緻密に品質と労働時間を管理し、生産性を最大化する
Vol.8 ちよだ鮨
人事部部長 西山 浩司(にしやま・こうじ)氏
回転寿司の普及や宅配寿司の台頭により、激しい競争にさらされている持ち帰り寿司。しかし都心でお馴染みの「ちよだ鮨」は、合併・再編の波に呑まれることなく順調な経営を維持している。製造から販売までパート・アルバイト主体の店舗で行う同社が、なぜこれほど長きにわたり支持されるのか。パート・アルバイトの育成と定着、その賃金体系の仕組みを中心に、同社の人材戦略を人事部部長の西山浩司氏に聞いた。
技を標準化。確立された研修プログラム
首都圏に住む人なら駅の行き帰りなどによく目にする「ちよだ鮨」。東京・神奈川をはじめとする首都圏を中心に、海外店舗も含めて約200店舗を展開している。そのうち「回転すし」や「立ち食いすし」といったイートイン業態も12店舗あるが、主力はやはり「持ち帰りすし」である。本格的な江戸前すしを手頃な価格で提供するチェーンストア化により、「すしの大衆化」を推し進めた立役者的企業の1つである。
持ち帰り寿司は、1980年代頃から全国に普及したが、近年は回転寿司の普及や宅配寿司の台頭 により、激しい競争にさらされている。有名店の経営破綻や吸収合併が続いたこともそうした印象につながった。だが、ちよだ鮨は外的環境が目まぐるしく変化しても、持ち帰り寿司としてのブランド力を失うことなく、創業から65年、じわじわと店舗数・売上高を伸ばしてきた。その理由は、「やはり圧倒的な商品力。このクオリティの寿司がこの値段で食べられる、というのが当社の最大の差別化です」と西山氏は語る。
ちよだ鮨では、原材料の魚を自社で調達し、店舗内の厨房で調理して販売する。平均的な持ち帰り専門店では、社員の店長が1人に、他のスタッフはパート・アルバイトで編成し、全員が調理を行う。シャリ玉の成形機や巻き装置など、一部機械化もされているが、「美味しさを生み出すのはやはり人の手です。寿司職人が何年もかけて親方の後ろ姿を見て覚える技術を客観的に分析して標準化し、短い期間で身に付けられるよう研修プログラムを確立しています」と西山氏。
具体的にはトレーニングセンターで技術研修を受け、「訓練を積んだ人以外は店頭に立たない」という仕組みで動いている。採用された新人パートタイマーは全員、最初に本部で開かれる入社時研修に参加し、同社の理念や就業規則などの説明を受けたうえで、研修に入るというフローである。概ね20時間程度で一通りのことは覚えられるプログラムを組んでいるが、習熟度や希望によって延長することもある。また店舗配属後も、必要に応じて研修を受けられるコースを設けている。
賃金改定シーズンに先行して基本時給をアップ。技術給を大きく積み上げ
パートタイマーの賃金体系は、個店ごとの基本時給がベース。最低賃金ではなく、周囲の飲食店の相場や、その地域の最低賃金の上昇にともない予想される変動率を鑑みて、適正賃金を設定する。特筆すべきは「10月の賃金改定を意識して、5月から8月の時点で賃上げをする」(西山氏)という点である。
パート・アルバイトの時給は10月に改定するところが多いが、「他社が一斉に上げるなかで広告媒体費をかけるより、新学期の慌ただしさが一段落し、子どものいる主婦や学生が落ち着く5月頃から夏休みにかけてのタイミングを見計らって先に上げています。応募数増や費用対効果を見据えた戦略です」と西山氏。5月から8月に大量採用するのは、研修や店舗に慣れる時間から逆算して、最繁忙期の年末年始を充実した体制で迎えたいという狙いもある。
パート・アルバイトに支給される時給は、基本時給に技術給として設定される「カルテ給」を加えた額。毎年、各店舗で全員が模擬試験を受け、一定以上の点数を取った者のなかから希望者が本試験に挑戦する。その結果により50円・100円・150円のランク別に時給が加算されるのがカルテ給だ。「スキルを身に付けたいという人が増えるよう、全員一律ではなく、個々に技術給を積ませて差をつけるという方針に転換してきました」と西山氏。パートタイマーにとって自らの技術が向上する手応えとともに、収入もアップするのは大きなモチベーションとなる。事実、「3か月以上続いた方の定着率はきわめて高く、高齢の方も多いのですが、定年の70歳を過ぎても働いている方が157名おられます」と西山氏。なお、最初の3か月での離脱率は3割程度だが、多くは「販売と思っていたら調理もする」というイメージギャップによるもので致し方ない面もあるという。
時間あたり最大の生産性を発揮するよう管理し、労働時間を短縮する
毎年のように改定される最低賃金により周辺店舗の相場も上がるため、パートタイマー1人あたりの給与は総じて上昇している。人件費増のなか、利益を確保するために同社が取り組んでいるのが、労働時間と生産性の徹底管理である。「1時間あたりの売上高に対していくらの労働時間を使うのか。共通の基準を決めて店長がスタッフ一人ひとりの1日の動きをスケジュール化しています」と西山氏。パートタイマーのシフトは売上状況を踏まえて事前に作成・開示するわけだが、勤務当日は作業計画表に基づいて作業を行う。
「例えば、○○さんは9時37分から47分の間にこのラインに入ってこのセットをいくつ作って、という指示が作業場所に掲示されているというものです。商品別、製造個数ごとに実測で決められた基準時間があり、それを組み合わせて作業計画表が作成されます。時間単位の動きを具体的に伝えて、時間あたりで求められる売上が確保できるようコントロールしているのです」(西山氏)。
こうした一人ひとりの生産性は、先述のカルテ給でのランク付けと紐づけられている。基準時間で作業を終えられる技術の育成と時間の無駄を生じさせない分業計画(作業計画表)を組み合わせることで極限まで緻密に効率化し、時間帯ごとの人員の適正化と労働時間の圧縮を実現している。
さらに、昼や夕方のピークタイムに製造時間を近づける取り組みを加速させる。ピークタイムから所要時間を逆算して募集時間の設定やシフト管理につなげる体制だ。これは、子どもが学校から戻るまでに帰宅したいという主婦や、授業の関係で17時には間に合わず18時からなら大丈夫といった学生のニーズにもマッチする。
一方で年収の壁、すなわち年収増に伴う社会保険等の加入については、「本人の理解を得られればどんどん加入してほしいという思いです」と西山氏。毎月、週20時間の勤務時間に達している者に対し、レポートを渡して社会保険の加入を打診している。現在は、2,000名前後のパートタイマーのうち約600名、27.2%が加入している。さらには、店長コースという形で正社員に登用する制度もあり、実績も多数だ。パートタイマーであっても長期雇用のなかで技術力を高め、一定以上のスキルを有する者には次のステップも用意する。
もちろん先ほど西山氏が述べた通り、各店舗には労働時間の制約がある。「もっと長く働きたい」と望む者に対しては「他店応援」という形で時間数を確保している。
さらに最初から店舗を選ばないラウンドスタッフとして働くチームも編成している。複数の店舗で働くにあたり、専門教育を受けたうえでメンバーになるため、「当社の事業所で最も高い時給をベースに、さらに上乗せした時給を提示して、希望者を募っています」と西山氏。現在、20名を超えるメンバーが店舗を回って活躍している。
社員給与も高水準。価格転嫁にはかならず付加価値を
一方、同社の社員数は約360名。そのうち7割が中途採用で、前職が飲食店など同業・類似業種出身者を筆頭に、定着率はかなり高い。「辞めない理由はさまざまだと思いますが、1つは労働時間の管理に象徴される当社の順法精神が信頼につながっているのかもしれません」と西山氏。社員、パートを問わず、店舗スタッフの労働時間は分単位で管理するが、着替えなどの時間も法令通り労働時間にカウントする。また、入居建物の入口から更衣室まで距離がある店舗などは、さらに移動時間を勘案して加算し、1分単位で給与に反映している。「一度離職した後、戻ってくる社員も多いのはそんな当社のよさに改めて気付いたからと自負しています」と西山氏。
社員はまず店長を経験することが大前提で、そのランクも4段階に分かれる。最高ランクになると年収650万円ベースに分単位で残業がつく。「総じて賃金水準としてはかなり高い設定です。貢献度に応じて厚く報いる仕組みです」と西山氏。
社員の人件費も上昇しているため、「インフレなどあまりにも大きな変化のなかでは、どうしても売上高を上げることによって、コストの上昇分を吸収せざるを得ません。しかし単なる価格転嫁ではなく、上げ幅に対して何らかの付加価値をつけるなど、商品開発において試行錯誤を重ねたうえで、全店に展開するという形で進めています」と西山氏。今後は、日本の人口減少を背景にすでに着手している海外進出を加速させるほか、「原材料の調達、および作業の標準化により専門的な商品を廉価に提供するという、私たちの得意とするビジネスモデルを踏襲して、さまざまな“食”に関連するビジネスを多角化していきたい」と意気軒昂である。職人技を標準化し、緻密な戦略によって、持ち帰り寿司という業態の魅力を味わわせてくれる同社の底力に期待したい。小前和智/執筆:稲田真木子)
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