Casefile.5 秋田県立能代松陽高等学校

将来の地方都市の姿を見据えた上で、自分自身のキャリアを描き、選択できる力を

2020年12月23日

少子化や人口減少といった背景を受け、秋田県立能代北高等学校と能代市立能代商業高等学校が統合し、2013年に開設されたのが能代松陽高等学校だ。「グローバルな視野で未来を切り拓く力を持つ人間の育成」を教育理念に掲げ、普通科、国際コミュニケーション科、情報ビジネス科と特色の異なる3科を設置。卒業後に就職するのは、3割から4割の生徒でそのうち半数は地元で就職する。今後も人口減少が進むと予想される同地域において、キャリア教育と進路・就職指導はどうあるべきか、高校は生徒に何ができるのか、現状とこれからについて進路指導主事の吉田英亮先生に伺った。

(学校プロフィール)
秋田県立能代松陽高等学校
創立:2013年4月
設置学科:普通科、国際コミュニケーション科、情報ビジネス科
生徒数: 771名
進路状況:進学133名、就職73名、その他1名(2020年3月卒)

特色ある学科構成、進路の多様性が指導の難しさにも

同校のある秋田県能代市では、ほかの地方都市と同じく急速な人口減少に直面している。2020年9月の調査では市の人口が5万人を割り、2060年には2万人を切るとの推計もあるという。そうした背景のもと、秋田県の高校整備計画により市内の2校を統合し、2013年に能代松陽高等学校としてスタートを切った。それまでの普通科、商業系の情報ビジネス科に加えて、目玉として国際コミュニケーション科を新たに設置。情報ビジネス科では資格取得や検定試験を重視し、国際コミュニケーション科は英語学習に重点を置き国際交流などの行事も豊富と、3科それぞれが特色のある教育を展開している。一方で、3科のカリキュラムや行事予定が大きく異なること、進路が多様であることから、学校全体としての進路指導の難しさもあるという。

進路学習やインターンシップを主軸とした進路指導

現在、同校がキャリア教育目標として重点を置いているのが、“社会人基礎力”の育成だ。「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの力を、各科の授業や行事、進路学習やインターンシップといった高校での活動のすべてを通じて、伸ばしていくことを目指している。自身の進路やキャリアについて考える主な機会としては、進路ガイダンスや社会人を招いての講話、大学・専門学校の説明会など、進路関連の行事が中心。行事ごとに振り返りを行うなどの工夫をしているが、3年間を通じたキャリア観の醸成といったところまでは踏み込めていないのが現状だ。
一方で、同校ならではの取り組みとして、デュアル実習が挙げられる。能代商業高校時代の2004年から文部科学省のモデル事業指定を受けて取り組みを開始。3年間のモデル地域指定の後は、能代市と協力し「能代デュアルシステム」として継続、幹事校として能代市内の参加校の取りまとめを行っている。生徒の受け入れを表明しているのは地元企業の約100社。実施期間は2~4日だが、インターンシップよりも実際の就業体験に近い形で実施されている。地元での就職を希望している生徒や、具体的にその企業への就職を考えている生徒を中心に希望者を募るため、参加者数は限られるが、実際の仕事を理解する貴重な機会となっている。

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長年の蓄積をもとに、教員個々が手厚いアドバイス

同校の進路指導部は11名。主事が全体を見つつ進学の窓口を担当、副主任が3年生を統括し就職の窓口を担当するほか、学年ごとに3名(うち1名は学年主任)が兼務している。その中で、前述の進路関係の行事全般を、学年主任が中心となって行っているのが、同校の特徴といえそうだ。生徒の個別指導は、担任がベースとなるが、就職に詳しい先生のもとに、生徒が直接相談に行くことも多い。就職担当は企業との連絡・調整や学校内の調整を主に行い、必要に応じて教員や生徒に対し個々のサポートを行う役割を担っている。生徒の希望する企業が重なった場合(※1)には、選抜委員会の中で、成績や部活動など、学校での評価材料を並べた上で、決定する形となる。また、秋田県は全国でも珍しく複数応募(※2)を可としているが、地元企業への就職が多い中では、従来通り1社ずつ選考を受けていく方が指導しやすいのが実情だという。「都市圏のように大量に募集している企業が周囲にたくさんあれば複数受験もしやすいと思うのですが、地元の企業は募集枠がそれほど多いわけではないので難しい面があると思います」と吉田先生。そういう意味では、事前の職場見学も、複数社を見学して比較検討することを目的としたものではなく、自分の志望がある程度固まった段階で最終的に自分が働く場所を確認するという向きが強い。「長年の経験から就職指導に長けた先生もいらっしゃるので、教員同士が情報交換しながら、個々では、生徒に寄り添った丁寧な指導ができているのではないかと思います。卒業生と先生とのつながりもあるので、職場を辞めてしまった生徒が相談に来ることもありますね」。ミスマッチや早期離職の問題は、同校としても課題に感じるところではあるが、卒業生の追跡調査や学校として卒業生への対応は現状では行っていない。そういった点でも、先生個々人の力に頼っている部分が大きいと吉田先生は考えているという。

3年間を通じ、体系的な“キャリア観の醸成”を

現在のところ、先生一人ひとりの手厚い指導とこれまでの蓄積により、希望の就職先へつなぐことができているものの、今後の地域の状況を考えた時、吉田先生は「就職先の決定に至るまでのプロセスを、もっとしっかり時間をかけて、体系的・計画的にやっていく必要がある」と考えている。「例えば、現在生徒たちが就職先を選ぶときに何を見ているかというと、まず県内か県外かがあって、次にどんな系統の職種や業種がいいか、求人票を見たりして探していく。あとは、先輩が行ったから、話を聞いたことがあるから、親の紹介でというのも多い。残念ながら、自分が何をしたい、将来どうなっていたいというところまで考えて選べているわけではないと思います。ですが、今後の地方都市に残るというのは厳しい選択になるでしょうし、転職する人も増えていくでしょう。そう考えた時に、就職したあとの生徒たちの生き方や、キャリアをどう積み重ねていくかといったところを、高校3年間の中で考えて選択できるようにしてあげたいと思うのです」。具体的には、学習指導要領の改訂に伴って高校で力を入れている「総合的な探究の時間」をバージョンアップさせていくことだという。以前赴任していた秋田県立能代高等学校では、生徒を学校外のいろいろな人とつなげるということを意識してプログラムを設計してきた吉田先生。「1年生で探究の仕方を学んで、2年生では自分の興味関心に合わせて、1人で自分の将来のことやキャリアを考えて、探究のサイクルを回していく形にしたんです。その中で、生徒同士を今まで以上につないだり、生徒を地域の人とつないだり、専門的な研究をしている大学の先生や学問とつないだり、というのを意識した。そうすると、3年生で活動を振り返った時、履歴もたまっているので、進路指導の場面でとても効果的で、生徒の志望理由の指導もスムーズになりました。本校でも、特に就職を希望する生徒には、地元で働くとはどういうことか、地元で頑張って働いている身近な人たちと何らかの形で接点を持って、具体的にイメージ・体験する機会を準備してあげることが、今まで以上に大事になるのではないかと思っています。生徒の成長に関わる我々が、生徒のその先の生き方や在り方を意識することで、生徒も意識するようになる。キャリア観というのは学校の教育活動すべてにおいて教員が持っていないといけないものだと思います」
高校は今後、生徒の就職についてどのような役割を担っていく必要があるのだろうか。「ただ就職するということだけであれば、正直、学校がそこに介在しなくてもできると思うんです。生徒は情報を引っ張り出してきて、そこから自分の条件に合ったものを選んで、自分で受けに行けばいいだけの話なので。ただ、生徒の人生は就職して終わりではなく、社会に出てからの生徒のその先の先、生涯にわたって続くその人の生き方や在り方についても考えさせるというのは多分、学校でしかできないことだと思います」
今後の課題は、これまでに同校が蓄積してきたリソースや学科ごとに特色のある行事を生かしながら、3年間を通した活動に再編することだ。吉田先生は、核となる若い世代の先生が頑張りやすい環境を作りながら、一緒に能代松陽の新たなキャリア教育に今後、取り組む予定だ。

吉田先生.jpg●能代松陽高等学校 吉田英亮先生が考える、高校と高校の先生だからできること
・生涯にわたる自分自身の生き方や在り方について考えさせること
・その選択が生徒にとって望ましいものか、客観的にアドバイスすること
・寄り添って一緒に考え、必要なところにつないであげること

 

(※1)企業により異なるが、ひとつの求人に対して学校から推薦できるのは1名となるため校内選考が行われる
(※2)高校斡旋による就職では、応募解禁日から一定時期まで応募できる企業を1人1社(単願)とするのが一般的。都道府県によりルールが異なる

執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書きは取材当時のものです。

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