
実習で「可能性」を見極め 個人のペースに応じて育成
慢性的な人材不足に喘ぐ医療・介護業界にとって障害者雇用は1つの解決策だが、難しいのは採用以上に定着である。障害者本人にとっても雇用先にとっても利益になる定着、すなわち障害者の持続的な戦力化にあたり、どのような視点や支援体制が必要なのか。10年ほど前から障害者の長期雇用を期して採用・育成活動に取り組む医療法人医徳会の髙橋氏に取り組みの内容を聞いた。同法人では、業務のルールの明確化や個人の能力とペースに合わせた仕事のレベルアップを通じて、職場全体の負担軽減や個性を楽しむ風土醸成といった効果が生まれていた。
基礎情報 合計19人(2025年1月時点)
精神障害 | 3人 |
肢体不自由 | 6人 |
聴覚・言語障害 | 2人 |
内部障害 | 3人 |
知的障害 | 5人 |
ほかの法人への就職が難しい人にも活路を。必要な資質は実習で確認
医徳会は真壁病院を中核に、介護老人保健施設をはじめとする介護事業を展開する、地域に根ざした医療法人である。施設の大半は石巻地区に立地し、自治体の誘致により南三陸町にも介護老人保健施設がある。いずれも東日本大震災で甚大な被害を受けた地域である。震災の影響による人口流出で、宮城県の労働力不足は深刻化したが、障害者雇用の取り組みも停滞し、2014年・2015年には、都道府県別の民間企業の実雇用率において2年連続全国ワーストワンを記録した。「特に石巻や南三陸の障害者雇用率は決して高いとは言えず、行政からも働きかけがありました」と髙橋氏は振り返る。同法人は法定雇用率を満たしていたが、「地域の皆さまによりよい医療・介護を提供するのが私たちの理念ですが、障害者の活躍の場を増やすことでも地域貢献ができるのではないかと。理事長から『積極的な障害者雇用を推進していくことが使命』と職員全員に周知され、本格的な取り組みが始まりました」(髙橋氏)
髙橋 憲広氏
採用活動にあたって念頭に置いたのは、雇用するだけではなく長く働いてもらうことである。「以前は求人広告や、ハローワークが主催する市や県の障害者面接会を通じて、多くの障害者を採用できていたものの、早期に離職する方も多く、なかなか定着に結びつかないのが現実でした」と髙橋氏。現在も一般公募を行い、面接会にも参加しているが、それ以上に「相談や連携体制を取りやすい」点から、特別支援学校や支援機関、ハローワークの紹介を通した採用に力を入れている。
特に力を入れているのは特別支援学校からの採用である。特別支援学校の高等部では卒業後の就職を想定し、仕事体験(作業学習)、職場実習などの実習を段階的に実施している。特に2年次・3年次の職場実習は入社前研修の意味合いが強いが、「ほかの法人で『うちの職場で働くのは難しい』と判断された方も受け入れています」と髙橋氏。
「具体的には特別支援学校から受け入れについて相談があり、不採用になった理由を精査して当法人の視点から採用可能性を判断しています。たとえば、介護施設への就職を希望していた生徒が、施設実習で利用者の髪を乾かしていたとき、手にしたドライヤーが利用者に近すぎて、危うく火傷しそうになった、というケースがありました。このときは当法人の介護事業所の現場にも諮り、『ドライヤーを任せなければ問題ない』と意見が一致しました。また、実習中に利用者が観ていたテレビに自分も夢中になり、作業が疎かになったという理由には『テレビを消すか、テレビが点いている時間に別の作業をしてもらえばいい』と判断した。何ができないかより、どうすれば働けるかを考え、採用が難しい人たちの門戸を広げています」(髙橋氏)
そのうえで、新卒にあたる特別支援学校の生徒には、概ね3週間程度、実務実習を行っている。実習は基本的に2回行い、1回目はタオル補充から院内清掃まで事業所の業務をほぼすべてローテーションで体験する。2回目は最初の実習により、ある程度本人の適性があると見なした部署に配属する。通常は採用後そのまま本配属となるため、「2回目はジョブ支援ができる職員がいるとか、障害者に対して理解のある職員が多いとか、受け入れ側の状況も見定めて実習部署を決めています。特に業務の指示出しがしっかりできるかを重視しています」と髙橋氏は語る。できれば実習を経て全員採用が望ましいが、時にはどうしても不採用にせざるを得ないこともある。「この段階でお断りするのは、むしろその人の将来を考えると苦渋ながら必要な決断だと思います。その点は支援学校の先生方にもご理解をいただきながら進めています」(髙橋氏)
「人によって実習期間は異なりますが、経験者採用の転職でも最低3日程度は行うようにしています。面接だけではわからないことが多いため、必ず勤務態度を見てから判断しています」と髙橋氏。勤務態度で一番重視しているのは休まずに出勤できることである。「ほかには挨拶ができ、業務に関しては報連相のなかで『掃除が終わりました』といった報告ができれば充分です。精勤・挨拶・報告の3つを前提に、大まかな適性を見て配置しています」(髙橋氏)同法人はアクセス至便だが、車社会の宮城では人材要件に運転免許が加わる事業所も多い。
誰でもできるよう業務のルール化を推進。ジョブコーチに啓発され職場全体でフォロー
障害者が担当する業務はさまざまあるが、基本は清掃や介護補助など1つの作業に従事するシングルタスクである。「たとえば昨年、特別支援学校を卒業して入社した新入職員は施設の風呂掃除を担当しています。絶対に休まないため、専任のようになって周囲からも頼られています」と髙橋氏。業務は配属先の職員が教えるが、その過程で注意すべき点などが明らかになり、徹底的なルール化を図るようになった。「風呂掃除係の職員の場合は、洗剤を使いすぎる傾向があり、『適切な量で』といってもわからないため、1箇所につきボトルを5回プッシュするよう指示する。また、洗濯物を畳む係の人には、一目で畳み方がわかるように図解する。ベッド周りの環境整備を担当する人には、『タオルを10枚ストックする』というルールのもと、今何枚あるからこれだけ足す、といった対応表を作っています。また病院のゴミは医療廃棄物の仕分けなどいろいろと複雑ですが、それぞれのゴミ箱に捨てるモノの写真やイラストを貼り付けるなど、各現場で工夫しています」と髙橋氏。今後はそうした指示方法や図表をまとめたわかりやすい資料を作ることも考えている。文字の多いマニュアルを読みこなすのは難しくてもこれなら理解しやすく、教え方も統一できる。ほかの新入職員にとっても仕事を覚えやすく、外国籍の職員の教育にも活用できそうである。
今後はキャリアアップの面からうまくマルチタスク化を進めることが課題だが、「これも障害の種別や重度、個人の能力などによりさまざまです。たとえば、風呂掃除の職員には、『できればシーツ交換もやってほしい』という現場の要望があるため、ひとまず『シーツ交換ができる』をキャリアのゴール地点として、その気になってもらえるよう折を見て声をかけています」と髙橋氏。氏によると精神障害の人には「仕事を頑張りすぎる」という過集中の傾向があり、むやみに業務を増やしたり勤務時間を延ばしたりすると、負担感からか長期にわたり出社しなくなるという、苦い失敗例も経験している。逆に知的障害の人は集中力が継続しない傾向が見られるため、簡単な業務を複数用意して、1時間ごとに別の仕事をしてもらうなど工夫している。「決して焦らず、ゆっくりと段階的に業務の幅を広げることを強く意識しています。そのためには受け入れる職員の側も、障害の知識や対応についてレベルアップを図らなければなりません」と髙橋氏は述べる。
そこで同法人では積極的に支援者の養成研修に参加し、現在では髙橋氏を含め、いわゆるジョブコーチと呼ばれる企業在籍型職場適応援助者を2名有している。企業在籍型ジョブコーチは、同じ企業に雇用されている障害者が職場に適応できるようさまざまに支援する立場で、「2名体制で取り組むことにより、アプローチの手法やお互いの情報などを相談、共有できることがメリットです」と髙橋氏。また、看護師や事務員など10名が障害者職業生活相談員の資格を取得している。障害者はこれら生活相談員のいる部署に優先的に配属するものの、「決して有資格者頼みではなく、ジョブコーチや相談員がサポートするのを見るなかでほかの職員も影響・啓発され、今では職場全体でフォローしようという意識が高まっています」と髙橋氏は述べる。先述のルール化の例もそうだが、必要に応じて障害者に業務日誌を書いてもらったり、遅刻した場合にはまず理由を聞いたりするなど、職員たちが自発的に働きかけて問題点を洗い出し、全員で共有するとともに改善につなげている。またその過程で、家庭での生活環境や本人に対する家族の関わり方など、バックグラウンドの理解がきわめて大切ということもわかってきた。こうした要素も踏まえてフォロー体制を充実させていった結果、長く働く人が着実に増えており、法定雇用率は4.72%に達した。
障害者に任せた分だけ職員の挑戦意欲も向上。個性を「楽しむ」風土が生まれる
「障害者の雇用と定着に本格的に取り組んだ背景には、現職員の負担を少しでも減らせればという期待もありました」と髙橋氏。事実、業務の切り出しと障害者の戦力化により、職員1人当たりの業務はそれまでを「1」とすると、実感値として「0.6」くらいに軽減されたという。「それで楽になってよかった、で終わるのではなく、『0.4』減った分だけ、何か別のこと、新しいことをしようという機運が少しずつ醸成されています。そうした面でも、障害者はますます職場になくてはならない存在になっています」(髙橋氏)
さらに髙橋氏が強く感じたのが、障害者と一緒に働くことにより、「普通に仕事ができる職員たち」に生じた変化である。「ミスが多かったり仕事が遅かったりする職員に対して、すいぶん寛容になったというか、『この人の性格や個性なんだな』と受けとめて柔らかく接するようになりました。障害のある方と身近に接して、障害も個性の1つと自然に思えるようになったからかもしれません」(髙橋氏)。仕事中に障害者が歌を歌っていたり踊っていたりする報告も、一応問題点として上がってくるが、「『注意しなきゃね』と口では言いつつ、なんとなく微笑ましく感じている節もありますし、『余裕が出てきたんだね』と、次のステップに上がる根拠として好意的に捉える方もいる。総じて障害者との関わりを楽しんでいる職員が多くなり、それにつれ職場の雰囲気もますます明るくなりました」と髙橋氏。
こうした職員の変化には、経営トップの理事長の積極的な関与も大きい。「本格採用にあたり、理事長自ら障害者雇用についての考えをしっかりと職員に伝え、その後も全体会などを通して定期的に言及しています。入社式でも障害者雇用の話をされるので、障害者手帳は持たないまでも何らかの障害のある新入職員が、『実は私も』と打ち明けてくれることもあり、オープンな環境になってきたと感じています」と髙橋氏。理事長は雇用する障害者の顔を見ると気さくに声をかけるほか、医師として健康診断などでも進んで彼らを担当する。「私が今も忘れられないのは、理事長が聴覚障害者に手話で話しかける光景です」と髙橋氏。トップの本気度が全体に伝播し、よい流れを生んでいる。
TEXT=稲田真木子