個人への還元率を手厚くする一方、「総力戦」で労働分配率を安定的に

Vol.5 AOKIホールディングス 後編(正社員編)

2024年02月20日

川口佳子(かわぐち よしこ)氏取締役執行役員 グループ人事管掌 川口 佳子(かわぐち・よしこ)氏

ファッション、ブライダル、エンターテイメントと、業態の異なる複数の事業を展開するAOKIグループ。労働力人口の減少を背景に接客サービス業の人員確保が難しくなるなか、AOKIグループではどのような人材戦略で挑んでいるのか。後編では、正社員の採用・定着、および総人件費率を維持する取り組みなどをAOKIホールディングスの川口佳子氏に聞いた。

業績と連動し、人事制度を構築

現在、AOKIグループの正社員数は3,064名(2023年9月末現在)。この四半世紀、事業の多角化および店舗数の拡大にともない増加してきたが、比率としては全従業員数の3分の1程度からそれほど変動せず、むしろ契約社員(有期のパート・アルバイト)の業務範囲拡大などにより、少数精鋭化の傾向に向かいつつあることは前編で触れた通りである。社員の賃金水準は、「小売業のなかでは高いほうだと思います。例えば一般的なストアマネジャーの平均年収などの各種調査と比べると、過去からずっと高水準で推移しています」と川口氏は語る。

賃金は人事制度上、毎年の業績と個人の評価を基にして決定する。その期の業績に応じて等級別の額を算出したうえで、個人評価の結果と役職手当をプラスしていく形である。業績と連動する等級ごとのプラスマイナス値はマトリックスと係数で明示しているため、社員はその期の業績を見ながら自分の給与を計算できる。「業績がよければ社員の皆さんに還元するという発想で組み立てており、ベースアップよりも業績連動の考え方で上げていくようにしています」と川口氏。係数的には職位が上の者ほど等級の基準額も高いので、好業績による恩恵は大きい。

こうした仕組みは、特にファッション事業において、「『役職』にとらわれず、一人ひとりがそれぞれの役割で輝ける人事制度」という視点から構築された。「現在では通販事業の比重も増えており、いずれはAIによる接客も可能になるかもしれませんが、ファッション事業のAOKI、ORIHICAの強みはスタッフが顧客と直接接点を持ち、よい関係性を創る、もしくは関係性を創るプロセス自体をお客様に楽しんでいただくことにあります。そう考えると、やはりキーとなるのは『人が生み出す付加価値』です。社員スタッフがそれぞれの立場や役割で生み出した付加価値を細かく丁寧に評価できる柔軟性を持つことで、賃金も含めてやりがいを感じる環境づくりを意識しています」(川口氏)

役職にとらわれず、一人ひとりがそれぞれの役割で輝ける人事制度に役職にとらわれず、一人ひとりがそれぞれの役割で輝ける人事制度に

新卒採用のファクターは賃金だけではなく、エンゲージメントなども考慮

社員の採用・定着において、賃金が一定の影響を及ぼすことは間違いない。それに加えて意識しているのは企業理念の打ち出しである。AOKIグループでは昨年6月、新たなエンゲージメントサーベイを導入・実施したが、「どの事業会社でも最もポイントが高かったのは、当社グループの経営理念への共感性です。当社では社会性の追求・公益性の追求・公共性の追求といった理念を掲げており、社員の皆さんがそこに誇りを持って働いているという嬉しい結果でした」と川口氏。

とりわけ新卒採用では、「社会貢献」「成長実感」などのワードが響くことが多い。「成長実感」に関しては、「会社と人の成長がリンクしている時に成長実感を覚えやすい、という意味では、当社が成熟期に向かうなか、正直、過去ほどは感じにくくなっているかと思います。成長実感をどう定義付けるかも含めて、評価の軸を増やすとともに、それを事業成長の方向軸と一致させることが大事だろうと考えています」(川口氏)。

具体的な新卒採用の戦略は、事業体ごとで異なる。母集団形成が比較的容易なのはブライダルプランナーという職種の人気に加え、結婚式場のブランドとして「アニヴェルセル」が定着したブライダル事業だが、「女性の応募が圧倒的なので、バランス面から男性対象のプロモーションを強化しています」と川口氏。逆に採りづらいのがエンターテイメント事業で、特にアルバイト主体の複合カフェは「ストアマネジャー以外のキャリアプラン」のイメージが湧きにくいことが理由の1つだという。

アニヴェルセル挙式イメージ新卒採用では、「社会貢献」「成長実感」などがキーワードに

学生アルバイトから一定数の社員登用はできているなか、人材の幅を広げる観点から一般の採用も始めているが苦戦している。ファッション事業の採用難易度はあまり変わらないが、世代人口の減少を背景に以前より母集団が減少している。「こうした課題を企業紹介のあり方などでどう改善していくか、賃金水準に加えてエンゲージメントサーベイの結果から見えてきた当社の強み・弱みも合わせて総合的に勘案していきます」と川口氏。

業態の見直しやDX化の推進で総人件費を抑制。価格転嫁は業態の現状により工夫

「新卒採用では、将来自分がどうなるかが学生の重要な関心事なので、給与水準は3番目か4番目くらいの要素だというのが印象です」と川口氏。
一方で、転職する動機が明確なため、比較的賃金水準に反応しやすいのは中途採用という。「なかでも賃金が安い、という理由で同業他社への転職を考えている方には、賃上げが効くと実感しています。したがって新卒よりは頻繁に給与水準を確認しています」と川口氏。また既存社員でも「教育費など家計の負担が増す世代」では、給与アップのニーズがより切実だ。同社では新卒・若手社員を「10年後、20年後のAOKIグループを担う世代」、中途および既存社員を「現在のグループを支える即戦力層」と捉えている。

新卒は時流にかかわらず今後も一定数の採用を続ける方針だが、戦力層は「働き手の年代が減り 続けるなか、そこをどうカバーするか」が現状の課題である。「なかでも女性社員のこれまで以上の就労継続と活躍、また定年の年齢引き上げや定年以降の活躍の仕方などを、過去の発想とは変えていくことを多くの企業が取り組まれていると思います。そのなかでは当然、賃金も重要なファクターになるかと思います」(川口氏)

こうした状況から、社員・契約社員を含めて濃淡はあるにせよ、やはり1人あたりの賃金は年々上昇している。だが「労働分配率そのものは一定水準を維持しています」と川口氏は答える。「個人への還元率は増やしていますが、総人件費に関しては、パート・アルバイトの事業間での繁閑に合わせた移動をはじめ、諸々の取り組みにより年間のグロスは抑えられています。経営企画から現場のオペレーション設計まで、全社的な努力でキープしています」

効率化の取り組みとしては、店舗の人員体制を最適に保つ他、業態の見直しや業務のDX化を推進している。例えばAOKIの店舗は、ロードサイドに出店攻勢をかけていた時期には250坪程度が標準仕様だったが、現在は在庫管理の効率化等により売場面積を縮小し、遊休スペースにカラオケやインドアゴルフといった別業態を入れて家賃収入を確保している。AOKI店舗の賃貸料の削減にもなり、売場面積が狭まった分、スタッフ数が少なくなっても接客サービスの質は落とさずに済む。「単純にそうした好循環ができるわけではありませんが、グループのメリットを活かしながら、ある種、総力戦で効率化できるところを徹底して探しています」(川口氏)

また在庫管理やポスレジの入れ替え、商品管理といった部分については、店舗単位で順次、自動化・機械化を進めて省人化を図っている。エンターテイメント事業の「快活CLUB」および「自遊空間」では、従来店舗スタッフが行っていた精算を含む入退店手続きや会員登録などの業務に関して、「自動入退店システム」(自動精算機)の導入を推進することで、オペレーションの効率化を図る。「人でなくてもできる部分のコスト削減に力を入れています。人件費の総額を変えず、人が少なくてもできるようになれば、社員一人ひとりの配分が増えていくという発想で取り組んでいます」(川口氏)

「快活CLUB」および「自遊空間」では自動入退店システムの導入などオペレーションの効率化を図る「快活CLUB」および「自遊空間」では自動入退店システムの導入などオペレーションの効率化を図る

それでも収益面や、昨今の円安による原価率の上昇を踏まえると、商品への価格転嫁も意識せざるを得ない。同社ではその点に関しても事業体別の戦略でのぞむ。鍵付完全個室が好評の「快活CLUB」は、業界トップの知名度に加え、観光需要が回復するなか、旅行客の休憩場所や拠点代わりに使われるケースも増えており、値上げに踏み切りやすい状況にある。ファッション事業ではこの1~2年、キャンペーンやセットセールなど顧客に訴求するイベントを意識的に展開し、結果、スーツ1品あたりの単価を上昇させながら、客足も衰えていない。
一方で、ブライダル事業は、コロナ禍の直撃を受け、結婚式の数や規模が縮小した他、ファミリー婚やネット挙式など結婚式スタイルの多様化により客単価の回復が難しいが、「さまざまな付加価値を付けることで客単価を上げる努力を続けており、徐々に戻りつつあるのが現状です。また、結婚式だけではなくさまざまな“記念日”を軸とした新しいサービスの提供を行うなど、新しい成長戦略にも注力しています」と川口氏。

「人材戦略はもはや人事領域だけで解決できる時代ではなく、業界の成長軸と今の課題、そのどこにリソースをつぎ込むか、全体のバランスのなかで考えていく局面を迎えています。解を導くのが難しい時代ですが、今後もAOKIグループ全体で取り組んでいきます」と締めくくった。
(聞き手:坂本貴志小前和智/執筆:稲田真木子)

関連する記事