DX推進とマルチタスク化で省人化を進め、積極的な正社員登用で人材を確保

Vol.7 マルハン 後編

2024年03月05日

川端倫夫(かわばた みちお)氏、武田幸久(たけだ よしひさ)様写真左:グループユニット 人事部 部長 川端 倫夫(かわばた・みちお)氏
写真右:東日本カンパニー 人事部長 武田 幸久(たけだ・よしひさ)氏

2023年4月、12年ぶりに2%のベースアップを行った総合エンターテイメント事業を展開するマルハン。パート・アルバイトの時給アップも含めた人件費高騰の対策として、従業員の構成の見直しや業務のDX化などを進める。マルハンのグループユニット人事部部長川端倫夫氏と東日本カンパニー人事部長武田幸久氏の2人にその詳細を伺った。

スマートシステムの導入や従業員のマルチタスク化で省人化を実現

人件費の高騰に対して労務構成比をパート・アルバイトにシフトすることで人件費単価の抑制を図る一方、店舗をより効率的に運営していくため、マルハンでは従業員のタスクの見直しを進める。最も大きな変化の1つが、「スマートシステム」の導入による「玉積み」作業の削減である。

従来、ホールでの作業の約7割を来店客のそばに玉の箱を積んだり、カウンターに運んだり、スロットマシンのコインを台の上に積むといった作業が占めていた。このような作業はスマートシステムの導入によりここ数年で半減している。「スマートシステム」とは、遊技機の内部でパチンコ玉が循環する仕組みで、遊技機に持玉カウンターと計数ボタンが搭載されており、ICカードで管理される。打ち手や従業員はパチンコ玉に触れることなく遊技や計数ができる仕組みである。

「スマートシステム」の導入で「玉積み」作業は大幅に削減「スマートシステム」の導入で「玉積み」作業は大幅に削減

「玉が出てくる演出効果の人気も根強く、競合対策上もあって何年までに100%スマート化するといった目標までは設定していませんが、今後10年以内には玉積み作業はほぼゼロになっていくでしょう。玉積みがなくなれば現状の半分以下の人数で運営が可能になりますし、肉体的な負荷が減り、腰痛による離職もなくなって、従業員の定着につながると思います」と武田氏は語る。

これまで正社員が担ってきた業務の1つに「現金担当」がある。パチンコ台ごとあるいは数台の島ごとに現金を回収、集計し、コンピューター上の売上と照合したり、両替機に札やコインを補充したりする作業である。以前は正社員や管理職に限定されていたが、今はアルバイトにも権限委譲されている。このようにスマートシステムを導入し、現金担当業務を、パート・アルバイトに権限委譲などするとともに、誰もがあらゆる作業に対応できる「マルチタスク化」を進めた。これによって店舗の省人化を進めた結果、5年前と比較すると、正社員は約1,000名、パート・アルバイトは約800名減少している。コロナ禍でこの3年間の来店客数の減少もあり、正社員については約20%の人員減と省人化が進んでいる。

DXで業務効率化を進めつつ、新たな役職の設定で動機付けを図る

ホールについては今後も確実に省人化が進む、と武田氏は見ている。
「例えば今までは玉を景品と交換するためのカウンターに、必ずスタッフが1~2名立っていました。現在はセルフPOSの導入により時間帯によっては無人の形に変わってきています。また、遊技機玉数などのデータを集計した帳票についても、以前は手書きで、1台1台玉数を数えてその日の増減を赤ペンで記入する作業がありました。結果によって翌日の台の調整を検討するような作業もありましたが、今は自動的に結果が表示され、機械の整備状況もデータで出力されます」(武田氏)

シフト管理もマネジャーの大きな負荷となる業務の1つである。パート・アルバイトの労働時間が短縮され、働き手のピースが細かくなっていることがさらにその負荷を増大している。
「遊技台が700台超の大型店の場合、従業員の希望や労働契約上の時間を勘案しつつ、1か月のシフトを組むには2日間ぐらいの時間が必要です。仮にそのマネジャーが異動した場合、次のマネジャーは始めのうちシフト作成に3日間程度を要します。こうしたアナログ管理は非効率なため、シフト管理を自動化するソフトを導入しています。アウトプットについては微調整が必要ですが、それでも3~4時間で作成できるようになりました」(武田氏)

このようなデジタル技術の活用によって、より少ない工数で人に頼らずできるような仕組みが整備され、正社員の仕事の見直しが進む。一方で、社員の成長は人材構造上の課題となっている。
「標準的な店舗の場合、遊技台が640~720台で28~32名の人員配置となっています。このうちマネジャーが3~5名で、残りが正社員とパート・アルバイトになります。正社員には仕事に習熟してきた段階で、成長実感が得られるよう次の仕事にステップアップしていってもらう必要があります。そのためには役職が上がっていくことが望ましいですが、新規出店が以前に比べ鈍化しているなかで、一定の昇進ポストを確保することは難しくなっています」(川端氏)

対策の1つとして、マルハンでは店舗内での新たな役割を設定した。「コーチ」は6~7人の少数グループでマルハンの企業理念をパート・アルバイトや社員の新人に伝える役割を担い、若くして 少数マネジメントの経験をする。コーチになると社員は手当が付く。また、「ホールマスター」はマネジャーが横に付きながら、OJTでホール全体のマネジメントを担う役職である。いわばマネジャーの準備期間に相当し、同様に手当を設けて社員の成長実感を高める仕組みを整備している。この他にもサービスマナーやメカニック、クリンリネスやホールの状態管理などそれぞれの社員の強みを活かす環境づくりを進めている。

それぞれの社員の強みを活かす環境づくりを進めるそれぞれの社員の強みを活かす環境づくりを進める

パート・アルバイトの正社員登用で定着率が9割に

人材獲得に関する戦略として、同社ではパート・アルバイトの正社員登用を積極的に進めている。
「理由の1つは即戦力であること。パチンコ事業では幅広い年齢層のお客様に寄り添いながら、サービスを提供していく必要があります。そこに習熟していくためには、一定の期間が必要で、即戦力という点では正社員登用が効率的です。正社員登用であれば、人材の募集を新たにかけるわけではないので実質的に採用コストはほぼゼロです」(武田氏)

マルハンでは年2回パート・アルバイトから正社員に応募できるチャンスがあり、東日本カンパニーでは2023年8月で20人、2024年2月には31名を登用する予定だ。中途採用のうちパート・アルバイトの正社員登用の割合は約40%。結果的に正社員全体では約5割強が新卒社員、3割弱が一般からの中途採用、残り2割強がパート・アルバイトからの正社員登用となる。正社員登用は狭き門という一般的なイメージがあるが、マルハンが方向転換した理由について川端氏は次のように説明する。

「第一は同一労働同一賃金の実現で、意識的にも社員とパート・アルバイトの格差がなくなってきたことが大きいと思います。もう1つは、そもそもどの雇用区分でも質、量ともに十分な確保が難しかったのが、近年はより厳しく、パイの奪い合いになってきていることです。これまで以上に人材の確保、定着に力を入れていかないといけないという事情があります」

マルハンでは正社員を①日本以外の国も含めて全国どこでも転勤有りの「グローバル社員」、②複数の県をまたがるブロックでの転勤がある「ブロック社員」、③家から通勤できる範囲の店舗しか異動がない「ホーム社員」に区分している。近年、この比率が大きく変わってきており、ブロック社員、ホーム社員の比率がグローバル社員を若干上回る。それに合わせる形でブロック社員、ホーム社員の賃金を上げて、毎月の月例給与に関しては、どの区分の社員も同等とした。

「それが本人の成長につながるかどうかは別の話ですが、慣れ親しんだ地域で仕事ができるというニーズには応えられていると思います。マネジャーは平均40歳で扶養人数も2.3~2.5人ですので、本拠地を決めてそこで働いていくという年代に入ってきます。若い世代も地域に根差して働きたい人が増えており、今後もそういったニーズは増していくと思います」(川端氏)

同社の人事戦略では正社員中心からパート・アルバイト中心に人員構成をシフトし、パート・アルバイトから正社員に手を挙げてもらうことで、正社員の母集団形成を行っていることになる。
「理念への共感やビジネスモデルへの理解度については、一般の中途採用とは全然違いますし、結果として定着率も大きく上がっています。一般中途でいうと3年の定着率は約5割ですが、アルバイト・パートからの正社員登用では約9割です」(武田氏)

パート・アルバイトを入社の入り口として、そこの採用をしっかり成功させることが、同社の全体の人材の広がりにつながっている。賃金上昇を前提とした今後の組織にとって、新たな人材戦略の1つのあり方と言えるかもしれない。
(聞き手:坂本貴志小前和智/執筆:稲田真木子)

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