構造的な働き手不足のなか、企業に求められる組織戦略【後編】――守島基博氏×古屋星斗

2025年01月09日

守島基博(学習院大学教授)×古屋星斗(リクルートワークス研究所主任研究員)

人口動態に起因する構造的な人手不足社会を見据え、労働システムや組織戦略は抜本的な転換が迫られている。人材マネジメント論が専門の学習院大学の守島基博教授と、「労働供給制約」を調査研究するリクルートワークス研究所の古屋星斗主任研究員が、令和の転換点後に企業に求められる組織戦略について議論した。


構造的な働き手不足のなか、企業に求められる組織戦略【前編】はこちら

労働供給制約下で、“縦割り”で労働政策をつくる限界

古屋:「雇用・労働」に関するニュースに接する機会が増えました。この分野の社会的インパクトや情報価値も高まっているように感じられます。構造的な働き手不足が深刻化していることが背景にあると考えれば、今後この傾向はさらに強まっていくのではないでしょうか。

守島:労働問題が日本経済を左右する重要なインパクトファクターになってきた、というのはよくわかります。そのなかでの課題は、政策立案を担う霞が関の縦割りです。私は厚生労働省の官僚に、所管外の分野の動向も注視するよう求めています。社会保障や経済政策、子育てやその先にある国家インフラのあり方といった点なども考慮して労働政策を企画立案しなければいけない時代になりました。今のような省庁の縦割りが続けば、日本の労働政策は末梢的な対応に終始することになると懸念しています。

古屋星斗の写真
古屋:全く同感です。審議会などでも各省所管の予算や法律の範囲に議論を限定すると、解決策が導き出せない事態が実際起きています。私はこれからの日本を考えるとき、国を挙げて取り組むべき論点の一つが可処分時間の問題だと思っています。働き手不足が特に深刻な医療・介護分野をはじめとする労働需要に対しては供給が追いつかない状態になりますから、全ての人のシャドーワークが増える。すると可処分時間が減ります。そうなると、労働投入量のポテンシャルも下がり、個人の幸福感や共助に関わるさまざまなコミュニティ活動も地盤沈下してしまいます。可処分時間をいかに増やすか、を政策目標として設定すべきです。労働政策の分野では生産性や労働時間、副業・兼業といった議論になりますが、実際は通勤時間も可処分時間に大きく影響するので都市計画や交通政策もリンクしますし、もちろん産業政策や子ども・文教政策も絡んできます。これらを包括的に議論する場がないため、政策企画のリソースとなる官僚の力も活かせず、非常にもったいないことになっていると感じています。
 
守島:東京一極集中の議論も労働に影響を与える課題として重要で、本来、もっと包括的・重点的に議論しなければならないテーマですが、いっこうに進んでいません。例えば、都心の企業が託児所をつくっても通勤ラッシュの電車通勤では利用は困難です。移動の自由度を高める車通勤は可処分時間を増やす可能性がありますが、都市部では渋滞が慢性化しています。

古屋:以前、リモートワークを分析した際、在宅勤務が地域コミュニティの社会活動の活性化に大きく寄与している実態が浮かびました。通勤時間がなくなったぶん、可処分時間が増えたからです。リモートワークはまちづくりとも論点が重なるわけです。これは、リモートワークによって生産性が低下するなどといった労働政策的な観点では捉えきれない側面です。マクロな次元の社会政策を推進するうえで重要な示唆を与えていますが、例えば税制改正によってリモートワークを後押しできないか、といった議論は今の省庁の枠組みではできません。

守島:労働政策は厚生労働省がつくるものだ、というこれまでの“常識”から抜け出さない限り難しいかもしれません。さらに、厚労省内でも労働行政と社会保険分野に分離しているのが実情です。企業が定年まで雇用する前提であれば、その期間の労働環境を整備・維持することで事足りましたが、労働市場が活発になり、転職が増えることでさまざまな問題が顕在化している今、それでは対応しきれなくなっています。

採用と育成をセットで考える

古屋:雇用や労働が社会に与えるインパクトが大きくなっているという話に戻すと、企業の人材獲得競争が激しくなるなか、CHRO(最高人事責任者)に全てを任せるのではなく、トップのCEO自らが人事的な素養を持たないと、時代に即した経営ができなくなるのではないかと感じています。とある大手食品メーカーの社長とお話ししたとき、自社の食品加工の現場の状況や現場の労働環境を子細に把握しておられることに感服しました。人手不足が深刻化する現場で働く人がどういう状態に置かれ、何が課題なのかを経営者が熟知しているのは、企業の大きな強みになると実感しました。
 さらに言うと最近、大規模な設備投資に成功した企業のトップの傍らには優秀な参謀がいると感じます。特に、オペレーション改善に熟知した工場長やエリアマネジャーの集団で構成される、たたき上げのチームがこの参謀役を担っていることがある。私はこういう人たちのことを「現場参謀」と呼んでいるのですが、現場のムリやムダを解消し生産性を上げる設備投資・ソフトウェア投資の計画にあたって有効な助言機能を果たしている実態も垣間見えます。

守島:人材に関する施策を打つうえで、現場を知る人は絶対に必要です。毎朝7時に工場を回って、出勤してくる工員さんに「おはようございます。今日もよろしくお願いします」と声をかけることが自分の一番重要な仕事だとおっしゃっていたトヨタの人事部長もいました。トヨタの企業としての強みはこういうところにあると感じました。普段から現場を回って一人ひとりの顔を見る人事部長がいる企業は変化への対応も柔軟で、生産効率の面からもこうしたあり方はきわめて重要だと思います。

古屋:示唆に富んだお話です。私が懸念するのは、外部人材調達にコストが偏る一方、人材育成にお金がかけられなくなっている点です。外部人材調達と内部労働市場での育成をどう両立させるか。この点についてどうお考えですか。

守島:採用にどこまでコストをかけるかという話と、どういう形の育成をするかはセットで考えるべき問題です。新卒採用はポテンシャル採用だという議論がありますが、本当にそうなっているでしょうか。オンライン面接も採り入れた今般の新卒採用の話を聞くと疑問を感じます。ポテンシャル採用というのであれば、お金もかけて一人ひとりが持つ能力の可能性を見定め、それを徹底的に引き出す育成をすべきです。中途採用の場合、スキルに関する育成は不要でも企業文化や価値観のキャッチアップが必要なケースもあるでしょう。トータルの連携プレーで人材の価値を実現するわけですから。人的資本経営のため、それぞれに合った個別の育成にコストをかけるのは不可欠です。

古屋:そうですね。私は中途採用が増加するなかで、大手企業内で採用と育成の接点が薄くなっている状況を危惧しています。そこで提案しているのは、新卒採用時の面接で必ず質問する「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)の活用です。これはほとんどの企業で採用時の情報として消費されて終わってしまっていますが、学生時代に起業した人もいれば、何年間もインターンシップをしていた人もいる。そういうスタートラインの多様性を、採用の段階で企業は保有しているのですから、この情報を個別の育成に取り込んでいく必要があると思っています。「ガクチカ」として採用活動で消費して終わり、ではもったいない。

守島:この人にはこういうポテンシャルがあるから採用した、という情報が社内で共有されなければいけません。それに合わせて初任配置やその後の育成プランも決め、同時に配属先の現場に情報提供することが、それぞれの能力を最大限に引き出すことにつながります。

古屋:採用と育成のチームが別動隊のように分離してしまっている。先日、とある大手企業の人事向け研修に陪席した際、座席の配置が右側は採用チーム、左側が育成チームという形に分かれ、ワークショップもそれぞれ別々にやると聞いて大丈夫かな、と思うことがありました。

守島:採用と育成のチームを一体化させる企業も少しずつ出てきました。とはいえ、新卒採用は日本企業のメインイベントになっているため、人材確保というよりは数合わせになっている面も否めません。確保すべき目標人数を達成したかどうかで成否を判断しがちですが、もちろんそれで完結するわけではなく、大事なのはその後、確保した人材をどれだけ育成し、活用できるか、ということですから。

規制を行う主体は誰なのか

古屋:さて、2023年、日本の転職希望者が1,000万人の大台を超えました。40代で賃金が1割以上伸びた人が40%を超えるなど、転職によって給与が上がる人が増える状況が徐々に顕在化しています。

守島氏の写真守島:人材の移動は、社外への転職だけではないと思います。内部労働市場をどこまで個人の意思に基づいた流動性のあるものにするかが問われているからです。つまり、自身のキャリアを豊かにするために異動を希望する社員が、社内で手を挙げやすくなることが必要になっている。そのためには、異動先のポジションの給与情報に加え、仕事の内容についても具体的にどういうチャレンジができるかといった要素も含めてしっかり提供していく。それが一般化すれば外部との比較も容易になり、企業側も人材流出を防ぐため賃金やその他の労働条件や働く環境を向上する方向に動くのではないでしょうか。

古屋:企業の意思決定を支える労働・社会政策についてもお伺いしたいと思います。私は、働き方改革は就業率を押し上げ、日本の労働投入量を押し上げたと評価しています。有給休暇を増やしたり、労働時間の上限規制を導入したり、短時間で働きやすい職場環境の形成を促すことで労働環境が改善され、とりわけこれまで労働市場に参入できなかった女性やシニアの労働参加が促進されました。ただ、企業の人事労務管理の観点からは現在の労働時間規制には一律性が強く、課題感も聞くことが多いです。この点についてどう考えていらっしゃいますか。

守島:そもそも労働時間規制を行う主体は誰であるべきなのか、という視点が必要です。今は企業あるいは政府が行うものだと考えられています。働き手にとっては上から降ってくるような感覚でしょう。しかし本来、労働時間は原発での危険作業など特殊な仕事を除けば、働き手本人が管理すべきものです。労働環境も含め働き手の判断で拒絶・規制できるよう、それを支える方向に労働政策の根幹を転換していくべきだと思います。

古屋:副業・兼業も一定程度浸透しているなかで、労働時間の企業管理が限界を迎えている、ということもありますね。自分の労働契約の内容を日本の労働者はほとんど知らない、という話もしましたが、私は労働時間に限らずハローワークにはライフイベントに応じたワークルールや働き方をアドバイスする機能があってもよいと思っています。希少になっていく働き手個人をどう支えるかの観点で考えなくてはいけない。ルールを知らないために自身が、何が権利で何が義務かがわからない。すると身近な問題、例えば職場の人間関係がまず気になってしまい、自分のライフキャリアにとって最も良い選択ができなくなっているのではないでしょうか。

守島:アメリカの職場を見ていると、勝手に中抜けしますし長期休暇も平気で取得しますからね。それに関して一つ例を挙げると、三井住友海上火災保険が2023年に創設した「育休職場応援手当(祝い金)」があります。社員が育児休業をとる際、職場の人数規模などに応じて育児休業取得者本人を除く所属チーム全員に一時金を給付する制度です。「GOOD ACTIONアワード」で「Cheer up賞」を受賞しましたが、私はこれは育児休業制度の普及がいまだに過渡期にあることの証拠だと思っています。本来はこうした制度がなくても、チームが育休をとる人を温かく受け入れるのが正しい姿だと思います。また、2025年4月からは、夫婦で育休をとると、育児休業給付が実質的に10割になる制度が始まりますが、将来的には、両親がもっと柔軟に子育てに参加できるように、労働時間管理を働き手に任す方が良いのではないかと思います。

古屋:性別役割分業の時代は終わり、多くの労働者が直接ライフイベントの影響を受ける就業社会に突入しています。労働供給制約に直面するなかで、多様な労働者が活躍する企業社会を構築しなくてはなりませんから、個人を個別に支える仕組みづくりを考えなくてはなりませんね。

守島:また、働かない権利もあると思います。例えば、10年間働いた人がここで休みたい、もしくは勉強し直したい、と考えたときは一定期間休職できる権利や状態づくりも必要です。例えば、いったん休職して、再就職しても、人材としての価値を評価して賃金などが下がらない人事管理とか。その方がトータルの生産性は上がりますから。人生のなかでこの期間は働く・働かないという選択のハードルをもっと下げていく必要がありますね。

守島 基博 氏 (もりしま・もとひろ)
学習院大学経済学部経営学科教授
1986年、米国 イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。厚生労働省労働政策審議会委員、中央労働委員会公益委員などを兼任。2020年より一橋大学名誉教授。著書として『人材マネジメント入門』、『人材の複雑方程式』(ともに日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(共著、有斐閣)など多数。

執筆:渡辺豪

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