介護開始前の知識を持つための支援は、個人と組織にどれくらい重要なのか──大嶋寧子

2024年01月30日

介護発生前の知識と両立にはどのような関係があるのか

高齢化の進行により、仕事と介護を両立する労働者の更なる増加が見込まれている。経済産業省(2023)(※1)は、家族介護者の数は2020年の678万人から2030年に833万人、介護を担う有業者のうち仕事が主な者の数は2020年の262万人から2030年には318万人に増加すると試算している。介護中の従業員にいかに安心して働き続け、時間の制約もあるなかで組織に貢献してもらうのかは、企業の人材活用においてさらに大きな課題となっていくと考えられる。

こうしたなか、育児・介護休業法も、極力仕事の時間を確保しながら働き続けられるよう、働き方の柔軟性を高めることを主眼に置いた制度改正が行われてきた(池田, 2021)(※2)。企業の中にも、仕事と介護の両立支援の更なる拡充を検討するところが現れている。

本稿では、仕事と介護の両立支援の更なる充実を考える企業の人事担当者や、介護をしながら働く部下の支援を担う管理職に向けて、事前に両立の知識を労働者が持つことがどのように介護発生後の両立に関わるのか、どのような会社の関わりが、従業員自身が必要な情報を入手することにつながるのかを考えていきたい。

介護発生前に必要な知識を持つ人は少ない

介護発生前に、仕事と介護の両立支援に関わる情報を得ている人は少数であり、多くの人が必要な情報を入手しないまま、介護に突入している。図表1は、リクルートワークス研究所「ビジネスケアラーの就業意識と経験に関する調査」(2022年)(※3)より、現在介護をしている40 ~ 50代の正社員について、介護開始前に両立に必要な知識を得ていた人の割合を、知識の領域別に見たものだ。これによると介護開始時点で「勤務先の介護と仕事の両立支援制度について、知識を得ていた」人は17%、「介護保険制度や介護サービスについて、知識を得ていた」人は30%、「仕事と介護を両立するために、介護の専門家の手を借りることが重要であると認識していた」人は34%、「介護をする可能性のある家族・親族の交友関係やかかりつけ医などについて情報を得ていた」人は20%であり、逆にこれら4つのうち1つも該当しない人は43%を占めていた。

図表1 介護開始前に両立に必要な知識を得ていた人の割合
図表1 介護開始前に両立に必要な知識を得ていた人の割合(注)65 歳以上の家族・親族の介護を行う週35時間以上就業する正社員(40 ~ 50 代)1238 人に、介護が始まる前の知識の保有状況をたずねた結果。 数字は該当する人の割合。
(出典)リクルートワークス研究所「ビジネスケアラーの就業意識と経験に関する調査」(2022年)

事前の知識がない人は、介護体制に目途がつくまでの期間が長い傾向

図表2は、介護が始まる前までに、仕事と介護の両立に関する知識を持っていた人とそうでない人を比べ、介護体制に目途がつくまでの期間(介護サービスの利用や家族・親族内の介護の分担などに一旦の見通しがつくまでの期間)の分布を見たものだ。

これによると、介護体制に目途がつくまでの期間は前者で短い。例えば、介護体制に目途がつくまでの期間に1年以上を要したとする人の割合は、事前の知識がない人では48%を占めたのに対し、事前の知識がある人では26%にとどまった。

介護開始直後は、精神的な不安や負担に加えて、手続きや施設等への訪問、家族での話し合い、介護サービスの決定をはじめ、さまざまなことを試行錯誤で行うことを迫られる。多くの介護者が、介護開始当初に大きな混乱や精神的負担があったと振り返るのもそのためであろう。だからこそ、早期に介護の体制に目途がつくことが重要といえる。

介護の負担の面で言えば、介護が始まったあとの負担が重い人ほど事前の知識を持つ傾向にある。それにもかかわらず、事前の知識を持つ人でより早期に介護の体制に目途がついていることからは、介護開始前に適切な知識を持つことが、円滑に仕事と介護の両立を始め、過度な不安なく働き続ける上でいかに重要かを見て取ることができよう。

図表2 事前の知識と介護発生後、両立の体制に目途がつくまでの期間
図表2 事前の知識と介護発生後、両立の体制に目途がつくまでの期間(注)65 歳以上の家族・親族の介護を行う週35時間以上就業する正社員(40 ~ 50 代)。事前の知識ありは、図表1で示した介護開始前の知識保有に1つ以上該当する人、「知識なし」は1つも該当しない人。
(出典)リクルートワークス研究所「ビジネスケアラーの就業意識と経験に関する調査」(2022年)

事前の知識習得は、企業のどのような取り組みが関わるのか

それでは、介護発生前に両立に必要な知識を得てもらうために、企業はどのような取り組みを行うべきだろうか。ここではリクルートワークス研究所が2020年に行った「介護に直面した正社員の就業に関する調査」のデータを用いて、介護開始前の従業員による自発的な情報収集や備えに関わる要因を分析した結果を紹介したい。ここで言う自発的な情報収集や備えとは、地域包括支援センターについて調べたり、家族・親族のかかりつけ医を把握したり、インターネットや書籍で介護サービスの情報を得たりなどの行動を指し、①介護一般の情報収集、②介護保険や会社制度等の情報収集、 ③地域に関わる情報収集・備え、④家族の生活に関わる情報収集の4領域26項目で把握した。従業員の自発的な情報収集や備えに着目するのは、介護に関わる状況は非常に多様であるため、一般的な情報を入手するだけでは足りず、従業員自身が自分に必要な情報を得ようとする自律的な行動が重要なためである。

図表3に分析結果を示しているが、結果として、介護開始前に①会社による研修や情報提供を受けたこと、②上司と介護について会話したこと(日常会話、面談)、③職場に仕事と介護を両立している人がいる(いた)こと、④危機感を覚える状況(事前に介護を担うことを意識する機会、締切や納期に追われる仕事)があったこと、の4つが介護を開始する前の自発的な備えに関わっていた。なお、介護発生前から危機感が大きかった人では事前に情報収集をより積極的に行う傾向があるため、危機感の大きかった人に限定して分析を行ったが、結果にはほとんど変わりがなかった。

図表3 介護開始前の自発的な情報収集や備えに関わる分析結果
図表3 介護開始前の自発的な情報収集や備えに関わる分析結果(注)「介護開始前の自発的な情報収集や備え」の数(0~26)を従属変数とし、会社・上司による情報提供(「会社による事前の情報提供」「介護に関する上司との会話(日常)」「介護に関する上司との会話(人事面談)」)、事前に仕事と介護の両立を考える機会(「職場のロールモデルありダミー」「介護発生前の介護を担う意識の強さ」 「締切や納期に追われる仕事(介護発生時)ダミー」)を独立変数とする重回帰分析を行った。この分析では 性別、年齢(介護開始時)、教育歴、企業規模(介護開始時)、役職(介護開始時)、介護開始時の仕事特性(納期に追われる仕事)を統制している。

多様なチャネルを通じて、事前の知識武装の大切さを伝えていこう

以上を踏まえると、介護が始まる前に社員が主体的に情報収集や備えを行えるようにするためには、企業が多様なチャネルを利用して、事前の知識武装の大切さを、これから介護にあたる可能性のあるすべての従業員に伝えていくことが重要である。

もちろん、すでに研修やセミナー、パンフレットの提供を通じてそうした情報提供を行っている企業も少なくないが、一度の情報提供で終わらせるのではなく、繰り返し伝えていくことや、情報収集によって介護発生後の安心感が大きく異なる等の価値を伝えていくことも必要だろう。

また、職場に仕事と介護を両立している人がいたことや、上司との介護についての会話は、介護発生前に本人が自発的に情報収集を行うことと有意な関わりがあった。しかし、上司が介護について正しい知識を持たない場合、誤ったメッセージを伝えてしまうことにもなりかねない。そこで、管理職や管理職となりうる人への研修を行い、介護について正しい知識を持って部下と話せるようにすることも有効と考えられる。また、仕事と介護を両立する社員の体験談を広報することや介護者やその予備軍が交流できる場を設けることで、漠然と介護に不安のある社員が具体的なイメージを持てるようにすることにも効果が期待できそうである。

 

(※1) 経済産業省(2023)「令和4年度ヘルスケアサービス社会実装事業」報告書
(※2)池田心豪(2021)『仕事と介護の両立』中央経済社
(※3)介護を行う正社員の両立状況や会社・上司との関わり、仕事に関わる意識や行動の変化を把握する目的で、65 歳以上の家族・親族の介護を行うフルタイム正社員(40 ~ 50 代)1238 人に調査を行ったもの。比較のため育児中のフルタイム正社員(30 ~ 40 代)646 人、育児も介護もしていない正社員(40 ~50 代)658 人にも一部同じ質問による調査を実施している。調査期間は2022年11月。

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