土工の自動化やBIM導入で先行、建築現場の繊細な作業は手作業で(大林組)
【Vol.5】大林組 DX本部、ロボティクス生産本部、ビジネスイノベーション推進室
建設業界には、近年、i-Constructionや建設テックといったデジタル化の波が押し寄せている。従来、図面や申請書など、紙ベースで管理していたものがデジタルでのやりとりに変わってきた。無人自動運転の建機なども数多く登場している。慢性的な人手不足に悩んできた建設業界において、こうした取り組みは現場をどのように変えていくのか。大林組のDX本部、ロボティクス生産本部、ビジネスイノベーション推進室の方々に聞いた。
機械化・自動化とBPRの両輪でDXを推進。産官学協働でのルールづくりも
大手ゼネコンの大林組が2030年までに25%の生産性向上を目指し、DXを進めている。短工期での施工を求められる建設業では残業や休日出勤が常態化しやすい。働き方改革関連法による時間外労働の上限規制については5年の猶予を与えられているが、2024年4月までには体制を整えなければいけない。一方で、「若手が建設業界に入ってこない」という担い手不足の問題も抱える。DXによる生産性向上は建設業界全体で喫緊の課題だ。
現場作業の機械化・自動化においては工種の違いなどによって取り組むレベルが異なる。ロボティクス生産本部の清酒芳夫氏は「機械化できていない作業は機械化を、機械化されている作業は遠隔化や自動化を目指す、という流れで進めています。ただし、すべてにおいて自動化を目指しているわけではありません。非生産的な業務、例えば、『物を運ぶだけ』といった単純な繰り返しの作業は自動化し、人にはより生産的な業務に携わってもらうというのがバランスのよいやり方だと思います」と話す。
ビジネスプロセス自体の再検討も必要だ。新しいツールを導入するにしても、単純に既存プロセスに嵌め込むだけではうまくいかない。プロセスの中に新しいツールをどう落とし込むのか、BPR(※)も含めた議論が必要になる。ビジネスイノベーション推進室の杉浦伸哉氏は、「例えば、夜間にロボットに資材を運ばせれば、翌日は資材がセットされた状態から作業が始められる。人が1日のうちにできる工程が1だったとしたら、夜間に0.2の仕事をロボットにやってもらえば1日に1.2の仕事ができることになる。完全自動化はできなくとも、プロセスを変えるだけで生産性を上げていくことは可能です。機械化・自動化とBPRを両輪で考えていくことが大切です」と語る。
一方で、新しい機械を現場で使っていくには、安全などに関するルールを策定する必要もある。これに関しては国土交通省が2022年3月に立ち上げた、関係団体や学識者が集まる「建設機械施工の自動化・自律化協議会」で整備が進められており、2022年内に安全ルールガイドラインの素案がまとめられる予定となっている。
(※)BPR Business Process Re-engineeringの略。「リエンジニアリング」とは、業務・組織・戦略を根本的に再構築することで、企業の目標を達成するために、企業活動や組織構造、業務フローを再構築することを意味する。
現場作業の自動化は土工から。掘削、積み込み、運搬、盛り土を自動化
具体的にどのような作業を自動化していくかについては工種ごとに見極めていく必要があるが、杉浦氏によれば、一番効果が表れやすいのは土工だという。土工とは、土木工事において土を動かす基礎的な作業を指す。土を掘り、運び、積み上げるといった作業がこれにあたる。
「土工は、道路工事でも河川工事でも造成工事でも行われる基本的な作業。土を動かす基本的な動きが自動化できれば、ほかの工種でも似たような形で進められます。ですから、ここをまず自動化していくのが、順番的にも効率的だろうと考えています」(杉浦氏)
同社では2021年11月にシリコンバレーにて大規模造成工事における重ダンプトラック自律走行の実証実験を行った。実験に使われたのは市販されている建設重機(米Caterpillar製のアーティキュレートダンプトラックで中折れ式の車体構造を持つ)。最大積載量約24tのダンプに、LiDAR(光による検知と測距)、 GNSS(衛星測位システム)、慣性計測装置などが取り付けられている。自律走行させるための制御ソフトは米スタートアップのSafeAIが開発した。実験では土砂の積み込みから荷下ろしまでの一連の自動制御を確認。実用化に向けて好感触を得た。
また、別の現場ではダンプトラックだけでなく、バックホウ(ショベルがオペレーター側方向に取り付けられた建機)と連携した実証実験も行っている。同実験では、バックホウが目の前の土をすくってダンプトラックに積み込み、ダンプトラックが指定の場所まで運搬、荷を下ろすところまでを自動で行うことに成功した。
「山積みの土をすくって、積み込みをするというところまでは自動化できました。ただし、成形掘削など、一定の出来形を求められる掘削はまだ自動化できていません。どこまで自動化していくかということについてはコストとの兼ね合いになると考えています。例えば、ある山岳トンネルの工事を完全に自動化しようと思えばできるかもしれませんが、その自動化技術はほかの現場では使えない可能性が出てきます。同じ場所に同じ物をいくつも作るわけではなく、あくまで単品の現地生産です。その中でいかに公約数を見出していくかが重要であると考えています」(清酒氏)
プレキャスト工法で現場作業を効率化。繊細な湿式は人の手で
土木よりも細かい作業が求められる建築においては、機械化以外の方向性も模索されている。その1つが工場で部材を作るプレキャスト工法だ。例えば、建物の躯体を作る際には現場で鉄筋を組み、形鋼を立て、コンクリートを流し込むというのが主流だが、プレキャスト工法では個々の部材を工場であらかじめ製造し、設置のみを現場で行うという流れになる。現場で行うと50人かかる作業も工場ならもっと少ない人数でできる。躯体に限らず、カーテンウォールなどの外装やユニットバスなどの内装でも可能だ。
DX本部の本谷淳氏は「工場製作だけでなく、『現場の空いているところである程度組み立ててから取り付ける』といったように施工方法を変えるだけで効率化を図れるところもあります。最近ではプレキャストを前提として設計する試みも始まっており、今後もこうした動きが広がっていくでしょう」と話す。
一方で、同じDX本部の塩坂靖彦氏は、プレキャスト工法が広まってもコンクリート打設などの「湿式」と呼ばれる繊細な作業においては「まだまだ人の手は残る」と予想する。
「高級マンションのような部屋ごとに仕様が異なるところでは工場化は難しい。床のフローリング張りや壁紙貼りのような細かい作業がまだまだ多く、綺麗に仕上げるにはどうしても人の手が必要です。そういった部分は今後も職人の手作業に頼ることになるでしょう」(塩坂氏)
清酒氏によれば、ロボットに人の手作業を代替させるのが難しいのは、視覚、触覚といった感覚において人間と同等の精緻さを十分に再現することが難しいからだという。同社ではリアルハプティクス(※)を用い、熟練の左官職人の手の動きを遠隔で再現する仕組みを開発し、力触覚導入によるロボット適用の可能性を探っている。
「機械化を妨げている要因の1つが感覚の問題です。両眼の見え方や手の触覚の細やかさが重視されるような仕事はロボットには難しい場合があります」(清酒氏)
(※)リアルハプティクス 慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュートの大西公平特任教授が発明した技術。現実の物体や周辺環境との接触情報を双方向で伝送し、力触覚を再現する。デバイスなどを通じて手触りや体に受ける衝撃などの感覚を、仮想現実空間や遠隔で体験できる。
様々な業務のシームレスな連結はBIMに期待
生産性向上には工事現場の作業だけでなく、施工管理業務の効率化も必須だ。
施工管理業務の負荷を高める要因の1つに、扱う書類の多さが挙げられる。DX本部の堀内英行氏は「10年前に比べると、審査の厳格化などに伴い、必要な書類の量が格段に増えています。その結果、現場での安全管理や品質管理といったコア業務に比べ、デスクワークの割合が大きくなっています」と話す。
こうした業務を効率化すべく、同社では早くから様々なICTツールを導入してきた。例えば、以前は「現場で紙にメモした内容を事務所に戻ってからPCに入力する」といった二度手間が生じていたが、現在はタブレット端末の導入によってそのような作業の重複を解消している。ただし、こうしたツールの導入による効率化は現在ではやり尽くした感があると堀内氏は言う。
「最近ではツールの数が増えすぎて、使いこなすのが逆に負担になってしまっています。これまでのような部分最適ではなく、全体最適となるような改革が必要でしょう。散在するツールの統合化を考える時期にきているのだと思います」(堀内氏)
そのような統合化の核としての役割を期待されるのが、BIMと呼ばれるシステムである。BIM(Building Information Modeling)は、建築物の3D形状や属性情報をデジタル空間内にモデリングする仕組みで、設計図や施工図をはじめ部材や性能情報などのデータも集約されており、図面の変更や工事の進捗状況もリアルタイムに反映させることができる。
BIMを活用したシステムを利用すれば、現場を回らずともモニターの前で施工状況を把握できるようになるほか、建機を自動で動かす際にもBIMの3Dモデルの位置情報を用いることができる。同社では既にほとんどのプロジェクトでBIMを導入しており、BIMを中心とした業務プロセスの構築を検討しているところだという。
「数年後にはBIMなどの建設情報を中心とした施工管理手法がベースになると予想して環境を整えています。例えば以前私が経験したタワーマンションの現場では、毎日3~4時間かけて一部屋一部屋点検し、工程の進捗をメモして回っていました。サイズの確認ではスケールを当てて測らなければいけない。今後、構造物のデジタルツインが十分に精緻になって、BIMを中心に情報が集約されるようになれば、人が数時間かけて現場を回らなくてもBIM上だけで確認作業の大半ができるようになるかもしれない。採寸だってデジタルツイン上で一瞬でできます。BIMが効率化において果たす役割は大きいと言えるでしょう」(塩坂氏)