Glassdoor ジェイコブ・リトル氏、エミリー・サン氏
ポータブルスキルを評価し、経歴にとらわれない採用へと転換
Glassdoorのスキルベース採用は、さまざまな業種や職種で活用できる「ポータブルスキル」を最も重視している。IT領域の新卒か、経験者なのかといったバックグラウンドは問わない。ピープルエクスペリエンスチームを率いるジェイコブ・リトル氏と採用オペレーションを主導するエミリー・サン氏に、導入を決定してから1年半で社内の意識改革を行い、採用プロセスの変革に成功した経緯を聞いた。
【Glassdoor】2007年設立、本社所在地は米国カリフォルニア州サンフランシスコ。現従業員と元従業員が匿名で企業を評価して、求職者へ情報を提供する企業口コミサイトを運営。求人広告も掲載する。米国を中心に16カ国で事業を展開し、掲載企業数は220万社、月間ユーザー数は6200万名。従業員数800名。
――Glassdoorでは、どのような経緯でスキルベース採用を導入したのでしょうか。
リトル氏: 最近、米国企業の間で「タレントマーケットプレイス」という考え方が広まっています。これは、必要なスキルを持つ従業員を発掘し組織を組成することによって、社内の適材を流動的に活用する方法です。従業員は所属部署で決められた役割を果たす、という従来の組織階層モデルから脱却し、従業員のスキルセットや職務経験、キャリアプランなどの客観的なデータをもとに、最適な配置をします。タレントマーケットプレイスの概念には、採用における意思決定も含まれます。候補者が保有するスキルを客観的に判断して採用を決定することが、スキルベース採用です。
企業はこれまで、出身大学や前職の社名、候補者が持っている人脈などを重視した採用を行ってきました。当社は、約1年半前に公平性の観点から採用プロセスを見直して、スキルを重視した採用への移行を決めました。今、多くの業界で、企業は多様な人材を求めてスキルベース採用へと方針転換しています。
社会情勢を契機に、スキルを基準とする価値観を全社で共有
――方針転換にあたり、社内の意識改革をどのように進めたのでしょうか。
リトル氏: 私がGlassdoorに入社した2020年の米国社会は、新型コロナウイルスの「パンデミック」とジョージ・フロイドさん暴行死事件を発端とする「人種平等問題」という2つの大きな難題に直面しており、パラダイムシフトが起きていました。こうした社会的な背景から、「会社は多様性、公平性と包摂性を前提とした考え方へ変えなければならない」というメッセージを伝えやすくなりました。CEO、CHRO(最高人事責任者)と私から、「新たなパラダイムで、事業を変革して新しいGlassdoorを作り上げるためには、属性に関係なく、その人が何をできるかに焦点を当てなければならない。今後、人材に関する意思決定はスキルを基準とする」との強いメッセージを従業員へ送りました。
サン氏:このメッセージを受けて、当社では 職務階層ごとに、トップダウンとボトムアップの両面から話し合いを行いました。上級管理職、採用マネジャー、面接担当者には、「学歴や経歴で評価するのではなく、公平性の観点から行動面接を中心とした選考方法へと変更する」と説明しました。当初は、採用基準やプロセスの変更に対して社内で多くの抵抗がありましたが、対話を重ねることで、その必要性を理解してもらうことができました。
また、社内には部署を異動して職種転換した従業員が多数おり、その事例も説得材料となりました。彼・彼女らは、書類上は異動先の職種に相応しい経験を積んでいませんが、素晴らしいポータブルスキルがあったことから、異動後も優秀な従業員として活躍しています。
採用担当者とマネジャーには、書類審査の判断基準としてポータブルスキルを確認するようコーチングしています。業務に就いてから習得できるスキルと、先天的な資質との違いについても説明しています。
面接担当者を定期的に研修し、採用の精度を高める
――たとえば、ソフトウエア開発職にはどのようなポータブルスキルが必要で、それらをどう見極めているのでしょうか。
サン氏: 特に必要なポータブルスキルを2つ挙げると、学習能力とフィードバックを受け入れる能力です。ソフトウエア開発者は、明確な指示がないなかで仕事を進めていくことが多くあります。また、コードのどこに問題があるのかがわからず、解決策を見出せないこともあります。そのようなときに、率先してプロダクトマネジャーや同僚に助言を求めて意見を取り入れたり、GitHubやStack Overflowで調べたりできる人材は、ソフトウエア開発者として活躍が期待できます。
当社では、行動面接によってポータブルスキルを評価します。たとえば、曖昧な状況でプロジェクトを成功させた経験について話してもらいます。その内容から、候補者はどのように問題を解決するのか、クリエイティブな発想ができるのかといったスキルを測ります。
ただ、面接は一時点でのスキルを切り取ったものにすぎず、候補者が即戦力かどうかを正確に見極めることは困難です。私は、採用とは個人のキャリアや成長への投資だと考えています。ポータブルスキルが高い人は短期間での戦力化が期待できますが、経験者であれ、異職種からの転職者であれ、一定期間の研修と育成は不可欠です。
――面接の客観性と公平性をどのように担保していますか。
リトル氏: 面接を可能な限り標準化しています。1つの求人に対して複数の候補者がいる場合は、同じ担当者が全員を面接し、質問内容も統一することで、選考プロセスに一貫性を持たせています。どの面接担当者がどのスキルを評価するかは、ATS(採用管理システム)で割り当てています。
サン氏: 面接担当者は定期的に研修を受け、バイアスを避けた客観的な評価方法を学んでいます。その一環で、面接時にスコアカードを使い、自分が尋ねた質問と候補者の回答を記録します。スコアカードには、候補者に対する分析と評価、その根拠となった候補者の回答、懸念点などを入力し、総合評価を5段階で示します。
最終面接では、「culture add」、つまり異なる価値観を持ち込んでくれる可能性や、成長する可能性なども判断基準としています。
スキルベース採用導入後1年半で、多様性の向上が顕著に
――スキルベース採用を導入してから、具体的な効果はありますか。
リトル氏:意識改革と採用プロセスの変更によって、多様性と公平性が目に見えて向上しました。私が入社した当時は、従業員のうちURG(underrepresented group、女性やマイノリティの人種など過小評価されているグループ)はわずか5%で、採用数は全体の15%程度にすぎず、また、彼らの離職率は全体よりも高い数字でした。現在では、URGの従業員の割合は15%を超え、採用率が25%に上がりました。今後も世界の動きに対応しながら、先進的な採用方法を取り入れて、候補者のスキルを客観的かつ公平に評価していきます。
インタビュアー&TEXT=石川ルチア
- スキルベース採用は、候補者の背景に関係なく、公平な判断ができる採用手法である。上層部からのメッセージや各職務との対話により、採用方法の変更に対して従業員全員の理解を得た。
- 学歴や経歴、年齢ではなく、ポータブルスキルを重視する。ソフトウエア開発職に必要なポータブルスキルは、学習意欲とフィードバックを受け入れる能力で、行動面接で評価している。
- 選考に客観性と公平性を持たせるために、面接担当者や質問内容を統一している。また、面接担当者を定期的に研修し、面接の精度を高めている。