構造的な働き手不足のなか、企業に求められる組織戦略【前編】――守島基博氏×古屋星斗

2024年12月26日

守島基博(学習院大学教授)×古屋星斗(リクルートワークス研究所主任研究員)

人口動態に起因する構造的な人手不足社会を見据え、労働システムや組織戦略は抜本的な転換が迫られている。人材マネジメント論が専門の学習院大学の守島基博教授と、「労働供給制約」を調査研究するリクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員が、令和の転換点後に企業に求められる組織戦略について議論した。


育成戦略のバリエーションを見直す必要性

古屋:日本の労働市場が構造的な転換を見せるなか、人材獲得競争に起因する企業から企業へと人材が移動する「外部労働市場」の拡大が進んでいます。社内で人材育成を行いその人材を配置する「内部労働市場」とのパワーバランスが大きく変わろうとしている今、企業はどのような組織戦略をとる必要があるのか。また、企業を支える政策や法制度についてもご見解を伺いたいと考えています。まず、企業の求人数や求人倍率が過去最高になるなど、採用難が恒常化している現状をどう見ておられますか。

守島:必要な人材を100%確保できている企業は少ないのが現状ですね。大企業でも望む充足率を満たせなくなっています。

古屋:大卒者の平均充足率は74%、しかも充足率は年々下がっています。とりわけ中小企業は60%前後まで低下しています。採用してもすぐに辞めてしまうため、大手企業でも採用や育成にコストをかけず、中途採用で即戦力を確保する動きも目立ちます。

守島氏の写真

守島:考慮しなければならないのは、コストをかけて採用、育成しても辞められると無駄になる、というのは「新卒一括採用」を前提とした認識だということです。採用難で新卒一括採用が機能しなくなると、中途採用も含めた人材獲得戦略のバリエーションを見直す必要が出てきます。しかし、日本企業の内部で今起きているのは「誰も育成しない」という状況かもしれません。どんなに育成しても、他の企業にとられてしまうのであれば、育成投資自体が無駄になるので、働き手の育成を手控える動きです。これは個別企業にとっても社会全体にとっても問題です。

また、中途採用の増加に伴い、その会社で働くうえで重視される「ファーム・スペシフィック・スキル」から、組織を超えて汎用性のある「ジェネリックスキル」へのシフトが進んでいます。しかし、企業は、ファーム・スペシフィック・スキルも残す必要があります。ファーム・スペシフィック・スキルによる他社との差別化が薄れると、企業は自分の首を絞めることになるからです。

古屋:ファーム・スペシフィック・スキルからジェネリックスキルへの転換やバランスを図るのは個別企業の努力によって可能でしょうか。

守島:それは企業側が戦略的に取り組む必要があります。例えば、差別化の核となる人材はファーム・スペシフィック・スキル、それ以外はジェネリックスキルといった具合に、部署ごとに求めるスキルや人を明確に区分する。つまり、人材ポートフォリオの適正バランスを戦略的に把握する必要があります。しかし多くの企業では、そうした違いを意識できていないのが実情ではないでしょうか。

古屋:確かに、同じ会社でも職種によって求められるスキルは全く違います。企業内特殊スキルが必要な職種に重点的な育成投資を図り、長期育成すべき職種とそうでない職種を戦略的に区分することがポイントになりますね。

守島:極端な言い方をすれば、独自の社内育成プログラムを適用するのは企業競争力につながる部門に絞ればいい。研究開発や商品開発の分野は特に重要です。

古屋:成長のポテンシャルにつながりますから、まさにそのとおりですね。

守島:例えば、日本製鉄はコアになる製鉄部門は、これからもメンバーシップ型の育成を続ける姿勢を明確にしています。「戦略的なメンバーシップ型雇用」みたいなものをそこの人に適用し、企業独自のスキルを求めていく人事戦略は十分ありうるということです。

個人の労働契約を支える機能が足りない

古屋:近年、議論や導入への取り組みが進むジョブ型にも課題があります。2024年4月の「滋賀県社会福祉協議会事件」の最高裁判決で、技術職職員に対する企業の配転命令権が否定されています。

守島:エポックメーキング的な判決と言えるかもしれません。

古屋:これまでは経営側の配転命令権を支持する一方、経営側の解雇権を厳格に審査する、という形でバランスが図られてきましたが、専門職志向が急速に高まり、職種別のマネジメントが主流になるなかで、従来のバランスが難しくなっている。この点、どうお考えですか。

守島:難しい問題ですね。ただ、配転命令権は企業が、その企業で働く全ての雇用者に対して持つ必要はないと考えます。例えば、地域や職種を限定して雇用している人には、この地域ではもうこのビジネスはやらない、となった時点で辞めてもらう労働契約を事前に結んでおけばいい。

古屋:個別の労働契約で対応するわけですね。他方、日本の労働者に対して「あなたが会社と結んでいる労働契約にこういう事項があるのを知っていますか」といったアンケートをすると、半数以上が「わかりません」と回答します。労働組合の組織率が20%を下回るなか、労働契約に関する理解度も低い状況は、内部労働市場における待遇改善の足を引っ張る要因になっていないか懸念しています。

守島:一番の問題は、就業規則で労働契約を代替していることだと思います。日本のほとんどの企業がそうです。個別契約は無理でも、雇用する段階で就業規則の内容を書面で、個々人に提示することは義務付けるべきだと思います。

古屋:日本社会に決定的に不足しているのは、個人の労働契約を支える機能だと思っています。これまでは労働組合が代表して労働協約を結ぶ集団的労使交渉が一般的でしたが、今はかつてほどに機能していない状況が多くの会社で顕在化している。

守島:労働協約は労働組合が交渉した結果だから良いとしても、就業規則は従業員が関与しないところで企業が勝手に決めているのが実態です。

古屋:おっしゃるとおりです。ただ、労働者個人が経営者と交渉するのは現実的ではありません。労働者側のライフキャリアの多様性が増したなか、待遇や勤務地、リモートワークの可否も含めて労働条件のあり方も多様化しており、この点について個人の交渉を支える機能が必要だと私は感じていますが、その点、どうお考えですか。

守島:私もそう思います。何らかの法的サポートが必要です。

古屋:日本では個別労働交渉が機能していないために退職代行サービスが利用されている面もあると思います。弁護士以外が退職代行を請け負うことには批判もありますが、一番の問題は多くの退職代行業者が退職金交渉等の退職条件交渉ができないことです。

守島:労働交渉できる専門家を育成し、そのシステムを誰もが利用できる方向に法改正していく必要があります。一方で、2016年に国家資格に位置付けられたキャリアカウンセラーは急増しています。

古屋:7万人を超えましたね。

守島:キャリアカウンセラーに個別労働交渉を担ってもらうのも一つの手だと思います。

古屋:全く同感です。私はキャリアコンサルタントの高度職として「特定キャリアコンサルタント」のような職能集団を分野ごとにつくるべきだと提案しています。個人伴走型の労働交渉や転職相談に対して、今のキャリアコンサルタントはほぼ無力です。

守島:7万人余もいるのだから、しっかり活用しないといけません。国家試験をパスしただけのペーパーキャリアコンサルタントのような人も多いのが実情です。労働条件の交渉というと少し扇動的に受け止められますからそこを強調するよりも、転職を含むキャリアデベロップメントをサポートする体制の充実を入口に、条件交渉へのアドバイス機能を求めていくべきでしょう。

組織をつくるのが先か、戦略をつくるのが先か

古屋:先ほど育成カリキュラムの個別性を高めるべきだというお話がありました。外部労働市場での人材獲得が加速するなか、組織戦略全般について日本企業が打つべき策は何でしょう。

守島:組織戦略は、経営学の世界では「組織デザイン」といいます。学問としては「組織構造論」ともいいますが、ビジネスの場で直接役立つ研究が多いのが特徴です。代表的なのは事業部制や機能別組織の選択の議論です。そこからマトリックス組織の話につながっていきます。

大事なのは、戦略達成のために必要な組織の青写真を描く際、一人ひとりの役割を明確にして初めて、そこにどういう人が必要なのかという議論ができるという考え方です。つまり、戦略に基づく組織のもとに各自の役割がぶら下がるイメージです。企業に必要なのは、こうした戦略の実現のために組織をデザインするという考え方です。

しかし「組織をつくる」ことに関して、日本企業は戦略的・科学的に取り組んでこなかった。どちらかといえば、日本企業の組織は顧客に対応するなかで、後付け的に構築してきた面が大きいと思います。この戦略に合った組織とは何か、というテーマに企業が真剣に向き合わない限り、個々の人材の役割は明確にならず、本当に必要な外部人材も獲得できません。内部人材だけで回せる時代であれば、職務の明確化がなくても、暗黙知で理解し合えました。でも、今後は外部採用などが増え、個々に求められる職務内容を明確にすることが必要になるわけですからね。

古屋:労働供給制約社会に入り働き手という資源が希少性を増すなかで、組織のあり方が経営戦略の幅を決定する、「戦略は組織に従う」ケースも珍しくなくなるかもしれません。

守島:その可能性は十分あります。組織をつくるのが先か、戦略をつくるのが先か。アメリカの経営学者アルフレッド・チャンドラーの有名なフレーズは「組織は戦略に従う」でした。確かにゼロから組織を立ち上げるときには無論、戦略が先です。しかし組織がいったん動きだすと、経路依存性のような形で過去に縛られます。組織と人、戦略はある意味オルタナティブとして、時間の経過によってどちらが先になるかは状況によって変わります。組織が戦略をつくる、という思考がないと、優秀な社内人材も宝の持ち腐れになりかねません。その点で参考になるのが、近年、社内にいる人材を活用して医薬・化粧品分野への参入を果たした富士フイルムです。同じフィルムメーカーでも、戦略を全面的に変更し、デジタルへの移行を進めて経営破綻したコダックとは明暗が分かれました。

古屋:自社商品やサービス、クライアントではなく、社内の人的資本を軸に戦略を再構築したわけですね。

守島:技術は全て人が生んでいるわけですから。チャンドラーの「組織は戦略に従う」という言葉を無条件に受け入れるべきではないということです。

組織デザインの再構築に不可欠な人事のスキル

古屋星斗の写真

古屋:最近聞いた話で興味深かったのですが、大手企業で急速に中途採用数を増やすニーズが高まっている。ここ10数年で大手の中途採用数は10倍以上になっていますので。しかし、従来ほとんど定常的な中途採用をしてこなかった大手企業には大規模な中途採用のノウハウがない。このため大手企業は中途採用の外部化を図ろうとする際に、最初に着手するのが要件定義、つまり採用したい人材の「役割を明確にする」作業だそうです。

守島:そこまで外部依存が進むと、ちょっと心配ですね。

古屋:特に、企業内特殊スキルを外部の人間がどこまで押さえられるか。要件定義の過程で企業内特殊スキルが重要な職種を判断するのは、部外者にはかなり難度が高いかもしれません。

守島:暗黙知ですからね。その場合、内部育成は今までのやり方では駄目で、ジョブを因数分解して言語化する能力が不可欠です。例えば、富士フイルムが世界最高水準のナノ技術を維持しているのは、フィルムメーカーとして培った感光体の研究蓄積があるからです。社内の技術者が感光体の研究をしているときに、そこに含まれるナノ技術とはどういうもので、化粧品を扱うようになった際、肌への浸透を計測する技術に応用できることを担当者は理解していた。つまり、この技術や人材を維持・発展できたのは、企業内部の人材やスキルからの組織デザインの再構築に成功したからです。研究・技術職に限らず、個人が持つ能力やスキル、もしくはジョブに必要な能力や技術を言語化する作業が重要になってきます。

古屋:今の日本企業の人事職のキャリアパスやキャリアラダーには、このスキルを獲得する機会があるのでしょうか。

守島:私がカナダの大学で教えていたとき、どの教科書も最初の章にジョブアナリシス(職務分析)やジョブエバリュエーション(職務評価)が配置されていました。ジョブ、そしてそれに合う要件やスキルをどう定義し、評価するかをまず学びます。日本でも外部採用が増えると、このスキルが重要になってくるはずです。

古屋:どういう職務経験を積めば、言語化や定義づけを体得できるのでしょう。

守島:それぞれの現場で人が実際に働いている姿をどこまで見ることができるかに尽きますね。先ほど個人伴走型の「特定キャリアコンサルタント」に言及されましたが、人事もこれからはエンジニアに特化した人事、営業に特化した人事、あるいは就職支援や転職支援の専門家といった具合に役割が細分化されていくと思います。

古屋:そうなると、職種別人事を束ねるセクターが必要になります。

守島:それは経営の範疇に入るのかもしれません。今の人事は、職務の専門性にも、経営にも特化できていないことが強みを発揮しづらい構造をつくっている。

古屋:CHRO(最高人事責任者)やHRBP(HRビジネスパートナー)が重視される流れのなかで、その機運は徐々に高まっていくのかなとも思います。

守島:多くの企業で人事出身以外のCHROが増えています。先日ある企業の人事研修で「CHROの半分ほどは人事出身ではない」と話すと、一様に驚き、不安を感じた参加者もいました。でも、人事部長とCHROは全く別のキャリアだと考えてよいと思います。人事以外の分野を歩んだ人や、事業経営の実績のある人がCHROになっても全く構わない。

古屋:人事の最終的な目的地も、例えば「人事の経験」×「事業的なスキル」といった、組み合わせのスキルが求められるというわけですね。

守島:そうです。アメリカのGEでは、事業をゼロから立ち上げて一定の規模まで成長させた実績のある人でないと人事のトップに就けない、と以前聞いたことがあります。今求められるのはこうした複合的なスキルだと思います。

守島 基博 氏 (もりしま・もとひろ)
学習院大学経済学部経営学科教授
1986年、米国 イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。著書として『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』(ともに日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(共著、有斐閣)など多数。

執筆:渡辺豪

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