賃上げとパート・アルバイトの積極活用で効率的な店舗運営を実現
Vol.6 マルハン 前編
写真左:グループユニット 人事部 部長 川端 倫夫(かわばた・みちお)氏
写真右:東日本カンパニー 人事部長 武田 幸久(たけだ・よしひさ)氏
パチンコホールを中心にボウリング場、映画館など総合エンターテイメント事業を展開するマルハン。労働人口の減少やコロナ禍後の景気回復を背景に賃金上昇の圧力が高まるなか、10,756人(2023年12月現在)の従業員を抱える同社が、人件費高騰に対して従業員の構成の見直しなどをどのように進めているのか。マルハンのグループユニット人事部部長川端倫夫氏と東日本カンパニー人事部長武田幸久氏に話を聞いた。
コロナ禍を契機に「労務構成のパート・アルバイトへのシフト」と「人員の効率化」が加速
マルハンは全国44都道府県でパチンコホールを運営、パチンコ事業の売上は業界2位の2倍以上を誇るリーディングカンパニーである。グループとしてはゴルフやレストラン・カフェ運営、金融、ホテルなど多角的に展開、アセアン地域で展開する商業銀行などの金融事業は第2の柱として成長を遂げている。全国に309店舗を展開するパチンコホール「マルハン」をはじめ、マルハンダイニングが運営する「ごはんどき」276店舗、カンボジアのサタパナ銀行が172支店など、グループ事業所数は約1,130拠点に及ぶ(いずれも2023年12月現在)。2023年3月期のグループ連結売上は約1兆3,196億円、従業員数は10,756名(正社員4,268名、パート・アルバイト等6,488名)である。組織としてはカンパニー制を敷いており、北日本カンパニー(3,060名)、東日本カンパニー(4,519名)、西日本カンパニー(3,086名)、金融カンパニーに分かれる。
パチンコ事業については、エンターテイメントの多様化などから近年は来店客数が減少、2014年3月期は2兆1,116億円の売上があったが、2018年3月期は1兆5,509億円、コロナ直前の2020年3月期は1兆5,090億円、直近の2023年3月期は1兆3,196億円と回復途上 にある。これに対して従業員数は2018年に12,544名(正社員5,282名、パート・アルバイト等7,262名)だったものが、2023年12月には10,756名(正社員4,268名、パート・アルバイト等6,488名)と変化している。つまり、5年前と比較すると正社員は19.1%、パート・アルバイト等は10.6%、全体で従業員が14.3%減少したことになる。現場の認識としては店舗により異なるものの、総じて「店舗運営できるぎりぎりの人員数からやや不足気味」という実感がある。
人員体制の構造改革計画について東日本カンパニーの武田氏はこう説明する。
「東日本カンパニーのホールの従業員についてはこの3年間、要員は変えずに正社員:パート・アルバイト比率を5対5から4対6にシフトしてきました。結果として、正社員はこれまでよりも付加価値の高いマネジメント業務を担うことが多くなってきました。そのことが成長実感につながり、定着率も上昇しています」
パート・アルバイトの定着率も入社3カ月定着率でコロナ前に66.4%だったものが、直近3年間で4.6%改善し7割を超えている。正社員も同様である。従業員の定着率が上昇している理由の1つには賃金水準の引き上げがある。
「地域によって金額が大きく変わるので一概に言えませんが、高い賃金水準が応募数増加と従業員のリテンション(引き留め)に影響を及ぼしていると考えています。特に採用については応募者のなかに必要最低限の収入ラインがあるので、それを超えているかどうかが影響します。ただ、積極的な賃上げがどの程度効果を及ぼしているかは必ずしも明らかではありません。例えばこれは新卒採用の領域になりますが、1万円程度の賃上げでは、新卒の応募者の大学群が変わるほどのインパクトはないでしょう」(武田氏)
採用競争力を担保するため時給アップは“待ったなしの状況”
同社のパート・アルバイトの時給について、1990年代~2000年代前半までは飲食など他業界と比較して100~200円の優位性があった。しかし、近年はその差が縮まっており、採用競争力を担保するために時給アップは“待ったなしの状況”と武田氏は語る。東日本カンパニーでは2023年4月に100店舗中80店舗近くで時給を上げ、さらに入社お祝い金などの対策を打って、ようやく必要人員を確保できている。正社員については、2023年春闘で12年ぶりにベースアップ(2%)を実施、定期昇給を含めると約3%の昇給を行った。
「賃上げの決定については、支払い原資を確保できる業績か、世間相場に対して競争優位性があるか、物価水準に見合う上昇率か、の3点から総合的に判断して決定します。3%だと約1万円の昇給になりますが、これによって全産業の30歳、35歳のモデル賃金と同程度の水準を目指しました。もっと思い切って上げたいという想いもありますが、まだコロナ前の客数、売上に戻り切ってないため、2023年は時期尚早という判断でした」と川端氏は説明する。
正社員について賃上げの効果はまだ未知数だが、「人材獲得やつなぎ留めには、賃金以外にも企業の成長性や個人の成長実感が得られる仕組みなど、複合的な要素が関わってくる」と武田氏は語る。特に人材採用と定着のための人事施策には4つのポイントを意識する必要がある、と指摘する。
「1つ目はやはり給与で、個人に対して短期での効果が期待できます。2点目は組織内での連帯感や関係性の構築。3点目が能力開発や成長の機会の提供で、個人の成長実感を提供できているか。4点目が組織の倫理観やパーパスが浸透しているかです」(武田氏)
マルハンには「イズムの種まき」という、従業員同士が感謝の気持ちをサンクスポイントとして送り合う制度がある。これによって月間10万件以上のやり取りが生まれ、全社の横断的コミュニケーションが活性化した。マルハンは企業理念としてマルハンイズムという体系を掲げており、例えば行動指針として「判断基準はお客様」「マルハンファンの創造」「ベストの追求 ~感動創造~」などを挙げる。これらとサンクスポイントを紐づけることで文化の定着を図っている。これが前述の組織内の連帯感や成長実感、倫理観やパーパスの浸透に寄与し、特にパート・アルバイトの採用やつなぎ留めに効果を発揮している、と武田氏は語る。
「ただ、正社員についてはこうした動機付けだけではつなぎ留めは難しくなっています。2024年4月から新たな役職を新設し、期待された役割を果たせる人材により多く報酬を支払う仕組みを導入する予定です」(武田氏)
正社員とパート・アルバイトの構成比率の見直しで経営を効率化
正社員、パート・アルバイトの賃上げによる人件費の上昇に対し、経営としてはどのような対策を講じているのか、武田氏はこう説明する。
「1つは前述した通り、正社員とパート・アルバイトの構成比率を変えていくことで人件費比率を維持することです。以前はアルバイトが集まりにくい遅番や土日のシフトを正社員で埋めていましたが、今は短時間勤務のパート・アルバイトなど、より小さいピースの掛け合わせで1か月のシフトを作る時代に変わってきています。当然、シフト管理が難しくなるのでシフト管理のツールを導入するなどして、効率化を図っています。さらに店長業務についてこの3年間でタスクの見直しを進め、DXなどを進めています。結果的に労働分配率がコロナ禍の頃は27%ぐらいあったのが現在は21%ぐらいに下がっています」
短時間勤務のパート・アルバイトが増えることで、より多くの母集団を確保する必要があるが、以前から一度退職したアルバイトの「カムバック採用」を行っており、再雇用や紹介による採用の件数は増えている。「改めて会社のよさを感じて戻って来たという声も多い」(武田氏)という。
後編では、労務構成比率の変化にともなう社員のタスクの変化や従業員の能力開発、パート・アルバイトの正社員登用などについて詳述する。
(聞き手:坂本貴志、小前和智/執筆:稲田真木子)