
障害者の戦力化により 介護現場のパフォーマンスが向上する
介護業界は人材が集まらず、離職率も高いとされる。その理由の1つに仕事の負荷の大きさがある。現場では介護職などの有資格者も施設運営の日常業務に追われることが珍しくないが、その点を突破口に障害者雇用に取り組んでいるのが東京海上日動ベターライフサービスである。障害者の戦力化がほかのスタッフのパフォーマンス向上につながる仕組みはどのように構築されたのか。業務の切り出し方や障害者の定着支援などについて企画部人事グループの庄司氏に話を聞いた。
基礎情報 合計17人
精神障害-発達障害 | 11人 |
身体障害 | 6人 |
法定雇用率達成をミッションに、障害者活用に向けて職員の業務を切り出す
東京海上日動ベターライフサービスは、東京海上グループの総合介護事業会社として2016年に設立された。合併前から数えると30年ほどの実績があり、訪問介護サービスを皮切りに、現在では介護付有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の運営、法人向けソリューションサービスの提供など、多岐にわたる介護事業を展開している。
同社が障害者雇用に全社を挙げて取り組み始めたのは2023年からである。「法定雇用率が上昇する見通しもあり、当社としてもあらためて介護業界での障害者の方の活躍の場について考えるようになりました」と、庄司氏はその背景を語る。無論、障害者雇用の必要性はかねて感じていた。周知のとおり介護業界は慢性的な人手不足が続くうえ、介護を受ける人は年々増える一方で、今年から2025年問題(※)といわれ要介護者の急速な増加も予測されている。介護人材不足は深刻化するばかりだが、「介護の担い手である介護職は、介護職員初任者研修や介護福祉士など、何らかの資格を取得した専門職で、資格がなければ基本的に介護業務はできません。ただ、介護以外の業務は、無資格の方に任せても差し支えありません。この点に着目して障害者雇用に取り組むなか、事業所によっては大きな成果を上げるようになりました。そこに活路を見いだしています」(庄司氏)
庄司 京美氏
介護資格がなければできない仕事は、入浴介助や衣類の着脱、体位交換といった要介護者の身体に直接触る身体介護である。施設内では無資格者もできるが、有資格者の監督下で行うことが義務づけられており、一対一の訪問介護は有資格者のみである。介護記録やケアプランの作成も基本的に有資格者が行う。また介護職の新人の育成も有資格者にしかできない役割だろう。
一方、無資格でもできるのは、施設における調理や洗濯、清掃などの援助や施設利用者の送迎など数多い。専門職でもこれらに職員として少なからず携わるケースがあり、「当社でも、消毒薬を注文して在庫を管理する、ユニフォームを発注するなど、日々、運営を支える業務に介護職の時間が使われてしまうことが課題意識としてありました」と庄司氏。介護職が本来の業務に専念できるようになれば、実質、介護の担い手が増え、介護職にとっても「人を支えるやりがい」が高まって、専門職としてさらなるパフォーマンスの向上が期待できる。ひいては定着率の上昇や応募者増も見込めるだろう。
そこで同社は、介護職をはじめ各事業所のスタッフに「他者に任せたい業務」を切り出してもらった。「日々、『この仕事を誰かがやってくれたらすごく楽になるのに』という意識を持っているので、業務の切り出しはかなり早かったです」と庄司氏。その中からリスト化し、採用面接で「できそうな仕事」を選んでもらい、まずはできるところから徐々に幅を広げていく形にしている。新たに雇用した障害者が現在行っているのは、介護施設の食堂対応の補助、館内共用部の清掃、備品管理事務の補助業務である。「定型業務の多い事務スタッフは補助者を求めている場合が多く、障害の程度によって業務内容を変更することもできますので、当社としても取り組みやすい」と庄司氏。また、調理補助やクリーニング業務はマニュアル化されているため習得しやすく、2023年以前に採用した障害者が問題なく働いている実績もある。
継続・定着を支援するメンター制を実施。メンターのフォローも重視
採用選考における人材要件は今のところ「第一に切り出した業務ができる方」とシンプルである。「これを前提に、障害の有無にかかわらず誠実であるかどうか、といった人柄を重視していますが、障害がある方の場合は、障害受容がしっかりできているかという点も見ています」と庄司氏。また、「合理的配慮の提供」に関し、応募者がどのような配慮を求めているかもマッチングの重要なポイントになるという。事務職での募集、介護現場職の募集など、ある程度配属先が想定されるケースでは、面接官に本社の管理職や現場の所長、支配人などにも入ってもらい、入職後にミスマッチが生じないよう丁寧に対応している。特に事務職は、本社のコーポレート部門から施設の事務部門までと配属先が多様なため、職場環境も含めて細かく確認している。
特筆したいのは、入職後、定着を図るにあたり障害者1人に対して専任のメンターが付く点である。メンターは配属先と相談のうえで適任者を選ぶため、「所長や支配人の受け入れ姿勢、またメンターに選ばれた人自身の障害者に対する理解の深さなど、事業所によってまだ温度差があるのが正直なところです」と庄司氏。現在は、業務の切り出しが明確にできており、かつメンターが存在する部署に絞って募集をかけているため、その数はまだ少ないながら、先述のとおり、受け入れと定着がかなりうまく機能している事業所も出てきた。「これを好事例としてほかの事業所や施設に横展開することで、着実に採用数を増やしていくことが目標です」(庄司氏)
ともあれ、障害者の定着や担当する業務の拡充、職場の人間関係の構築にメンターが大きく貢献しているのは間違いない。「仕事を教える期間は負担になるかもしれませんが、その間に信頼が育まれ、相談しやすい関係性が築かれます」と庄司氏。今後はインセンティブの付与などメンターの待遇も考える必要があるが、メンターの精神的な負荷については、現在、人事の庄司氏が「メンターのメンター」として折りに触れ声をかけ、相談に乗っている。メンターのフォローをしっかり行っているという点も注目すべきポイントである。
また、雇用した障害者のうち、就労移行支援事業所などの支援機関がある人には、支援機関による定期的な面談の場に庄司氏も同席して定着支援について知見を共有している。さらに庄司氏は、支援機関のない人のために、東京都の「職場内障害者サポーター」の養成講座も受講している。「この制度では、認定後もサポーター支援員が定期的に訪問されて、場合によっては応募者の方との面接にも入っていただけます。東京都にはほかにもジョブコーチなど、さまざまな障害者雇用の支援制度がありますので、今後はそれらの活用も視野に入れています」と庄司氏。こうした情報は障害者雇用に実績のあるグループ会社から共有されることも多く、同社の強みと言えるが、都道府県ごとに何らかの支援制度を設けているので積極的な活用が有効である。
スムーズな戦力化により職場に不可欠の存在に。ほかのスタッフとの距離感も近づく
業務を切り出して障害者に任せる。この方法のよい点は、もともと介護職、事務職が行っていた業務のため、指示の出し方が具体的かつ明瞭でわかりやすいことである。「うまく機能している事業所では、皆さん予想以上に習熟スピードが速く、マスターすると次の仕事を、といった具合に業務の幅が順調に広がっています。すっかり戦力になっていて、『いてくれないと困る』『お休みの日は大変』という声もよく聞きます」と庄司氏。障害者が「戦力」として認められるにつれ、職場にも少しずつ、しかし着実になじんでいった。「やはり最初はコミュニケーションが難しく、メンターや支配人以外とは話さないという方も見られました。でも仕事を通してほかのスタッフが気軽に声をかけるうちに本人も挨拶を返すなど、本当に少しずつ距離が縮まっていきました。一緒に働くうちに障害のある人に対する誤解が解けたり、理解が深まったりすることは、ほかのスタッフの学びや成長にも寄与しています」と庄司氏は語る。
現在は時給制の非常勤で働いているが、いずれは正職員の登用も視野に入れている。「介護業界はもともとパートで入職された方が正職員になるケースも珍しくないため、登用制度自体は既にきちんと構築されています。また、介護業界で働く人は『ずっと現場で活躍したい』『管理職をめざしたい』と将来ビジョンもさまざまなので、複線型のキャリアパスも整備されています。今後はそうした制度を障害のある人にも適用できるのか、それとも新しい制度を作る必要があるのか、個々のケースを踏まえながら慎重に検討していきます」と庄司氏。もちろん当面の目標は、「好事例の横展開」により、職場の理解を深め、障害者雇用の機運を高めるとともに採用数を増やすことである。
同社の取り組みは、介護職の業務を整理し、資格がなくても担える業務を障害者に任せることで、専門職が本来の業務に集中できる環境を整えた点に価値がある。これによって、介護の質向上、スタッフの負担軽減、定着率向上という好循環が生まれ、単なる雇用創出にとどまらず、現場の課題解決にも寄与している。ほかの医療介護現場にとっても大いに参考になるだろう。
(※)団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、介護需要が急増することで介護分野に大きな影響を与える社会問題
TEXT=稲田真木子