配膳~下膳はほぼロボットに代替可能。調理は業態ごとに協働の形を模索(川崎重工業)
【Vol.3】川崎重工業 精密機械・ロボットカンパニー ロボットディビジョン 営業総括部 グローバル戦略部 部長 天澤 誠二(あまざわ せいじ)氏/ ロボットディビジョン 営業総括部 グローバル戦略部 営業企画課 山下 まいか(やました まいか)氏
「人手不足」はほとんどの労働分野に共通する課題だが、中でも深刻なのがレストランなどの飲食業。飲食店の8割近くがアルバイトやパートの確保に苦戦していると伝えられるなか、大手レストランチェーンでは配膳など一部の作業をロボットに任せる動きが進んでいる。飲食店のロボットにはどのような機能が求められ、どこまでの進化が期待されるのか。サービス業界向けのロボット開発および社会実装に取り組むグローバル戦略部の天澤誠二氏と山下まいか氏に、実証実験中のロボットの機能や実用化に向けた課題などを聞いた。
調理や配膳を代替するロボットの実用化に向け、実証実験店舗をオープン
1969年に国内初の産業用ロボットの生産を開始して半世紀以上。産業用ロボット分野のリーディングカンパニーとして知られる川崎重工業だが、近年は「『産業用』から『総合』ロボットメーカーへ」を合言葉に、多岐にわたるロボット開発に取り組んでいる。戦略転換の背景には、日本のほとんどの労働分野が人手不足に陥りつつあることである。「労働力不足を補うための1つの解がロボットということ。少子化により国内労働人口が減少の一途をたどるなか、ありとあらゆる分野にロボットの社会実装を進めていきたい」と天澤氏は語る。
同社によるロボットの社会実装では、これまで生産ラインの作業者をそのままロボットに置換できる人共存型双腕スカラロボット、国産初の手術支援ロボットなどが実用化され、注目を集めた。さらに、様々なサービス業界向けに実証実験を進めているのが、自律走行型の人型双腕ロボット「Nyokkey (ニョッキー)」である。現場の環境に応じて、最適なハンドリングを行うソフトを組み込んで活用するプラットフォームロボットで、例えば大学病院での実証実験では、検体や医薬品といった院内物資の搬送に用いられている。実用化すれば医療現場の人的負担の軽減に貢献する。
同社は2022年4月、東京・羽田空港に隣接する大規模総合施設「羽田イノベーションシティ」内に、主に協働ロボットの実証実験を行う施設「Future Lab HANEDA」を開設した。その中にあるレストラン「AI_SCAPE(アイ・スケープ)」では、調理、配膳、ドリンクサービスをすべてロボットが行い、一般客も利用できるロボットカフェ。飲食サービス業へのロボット実装に向けて、Nyokkeyをはじめとするロボットの動作を確認、検証するとともに、ロボットと人が共に社会課題を解決する新しいレストランの実証実験を行う。
産業用ロボットが調理可能なメニューを提供。双腕ロボットが配膳を担当
「AI_SCAPE」で働く同社のオリジナルロボットは3機種。材料の温め、盛り付けなどを行う調理ロボット「RS007L」、配膳を行う双腕ロボット「Nyokkey」、ドリンクを専門に提供する双腕スカラロボット(水平多関節ロボット)「duAro2」である。3機種のうち調理を担当するロボットは従来の産業用ロボットを活用している。「料理人をロボットに置き換えるのではなく、今の産業用ロボットができることを、という発想から食材を工夫し、結果的にオリジナルのレトルトや冷凍食品を提供する形にしました。レトルトを湯煎し、パウチを切ってゆすりながら中身を残らず容器に正確に注ぐ作業は、調理ロボットとしての新たな動きですが、産業用ロボットにはとりたてて難しいことではありません」と天澤氏。
献立はあらかじめ調理済みのカレー、パスタ、スープの3種類のセットメニュー。調理ロボットは客のスマートフォンからオーダー情報を受け取ると、注文商品をピッキングし、湯煎や電子レンジで温め、料理、ごはん、サラダ、スプーンを1つのトレーに収める。ドリンクは別作業でスカラロボットが準備した飲み物を客が受け取る。料理の配膳はNyokkeyが行うが、厨房に入ってトレーを受け取り、Nyokkeyに渡す中継役として他社製の自走式コンベアロボットを使用している。飲食業界では「配膳ロボ」と呼ばれ、大手レストランチェーンなどで導入されているタイプだが、「AI_SCAPE」はNyokkeyの実験店舗なので、客にサーブするまでの時間を短縮化する役割にとどめている。
飲食サービスにおけるNyokkeyの革新性は、双腕を備えていることである。一般的に「配膳ロボ」は客のテーブル前までは行くが、トレーは客が手を伸ばして受け取るスタイルが多い。一方、Nyokkeyはどのテーブルに配膳するか、足元をセンサーで見て、正しい位置を認識し、アームを伸ばして正しい位置にトレーを置く。「トレーをテーブルに載せる動作自体はそれほど難しくありませんが、一番ハードルが高いのは正しい位置を認識することです。そこに最新技術が使われています」(天澤氏)
現状、ロボットたちの仕事は配膳まで。支払いは客のスマホに読み込ませた専用サイトから注文と同時にキャッシュレス決済で行うので、人の手による作業は下膳とテーブル拭き、商品の補充、ごみ捨てなどである。技術的には既にこうした作業もロボットで代替可能であり、技術面に限れば今すぐにでもほぼ完全無人の店舗が実現できるという。
人手不足の最たる困り事は客が帰った後の下膳。双腕ロボットに下膳を期待
「AI_SCAPE」のロボット従業員に対する客の評判は概ね好意的。「動きが遅い」という指摘もあるが、動作速度は技術の進歩により向上する。しかし飲食店に実装するには、技術面以外の課題が多い。「動作速度にしても早ければいいというものではなく、人が食事をする横でロボットが走り回る、子どもとぶつかる危険がある、などの点がどこまで許容されるかが問題です。技術的な課題以上に、事業者側の課題を考えていかねばなりません」と天澤氏。とりわけコストの問題は大きい。例えばNyokkey1台を導入した場合の1年間の償却費より、アルバイト1人への年間の給与支払額のほうが安ければ雇用側にメリットはない。
同社が直近のシナリオとして想定しているのは、配膳ロボの代わりにNyokkeyの普及を図ることである。「単に配膳だけを考えると、今はまだお客さまがセルフでトレーを取るほうが効率的です。ただ飲食店の現場の声を聞くと、人手不足による最大の困り事は、客が帰った後の下膳に手が回らないこと。テーブルが片付かないから次の客を案内できず、稼働率が落ちて売上にも響いてしまう。下膳のニーズに応えることをきっかけに、将来、双腕ロボットが普及していくことを目指しています」(天澤氏)。「AI_SCAPE」では次のステップとして、Nyokkeyに下膳まで担当させる。さらにその次の段階ではテーブル拭きや、トレーに載った紙食器をごみ箱に捨てる作業を試みる予定である。技術的にはこれらの工程は十分に実現可能だ。
求められるのは人とロボットの協働をデザインするスキル
調理に関しては、調理済み食品を温めて皿に載せる行為が、現段階の同社のロボットにできる限界だという。「調理そのもの、例えば包丁で野菜をみじん切りにするだけでもロボットにはかなりハードルが高いのです。みじん切りの完成までには複数の工程が必要ですが、ロボットは基本的に多能工ではなく単能工です。コストを度外視して、1つの作業ごとにセンサーをつければ技術面ではおそらく可能でしょうが、経済合理性から見て現実的ではありません」と天澤氏。したがって“ロボット料理人”が活躍するのは、近い将来では「AI_SCAPE」のような軽食スタンド形態か、もしくは調理師の補助作業を担当する形が考えられる。
フロアでの作業も、基本的には人の補助になる。「配膳・下膳などの単純作業はロボットに任せ、従業員は接客やトラブル対応、集客の工夫といった『人にしかできない作業』に集中できるようになります。それは飲食だけでなくほかのサービス分野も同じ。人の仕事を奪うのではなく、人とロボットが共存する社会を目指しています」と語るのはマーケティングを担当する山下氏。将来的にロボットと共存するにはどんなスキルが必要となるのか。山下氏は「ロボットを導入する人と一緒に働く人では、求められるスキルが異なります」と語る。
「一緒に働く人は、ロボットが何をできるかさえ把握していればいい。そういう意味では人と協働するのとさほど変わりません。一方、導入を考える人は、ロボットがどんな動きをするのか、現場の人との絡みも踏まえて正しく理解したうえで、ロボットにできる『限界』を認識し、人とロボットをどう組み合わせていくかデザインする力が求められます」と山下氏。「逆に言うと、それさえできれば大丈夫。開発する私たちとしても社会実装に向け、専門知識が要らない『誰もが扱えるロボット』を目指していきます」(山下氏)