賢く縮む「スマートシュリンク」という選択肢――小峰隆夫氏×坂本貴志

2025年03月28日

小峰隆夫(大正大学客員教授)×坂本貴志(リクルートワークス研究所研究員)

少子化対策などによって人口減少に歯止めをかけようとするのではなく、人口が減っても一人ひとりのウェルビーイングが損なわれないことを目指す「スマートシュリンク」。この考え方を提唱する大正大学の小峰隆夫客員教授と、地方や国に求められる人口減少社会への適応戦略を議論した。


出生率アップを政策目標に掲げる国は少数派

坂本:小峰先生が提唱されている「スマートシュリンク」(賢く縮む)という考え方についてご説明ください。

小峰:日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む平均子ども数の推計値)は1975年に「2」を割り込み、低下傾向が続いています。2023年は過去最低の1.20 でした。これに対し、フランスやスウェーデンの出生率は2000年頃から上昇し、2010年には2.0前後までそれぞれ回復しました。その結果、これらの国にならい、出生率を上げるためには少子化対策を強化すべきだという「刷り込み」が日本に定着しました。私も含めてです。

しかし近年は、これらの国でも出生率が下がり続けています。フランスは2023年に1.68まで低下し、スウェーデンも2023年は統計開始以来最低の1.45に落ち込みました。その背景には政策面の課題のみならず、出産年齢の高齢化など女性の自由な選択の結果と受け取られる面もあります。こうした状況を踏まえると、毎年の出生率に一喜一憂せず、人口が減っても国民一人ひとりのウェルビーイング(心身の健康や幸福)が損なわれず、高まっていくような社会を目指すべきだと考えるようになりました。

坂本:フランスやスウェーデンが子育て支援策や労働政策によって出生率回復に成功した時期は、小峰先生が著書『人口負荷社会』を刊行された2010年と重なります。

小峰:同著の執筆段階では、私ご自身も政府がしっかりとした少子化対策を打てば出生率は回復していく、と考えていました。しかし、その後、フランスや北欧諸国の出生率が下がり、それが個人の自由な選択の結果であるという無視できない現実を目の当たりにして、私自身の経済政策の方向性に対する見解も変わってきたのです。

その結果、私のなかには岸田内閣が打ち出した「異次元の少子化対策」やそれを踏襲する石破内閣の子育て支援策が、過度な政策資源の投入にならないかという問題意識が生じています。EBPM(証拠に基づく政策立案)も経ていない、政策効果の検証が不十分な政策に巨額の予算が投入されようとしています。これまでの人口減少対策は「国家存亡の危機だから、できることは何でもやるべきだ」という声に背中を押されてきましたが、それは正しい判断と言えるのか。破格の政策資源を投入しても結局成果は上がらなかった、ということにならないか。私は少子化対策そのものを否定しているわけではありません。データに基づいて現実を把握したうえで目標を見定め、何をすべきか、一度立ち止まって再検討した方がいいと考えています。

坂本:出生率回復に向けた施策とスマートシュリンク「賢く縮んでいく」施策との関係性はどのように考えられていますか。

小峰氏の写真小峰:時の政権が、「異次元の少子化対策を実行すれば人口減少は止まる」と受け取られかねないトーンで政策アピールしてきたことで、お金を使えば出生率は徐々に回復していく、人口も8,000万人ぐらいで維持できそうだという漠然とした期待を国民に抱かせてしまった面は否めません。その最大の弊害は、人口が増えることを前提にした既存の社会システムが惰性的に温存されることです。

本来、出生率上昇のための取り組みとスマートシュリンクはそれぞれ独立した課題と割り切った方がよいでしょう。じつは世界で出生率アップを政策目標に掲げる国は少数派で、韓国、中国、日本といったアジアの国に限定されます。先進国では女性の社会参画や子育て支援、婚姻制度のあり方が社会の流れと適合していない面があることが出生率低迷の要因につながっている、という考え方が主流です。出生率の低迷は何らかの社会的なひずみが生じていることを示す指標と捉え、ひずみを一つひとつ取り除いていくのが本来の目的だという考え方です。出生率低下という社会現象そのものではなく、社会が健康を損ねている個々の要因にフォーカスするアプローチです。

出生率は女性が一生の間に産む子どもの数です。これについて、「今は1.20しかないからもっと上げろ」という主張は、詰まるところ「女性として生まれたからには子ども2人は産め」という社会的圧力と同調しかねず、先進的な民主主義国家のあり方としていかがなものか、との感もあります。

地方はスマートシュリンクの最前線

坂本:小峰先生はスマートシュリンクの目的を、一人ひとりのウェルビーイングの追求に置かれています。一方、目指すべき目標として国際的なプレゼンス向上や、GDP(国内総生産)など経済規模の拡大を重視する人もいます。

小峰:出生率のために経済力を高める、という発想は以前からおかしいと感じてきました。経済活動は人間に奉仕するために行われるのに、経済によって人間の出生率が差配される状況は主客転倒というだけでなく、実態とも乖離すると思います。

国力の拡大を目的に挙げる人は最終的な目標と通過点の目標を取り違えているのではないでしょうか。一人ひとりのウェルビーイングを最大限高めていくのが誰にとっても最終的な目標であるのは論をまたない。仮にGDPが4位から3位に浮上しても、その結果、国民のウェルビーイングが下がれば無意味です。

坂本:スマートシュリンクを進めるにはさまざまな政策転換が必要になりますね。

小峰:スマートシュリンクに向けた動きは既に各方面で始まっています。人手不足に自動化で対応している企業の取り組みも、少子高齢化において社会保障制度を持続させる政府の取り組みも、人口減少下で人々のウェルビーイングが損なわれないようにするスマートシュリンクの動きと捉えられます。人口減少対策に関して、これまでと根本的に異なる対応が必要な分野はそう多くありません。

例外はスマートシュリンクの最前線ともいうべき地方です。保育園の増設などによって子育て世帯を中心に人口が増えている自治体を、「モデルケース」とマスコミは持ち上げますが、自治体間で子育てしやすい環境を競い合ったところで基本はゼロサムゲームです。日本全体の人口が増えない限り、ある地域の人口が増えた分、別の地域の人口が減るわけですから。地方の場合、頑張って子育て世帯を集めても、その子どもたちが就職や進学する年頃になると結局都市部に流出してしまう。長期的に見れば、地方が域内の人口をコントロールする力はかなり限定されます。そう考えれば、地方は人口減少を止める対策に予算を投じるのではなく、人口が減っても地域住民のウェルビーイングが向上する政策への転換を急ぐ必要があります。

坂本:首長選挙で「スマートシュリンクに取り組みます」と訴える候補者が現れても、有権者がその候補に投票するかという問題もあります。

小峰:そうですね。「人口減少を止めて子育て世帯を呼び込みます」と唱える候補者に魅力を感じる有権者が多いのが実情でしょう。スマートシュリンクは政策の旗印になりにくい。とはいえ、例外も存在します。例えば、岡山県美咲町の町長はスマートシュリンクを街づくりの旗印に掲げています。教育施設や下水道整備などさまざまなインフラの整備や補修に取り組む際、人口減少を見据えた長期的な視点が不可欠だと気付いた、と話しておられました。信頼と実績のある首長が地方でこうした主張を展開することで、現実と乖離した楽観的な活性化策を掲げる首長はかえって危うい、と受け止める有権者も増えるのではないでしょうか。

実際、地方ではさまざまなスマートシュリンクが実践されています。コンパクトシティや関係人口を増やす取り組みもそうです。人口が減っても集積の利益が損なわれないような手段を整えておくという意味で、これらもスマートシュリンクの一種だと思います。

坂本:国の政策のなかにスマートシュリンクを広める取り組みはありますか。

小峰:石破内閣が2024年12月に決定した「地方創生2.0」の冒頭の「基本的な考え方」のなかにスマートシュリンク的な考えが盛り込まれています。具体的には「今後、人口減少のペースが緩まるとしても、当面は人口・生産年齢人口が減少するという事態を正面から受け止めた上で、人口規模が縮小しても経済成長し、社会を機能させる適応策を講じていく」という下りです。これはまさにスマートシュリンクの考え方です。ここでは人口減少について「当面は」と限定的な表現にとどめていますが、今の働き手不足は「構造的な問題」で、かなり長期にわたって続くという覚悟で臨む必要があります。生産性を上げたり、リスキリングによって労働力の流動性を高めたり、といった政府の成長戦略も人手不足への対応ですから、これもスマートシュリンクの一環と捉えられます。一方、年金制度など社会保障に関しては楽観的な人口推計に基づいて設計されている面も否めず、政府内でもスマートシュリンクの認識は徹底されていないと感じます。

「一極集中は是正すべき」なのか

坂本:基本的に市場メカニズムに任せていればスマートシュリンクは進む。それを妨げる仕組みをできる限り取り除くべきだ、というのが小峰先生のご見解ですね。

小峰氏の写真小峰:私の経済学の基礎認識もそこにあります。例えば、東京一極集中も人々の自由な選択の結果であれば否定できないと考えています。「一極集中は是正すべき」というのも思い込みの面はないでしょうか。私は人口が特定のエリアに偏るのを恐れず、むしろ自由に移動しやすくするべきだと考えています。都市で働いてきた人がリタイア後、農地を取得しやすくして地方移住のハードルを下げたり、現役世代もライフサイクルのなかで住居や働く場所をもっと自由に変えられたり。こうした制度が進めば地方の課題解決にもつながるはずです。今後、大都市圏では介護施設の不足が見込まれる一方、地方では余るところも出てきます。そうなれば、老後は地方暮らしの方がいい、という人が増える可能性もある。先々のニーズも見据え、転居しやすい環境整備が求められます。

また、現役時代に稼いだ分の税収は大都市圏に落とすのに、老後に地方に移住すると社会保障費などを地方自治体が負担することになる。こうした財源の分担はおかしいというのであれば、大都市圏から地方への適切な財政移転の仕組みが必要です。

坂本:少子化対策として出産時の給付金として「3人目以降は1,000万円」を給付するのはどうか、といった意見も出ています。

小峰:少子化を止めるのが最終目標だと考えると、そういう政策提案も必要になるのかもしれません。仮に第3子以降に1,000万円支給する制度が実現すると、一時金目的で養子として3人目を迎え、結託した家族間で分け前にあずかろうとする人や、海外で暮らす人が3人目を日本で産むケースも出てきそうです。そうした混乱やトラブルを考慮に入れると、極端な政策は避けた方がいいでしょう。そもそも、そこまで頑張って子どもの数を増やす必要はあるのか。スマートシュリンクに舵を切れば、全く異なる判断になると思います。

小峰 隆夫 氏 (こみね・たかお)
大正大学客員教授/日本経済研究センター理事・研究顧問

1947年3月6日生まれ。1969年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁、経済研究所長、物価局長、調査局長、法政大学教授などを経て、2017年から大正大学教授。現在大正大学客員教授、併せて日本経済研究センター理事・研究顧問などを務める。専門は、日本経済論、経済政策論。主な著書に、『平成の経済』(日本経済新聞出版、2019年、第21回読売・吉野作造賞受賞)、『私が見てきた日本経済』(日本経済新聞出版、2023年)など多数。

執筆:渡辺豪

関連する記事