人手不足のなかで、人材戦略が差別化のチャンス
近年、最低賃金が大きく引き上げられ、今後も続くと予想される。また、将来的な労働力人口の減少によって人材確保を目的とした賃上げも予測される。東京大名誉教授の佐藤博樹氏は、賃金上昇に見合った仕事をしてもらうため、非正規雇用労働者にキャリアラダーを設けることの必要性を指摘する。現状や今後の展望をもとに、パート・アルバイトのキャリア形成上の課題について聞いた。
佐藤 博樹 氏
東京大学名誉教授、中央大学ビジネススクール・フェロー
1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員、1983年法政大学大原社会問題研究所助教授、1987年法政大学経営学部助教授、1991年法政大学経営学部教授、1996年東京大学社会科学研究所教授、2014年中央大学ビジネススクール教授などを歴任。2015年6月東京大学名誉教授、2023年4月中央大学ビジネススクール・フェロー。専門は、人的資源管理論、ダイバーシティ経営。
賃金上昇と無期転換を、キャリア形成につなげられるか
政府は、2030年代半ばまでに最低賃金の平均時給を1,500円に引き上げる方針を打ち出しており、それに伴ってパート・アルバイトの賃金も上昇が続く見通しだ。また、一部では人員充足のため、募集時の賃金を上げる動きもみられている。
「賃金を上げなければならないことを前提とすれば、賃金に見合った仕事をしてもらう必要があり、スキルを高めていくことが重要です」と佐藤氏は語る。
他方、賃金以外にもパート・アルバイトをめぐる変化がみられる。2013年施行の労働契約法による影響だ。佐藤氏によると、雇用契約期間を有期から無期へ転換する動きも進んでいる。2022年の就業構造基本調査では、パートタイマーの約4割、アルバイトの約3分の1が、雇用期間の定めがない、無期雇用契約を結んでいた。
「もはや非正規雇用=有期契約という時代ではなく、企業の都合で雇い止めできる労働者はどんどん減っています。これまでにも、パート・アルバイトのなかには長期勤続者もいました。しかし、今以上に無期雇用者や正社員に転じる者が増えれば、賃金の上昇と長期勤続を念頭に、パート・アルバイトのキャリアラダーを整備していく必要があるでしょう」
ただ、パート・アルバイトの働き方は多様である。就業調整して一定の収入の範囲内で働きたい人や、必ずしも高い賃金を求めない層もいる。働ける時間についても、有配偶女性は昼間の勤務が中心で、家族の病気や子どもの学校行事で休むこともある。学生は夕方以降と休日の就業が可能であっても、授業のある日や試験期間は働けない。
佐藤氏は「企業は、労働者それぞれの多様な特性に応じて勤務時間を組み合わせると同時に、個々の従業員にあったキャリアラダーを提示する必要があります」と指摘する。
無期雇用契約を結んだとしても、労働者が辞めたいと思えば離職につながってしまう。企業としては、パート・アルバイトのスキルアップやキャリアラダーの整備とともに、労働者が長く勤めたいと思える環境づくりも重要だろう。
この点、佐藤氏は「パート・アルバイトの定着に大きく寄与するのは職場の人間関係です。働きやすさとして人間関係を重視する人も多いためです。さらに、ステップアップしたい層にとっては、キャリアの展望をみせていくことも重要になるでしょう」と指摘する。
2019年には、いわゆる働き方関連法(※1)が制定された。同法の「同一労働同一賃金」との関連付けで、人材活用と賃金との関係をどのように整理すればよいのだろうか。
「職務内容や人材活用の在り方が異なれば、同じ賃金テーブルでなくてよいわけです。入職時に有期雇用契約のパート・アルバイトだった人が、のちに無期雇用契約のパート・アルバイトに転換し、その後正社員へ転換していくとします。それぞれの節目で賃金テーブルを跨いでキャリアラダーをつなぎ合わせていくイメージです」
(※1)正式名称「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」。
残業・転勤を前提とする働き方に課題 変わるべきは正社員の働き方
例えば、パート・アルバイトが無期の雇用契約に転換し、週5日、6時間ずつ勤務している場合、短時間勤務の地域限定正社員のいる企業では、その正社員と労働時間も仕事内容も変わらない状況が生じうる。
「短時間勤務の正社員と無期雇用契約のパートが、同じ職場でほぼ同じ仕事をしているのに、ボーナスや福利厚生に差があるのは問題です。無期雇用契約のパートの処遇改善と同時に、正社員の働き方も見直す必要があります」
仕事内容に大きな差異がないにもかかわらず、パート・アルバイトとしての働き方を選択する層がいるのは、どのような要因があるのだろうか。
「根本的な問題は正社員の働き方です。正社員で無理なく仕事と家庭生活が両立できるような働き方ができれば、正社員を辞める人も減るでしょう。現状、残業や転勤があるために正社員として働きづらいから、短時間勤務で働けるパート・アルバイトを選んでいる層もいます」
正社員の働き方を大きく変えることは、正社員として働くなかでそのメリットを感じつつも仕事を辞めてしまう層や、パート・アルバイトとして活躍しているが正社員への転換には二の足を踏んでしまう層の選択を大きく変えられる可能性がある。
他社との差別化 問われる企業の人材戦略
佐藤氏は、パート・アルバイトの人材戦略としていくつかの選択肢があると話す。
「1つの選択肢は、採用段階で週30時間以上の勤務を前提として長期間勤めてくれる期待の高い人を集めることです。社会保険の加入や少し高い賃金を条件に設定し募集します。一見、人件費が高くつくようにみえますが、短時間のパート・アルバイトを多数雇い入れることで生じる社会労働保険などの手続きの管理コストやパート・アルバイトが入れ替わる際に生じる教育・訓練コストを削減できるため、実はコスト的には低く抑えられる可能性があります。また、働いてもらいたい層にとって魅力のある募集内容を作ることが重要です」
募集時の労働条件を工夫することで長期勤続を期待できる層に絞っていく戦略だ。そのような戦略をとる際のポイントはあるのだろうか。
「シンプルな業務については省人化を考え、そのための設備投資をしていくことも考えられます。ただ、工夫しても残るシンプルな業務への配置をどうするかは課題として残ります。そうした業務については短期勤続のポストやスポットワークで埋めていくこともあるでしょう」
他方、最初から長期勤続を見据えて、ある程度まとまった時間働ける人ばかりではない。有配偶者については、収入が一定額を超えると税や社会保険料の負担が生じたり、配偶者が受ける手当が減ることがある。いわゆる「年収の壁」である。「年収の壁」による就業調整はキャリア形成のうえでの壁にもなる。
「2022年の就業構造基本調査を用いて集計すると、有配偶女性のパートのうち45%が就業調整をしていました(※2)。一定の収入の範囲で働こうとすれば、賃金が上がると労働時間を減らしてしまうなど、必ずしもステップアップの機会を歓迎するとは限りません」
この点について佐藤氏は、はじめは短時間勤務を望む人でも、勤続を重ねるなかで徐々に労働時間を増やしていく選択肢もあるという。
「入職当初は短時間でシンプルな業務を希望する人でも、『仕事が面白い』『少し頑張れば評価される』という実感から自己効力感がもて、働くことにより積極的になる可能性はあると思います」
さらに、「他社との差別化にとって、人材活用は重要な要素であり、今がチャンス」と佐藤氏は語る。人材確保が今後ますます難しくなるなか、長期勤続のなかでステップアップしていく従業員が増えることは、企業にとって大きな利益である。そのために、働くことの魅力を実感してもらえる仕組みづくりが求められているのだろう。
(※2)詳しくは、佐藤博樹(2023)「正社員として働く女性が増えているのか?-両立支援から活躍支援へ」『日本労働研究雑誌』No.761、pp.4-16をご覧いただきたい。