労働力不足に立ち向かうための、「スキルベース採用」導入に必要な4つのこと──石川ルチア
日本企業は、労働力不足に対してさまざまな角度から対策をとっている。たとえば、デジタル化による業務効率改善、これまで職場で主力とされてこなかった女性や高齢者の活用、そのような多様な人材が活躍するための長時間労働の是正など働きやすい職場環境の整備、などである。最近では副業人材の活用も検討されている。これらの対策に加えて、筆者は海外で提唱されている「スキルベース採用」の導入が有益だと考える。
母集団を拡大するスキルベース採用
スキルベース採用とは、学歴や職務経歴でなく、純粋に候補者のスキルを基に選考する方法である。従来の選考方法は、学歴や資格、同職種での実務経験などを募集要件としてふるい落とす(スクリーンアウト)が、スキルベース採用は活躍の可能性がある候補者を残し(スクリーンイン)、初期段階で専門スキルやソフトスキル、資質、性格などを総合した「スキル」を評価する(図表)。これまで採用対象でなかった人材の中にいる、業務遂行能力の高い人材を見逃さないことを意図した採用手法である。
図表 一般的な採用とスキルベース採用の選考プロセスの比較
日本で行われている「ポテンシャル採用」に類似しているが、スキルベース採用は下記の3点が異なる。
スキルベース採用は若手に限定した採用手法ではなく、中途採用にも適している 。たとえば、育児や介護、疾病などの理由で一時期仕事を離れていた人、非正規で働いていた人、新たな領域へキャリアチェンジする人は従来の募集要件を満たさない場合があるが、企業が候補者の総合的なスキルを基に選考することで、そのような人材も含めて母集団を拡大できる。
では、スキルベース採用の導入はどのように進めればよいのか。2022年、リクルートワークス研究所では、特に人材不足が深刻なデジタル人材でスキルベース採用を実施している海外企業の選考プロセスとその効果について調査を行った(「海外のスキルベース採用~潜在デジタル人材を発掘し、即戦力人材に~」)。スキルベース採用の導入を検討する日本企業には、調査を基に明らかになった、下記4つのポイントから始めることを提案したい。
スキルベース採用導入の4つのポイント
① 職務要件と人材要件を定義する
企業は、候補者の総合的なスキルで選考するために、あらかじめ職務および人材要件を明確にしておく必要がある。一般的に理想的な人材ではなく、組織のカルチャーや仕事の進め方に合った人材の特徴を明らかにし、具体的な要件を作成することが重要である。次の項目を洗い出すとよい。
・ 知識
・ 専門スキル
・ 利用できるツール
・ ソフトスキル
・ 行動特性
また、入社時に習得しているべきスキル(最低限必要なスキル)と、入社後に短期間の研修で習得できるスキル(あると望ましいスキル)を分けておくことも重要である。
厚生労働省が運営する職業情報提供サイト(日本版O-NET、愛称job tag)では、業種や職種カテゴリー別に、仕事の内容や性質、必要なスキルや知識を確認することができる。企業はここで募集職務に近い職業を検索し、要件定義の作成に活かせるだろう。
海外企業事例:Indeed、Trinity Health Michigan
② 候補者のスキルを評価する方法を決める
選考プロセスの初期に見極めるのは、最低限必要なスキルである。候補者のスキルを評価する方法は、構造化面接や企業が独自に開発した試験などがある。職務適性や組織適性に対しては、多くの日本企業はGABやSPI、ストレングスファインダーなどのアセスメントを活用している。
一方、専門スキルは社内にそのスキルを評価できる人がいない場合もあり、難しいとされていたが、TestGorillaやHackerRank、LinkedInなど日本語に対応しているアセスメント事業者が多数あり、さまざまな職種に対応している。
スキルベース採用を行っている海外企業がアセスメント製品を選定する際、次の3つの要素を基準としていた。
1. 所要時間が30分程度と短い
2. 採用担当者がわかりやすいように結果がまとめられる
3. 実務を反映した問題が設計されている
また、求職活動やアセスメント受検の経験が少ない候補者が不利にならないような問題設計および企業側のサポート体制も重要との主張があった。
選考プロセスの初期にスキルアセスメントを実施すると、受検者数が多くなるため、企業側の費用負担は大きくなる。だが、採用担当者が書類選考をするよりも、短時間かつ低コストで客観的に選考できるなど費用対効果が高い可能性がある。
海外企業事例:Big Viking Games
③ 採用後のスキル習得の体制を整える
業務遂行能力が高い新入社員であっても、企業によって利用するツールや事業課題との向き合い方などが異なるため、オンボーディングやスキル習得のサポートは重要である。実務と似た環境で 、1~3カ月後に新入社員が独り立ちできるような体系的な研修プログラムを用意できるとよい。プログラムの構築が難しい場合は、個人が入社後に欠けているスキルを習得するために、メンターを付けるかプロジェクトでの実践を通じて学べる体制を敷くことが重要である。
海外企業事例:Thoughtworks(体系的な研修事例)、Quadient(個別のサポート事例)
④ ステークホルダーたちの賛同を得る
スキルベース採用への移行は、採用選考に関わる人たちの間で人材のスペックを下げる印象を持たれ、抵抗を生む場合がある。経営者や人事責任者が主導して、総合的なスキルが高い候補者を特定するためのプロセス変更であると理解を促すことが望ましい。ただ、全社レベルでの導入のハードルが高ければ、しばらくは従来の書類選考とスキルアセスメントを並行する、特定の部署のみで小さく試行するなどして、効果を図るとよいだろう。
海外企業事例:Glassdoor
ポテンシャル重視の日本企業だからこそ、スキルベース採用を
スキルベース採用は、職務を限定しない日本型雇用にこそ適している。北米企業でも、従業員はジョブディスクリプションに忠実に業務を遂行するわけではなく、部門を超えたプロジェクトへの参加やアドホックな業務を行うことが多々ある。そのため、多くの北米企業は職務を固定した人材管理に限界を感じており、これまで重視してこなかったソフトスキルやポテンシャルも評価するようになった。したがって、若手人材のポテンシャルを基に採用し、職種転換をともなう異動を行う日本型雇用には、スキルベース採用の土壌がすでにあるといえる。
労働力人口の減少が続く市場において、日本企業は人材を確保するためにこれまでとは違うアプローチをとる必要に迫られている。また、環境の変化に対応して新たなビジネスモデルを創出するためには多様な人材の視点が必要であるが、海外ではスキルベース採用には多様性を高める効果が確認されている。スキルベース採用は、現在日本企業が抱える課題への対策になり得る。人材要件を「スキル」を中心とした内容に作り変えて、試してみる価値はあるだろう。