをロボットで補完するというハイブリッドな活用法がよい。雑務に費やす時間が半分になるだけでも、導入する価値は十分にあると感じました」(芦原氏)
病院、ベンダー、行政の連携がロボット普及のカギ
今回は実証期間が短かったこともあり、細かい定量的な効果測定は行われていない。そもそも何を指標とすべきかも議論が必要だ。定量的に測るのか、定性的に測るのか。1つの案として看護師の成長スピードを指標にするのも有効かもしれないと芦原氏は言う。
「雑務が多いとコアとなる職能の熟達が遅れます。例えば、看護師を見ていると、現在よりも雑務が少なかった頃にキャリアをスタートした人のほうが患者へのアプローチが上手い。以前はなかったような雑務が増えたためにコア業務に集中することが難しくなり、成長スピードが遅くなっているのではないかと想像しています。効果測定の方法については今後も人材開発室を中心に検討していきたいと思います」(芦原氏)
また、病院へのロボットの導入・普及にあたっては導入コストの課題がある。病院はベッド数によって売上の上限が決まる。国の資金に頼れない一般病院の売上・利益は中小企業と変わらない。利益率は2%ほどのところが多く、規模の大きなところでも利益は10億円に満たないことがほとんどだという。設備投資をするにしても導入コストが1000万円ともなると難しいため、補助金などの支援制度が求められる。
「医療提供体制を維持しながら働き方改革を実現するには、どうしてもお金がかかる。現状ではそこへの支援がないため、医療における働き方改革が実現困難なものになっています。今回の実装事業は神奈川県に資金援助いただいたことで実現できました。今後、病院へロボットを普及させていくには、ベンダーや病院だけでなく、行政も一緒になって取り組んでいくことが必要になるでしょう」(芦原氏)