AI時代に、リーダーはメンバーの創造性をどう引き出すべきか──大嶋寧子
「これからは人ならではの創造性が必要だ」というけれど
AIをはじめとするテクノロジーの進化により、人が担う仕事が大きく変わろうとしている。人間には到底及ばぬ速さでタスクが処理されたり、膨大な量のデータやパターンを組み合わせた結論が即時に導き出されたりするようになることで、人には人ならではの能力発揮が求められるようになると言われている。
そうした能力の一つが、多様な経験や知識、思いを統合してありたい姿を展望したり、それに関わる新たな課題や仮説の設定したり、単なる正解ではなく、周囲を巻き込むアイディアや提案を生み出すといった、人ならではの創造性である。東京大学総長の藤井輝夫氏は、2023年4月12日に行われた東京大学入学式の式辞で、人工知能(AI)やロボット技術が進化した時代には、創造性を育む教育が重要であることを指摘した。NY Timesのコラムニストデイビット・ブルックスも、“In the Age of A.I., Major in Being Human”と題した2023年2月のコラムで、AI時代には、人は人が得意とするスキル(エンパシーや創造性など)にフォーカスすべきであると指摘している。
こうした変化を視野に、事業主、管理職、リーダーとして、メンバー一人ひとりに、仕事や職場に対して創造性を発揮してほしいと考える人も増えている。しかし、日本では創造性というと、画期的な発明やイノベーションを思いうかべがちであり、どこから手をつけるべきか頭を悩ますケースも多そうだ。
創造性に対して身構える必要はない
ところで「創造性」とは何だろう。これに関しては長く議論が行われてきたが、その中で有力な枠組みの一つが、創造性にはmini-C、little-C、Pro-C、Big-Cの4つがあるという考え方だ(※1)。mini-Cとは経験や活動、出来事について個人的に意味のある解釈をすること、little-Cとは学校や職場、コミュニティなどの日常生活で個人が問題解決方法やアイディアを生み出すこと、Pro-Cとは専門的な知識やスキルに基づいて科学や芸術、ビジネス領域で新しい発見や問題解決を行うこと、Big-Cとは世界的に認められ、研究などある領域の方向性を転換するような作品や理論、発見を生み出すことを意味する。
なかでもmini-Cやlittle-Cは、個人がその後のより大きな創造性を生み出す基礎となるものであり(※2) 、同時に現代社会で実現される多くの変化の土台にもなるもの、と位置づけられている(※3) 。そしてこれらの創造性は、大多数の人が発揮しうるもの、教育や環境によって育てうるもの(※4)ともされている。つまり創造性は必ずしも特別な才能が必要とは限らず、働く人が職場で、日常的な創造性を発揮することにも大きな意味がある。変化に適応し続けられる職場を作るためにリーダーがまず取り組むべきは、これらの日常的な創造性を一人ひとりが発揮できる職場づくりということができるだろう。
創造性発揮へのプロセスに目詰まりが生じている
問題は、日本の職場では、多くの人が自分の創造性に蓋をしがち、ということだ。リクルートワークス研究所は、職場の創造性に関する研究を行っている。その報告書に基づいて作成した図表1は、職場における創造性の発揮を、自分の仕事や職場をより良くするために①解決すべき問題に気がつく、②自分にできることを考える、③新しいアイディアを思いつく、④アイディアを上司や同僚に相談しながらみがく、⑤仕事や職場をより良くするためのアイディアを上司や会社に正式に提案する、までのプロセスとして捉え、それぞれについてどのくらいの人が日常的に行っているかの割合を見たものだ。
図表1 職場における創造性発揮のプロセスと日常的に行う人の割合
これによると、日常的に①や②、つまり自分の仕事や職場をより良くするために解決すべき問題に気がついたり、自分にできることを考えたりしている人は約半数。残りの約半数は、自分の仕事や職場に問題意識を持っていなかった。さらに③から④に進むにつれて実施する人の割合は低下し、最終的に新しいアイディアを上司や会社に提案している人は 26%まで減った。つまり働く人の創造性はそのスタートラインである問題意識の形成から難しく、その後のプロセスもつまずきやすい状況にある。
働く人の日常的な創造性の鍵=4つのつながり
一方で研究からは、働く人の創造性に関わるプロセスを起動させる上で、心理的安全性や、新しいことに挑戦することが得意などの個人の特性をコントロールしても、4つの職場の関係性が重要であることが見えてきた(図表2)。その詳細は報告書(「『創造性を引き出しあう職場』の探究)に示しているが、とりわけ大きな影響を持っていたのが、「仕事をする上で、気になることをお互いに話しあう」「仕事や職場の問題について、自分ならどうするか、互いの意見を言いあう」など、仕事を通じて感じた違和感や気づきを共有し、それぞれの立場でどうするかを話しあうような「もやもやの共有」関係だった。
図表2 働く人の日常的な創造性を引き出す4つの職場の関係
実際、働く人のデータを用いて職場の「もやもやの共有」スコアを作成し、その度合い(高・中・低)別に図表1と同じ職場における創造性発揮のプロセスを行う人の割合を見たところ、もやもやの共有度合いが高いと、働く人が問題意識を持ちやすく、その後もプロセスが進みやすいことが見て取れる(図表3)。詳細は割愛するが、新しいことに挑戦することが得意であるなどの個人の特性をコントロールした分析でも、もやもやの共有が創造性の発揮に重要であるという傾向は変わらなかった。
つまり、個人の特性に関わらず、職場のつながりを通じて創造性を発揮できるし、しやすくなるということだ。
図表3 「もやもやの共有」度合い別にみた、職場の日常的な創造性発揮を実施する人の割合
時間をかけて、小さな「もやもや」から共有を
「もやもや」は働く人が気づいた仕事や職場の変化の兆しであり、その中には仕事や職場で起きている根深い問題の一側面や、顧客の不満など、まだ言語化されていないが、仕事や職場がより良くなるためのヒントが含まれている。だからこそ、違和感を率直に共有しあうことができ、さらにその違和感について対話できる関係があることで、働く人が小さな違和感を逃さず、主体的に関わろうと思考を巡らせたり、さらには実際に違和感を解消するための会話へと進めるのだろう。
ではどうしたら、もやもやを共有できる関係を作れるのか。教育学者の荒木寿友氏は、教室において子供たちが「もやもや」や「失敗」を経験した時に、どれだけ大人が丁寧に心理的・感情的サポートをするかが、もやもやした状況を喜んで受け入れることに関わってくると指摘している(※6) 。大人においても、共有されたもやもやに周囲がどう関わるのかが、自分の内側に生まれたもやもやの受け止め方、そのもやもやの共有の仕方を大きく左右するだろう。
そのように考えた時、時間がかかっても、個人のもやもや・違和感に変化の種としての価値があることを明言したり、それについて対話の場や機会を作ったりすること、リーダー自らこんな小さなものでいいのかと思えるような「もやもや」を共有していくこと、丁寧な受け止め方を一緒に考えていくことが一つの方法だろう。
このようなもやもやを共有する方法や企業の実践についても、研究成果をまとめた報告書で紹介しているので、関心がある方はぜひご覧いただきたい。とはいえ、もやもやの種類やその種類別に応じた引き出し方など、まだまだ議論を深めていく余地があるため、これからも対話や探求を続けたいと思っている。
(※1) Kaufman, J. C. and Beghetto, R. A. (2009) “Beyond big and little : The four C model of creativity,” Review of General Psychology, Vol. 13, No. 1, pp. 1-12.
(※2)Runco, M. A. (1996). Personal creativity: Definition and developmental issues. New Directions for Child and Adolescent Development, Vol.72, pp.3-30.
(※3)高橋潔・堀上明「創造性の現状と課題一思考三位一体理論の挑戦」現代経営学研究所, 神戸大学大学院経営学研究科編『季刊ビジネス・インサイト』21 (1), 4-9, 2013
(※4)近藤健次・永井由佳里(2018)「創造性の育成に関する研究 創造的になるための変容プロセス: mini-c に着目して」『日本創造学会論文誌』vol.21, pp.42-63.
(※5)「もやもやの共有」は、創造性発揮に関わる職場の人間関係について尋ねた質問の分析に基づき抽出された4つの関係の一つ。指標は「仕事をする上で気になることをお互いに話しあう」「仕事や職場の問題について自分ならどうするか互いの意見を言いあう」などの項目(1.あてはまらない~5.あてはまる)の平均値より作成し、低中高の3分位に分けた。数値は、「もやもやの共有」の3つのグループごとに、それぞれの項目について「よくある」または「たまにある」と回答した人の割合。
(※6)荒木寿友「世界一わかりやすい道徳の授業づくり講座(1)もやもやワクワクの道徳授業づくり 悩むことが成長の第一歩」教育Zine