Casefile.8 東京都立多摩工業高等学校
延べ3カ月の長期訓練を行う「デュアルシステム科」。“地学地就”の好循環で、人材の定着を目指す
2018年、都内で2校目となる「デュアルシステム科」をスタートさせた同校。デュアルシステムとは、学校と企業が連携し、長期間の職業訓練を行うことで実践的な技能を身に付け、双方の合意があれば実習を行った企業への就職も可能な職業訓練制度。多摩地域は、製造業を中心に「ハイテク産業の集積地」ともいわれ、ニッチ分野でトップシェアを誇る企業も多いエリア。そんな多摩地域において、同校が目指すのは「地学地就」。文字通り、“地域で学び、地域で働く”、その好循環をつくり出すことだ。スタートから3年、初の卒業生を送り出すデュアルシステム科の取り組みと今後について、副校長の千葉先生、同科の星先生にお話を伺った。
(学校プロフィール)
東京都立多摩工業高等学校
創立:1963年4月
設置学科:機械科、電気科、環境化学科、デュアルシステム科
生徒数: 495名
進路状況:進学51名、就職114名、その他1名(2020年3月卒)
リアルな仕事経験が、進路目標を明確にする
日本版デュアルシステムの導入(2004年)に先駆け、2001年から東京都の工業高校で導入・検証が行われていたのが「東京版デュアルシステム」だ。2004年には、ものづくりの街である東京都大田区に、全国初のデュアルシステム科を設置した都立六郷工科高等学校が開校。その取り組みを踏まえて、同じく製造業が盛んな多摩地域にある同校で、2018年にデュアルシステム科がスタートした。背景には、企業で実際に働くという体験を取り入れた学びを通じて、早期離職などの社会問題に取り組もうという狙いがある。その一方、生徒にとっては「自分の体験から、進路目標をたてられる」というメリットが大きい。「9割強の生徒が、卒業したら就職するという意識で入学してきます。自分が体験した企業について生徒同士で情報交換して、じゃあ次は○○の企業へ体験に行ってみようと、作戦をたてる生徒が多いですね。そこが一番の強みだと思います」と同科の星先生。
3年間で最低6社、延べ3カ月の実習が自信に
デュアルシステム科では、既存の3科(機械系・電気系・環境化学系)すべてを学ぶことに加え、延べ3カ月という企業実習と複数の企業を経験できる機会がある。1年次には、工場見学(3社)と企業実習(5日間×2回)、2・3年次に1カ月の企業実習を3回実施する計画となっていて、他科では、工場見学1~2回、企業実習は2年生のインターンシップで3日程度ということなので、その差は歴然だ。
「1年生では、2・3年次の長期の企業実習に向けて、社会人になるための準備としてショートワーキングプログラムという授業を行っています。最終目標は、どういう職業に就きたいか、自己理解を深めること。1年をかけて、働くことやマナーについて学んだり、工場見学、実習先企業への事前訪問、企業実習、実習の成果発表までを行います。工場見学や実習は、デュアルシステム科の協定企業へ行きますが、毎回違う企業を選ぶようにしています。2年生の企業実習の1回目も、それまでに行ったことのない企業へ行くので、3年間で最低6社は見ることになりますね。実際に行ってみるとイメージががらっと変わることもあるので、幅広く職種を見てほしいと思っています」と星先生。
実際、実習を経て生徒の意識は大きく変わるという。六郷工科高校から赴任しプログラムの設計に関わった千葉副校長は、「実習の前後でアンケートをとっていて、毎回、働くことについてどんなイメージがあるか3つ書かせているんです。初めは『お金』とか『つらい』といった意見が多いのですが、2回目の実習が終わるころには、『信頼』とか『チームワーク』、『協調』、『やりがい』といったワードが増えてくる。2年生の終わりごろには、顕著に変わります。自分で経験したことはもちろん、社員の方の言葉の印象もあると思いますが、その変化には驚かされますね」。星先生も、「個人の成果発表の前に、準備としてグループワークを行うのですが、情報交換の中でそうしたキーワードが浸透していくのでしょう。こちらがフィルターをかけて説明するより、生徒間なので心に響くのだと思います」と、リアルな体験がもたらす生徒の成長を実感しているそうだ。
協定企業との連携で、より良いマッチングを図る
2021年卒がデュアルシステム科の初の卒業生となるが、就職指導はどのような体制で取り組んでいるのだろうか。「就職に関しては、進路指導部が他科を含めて一括で対応しています。デュアルシステム科としての指導というのは、まだどの先生も経験がありませんので、今一緒にルールづくりをしながら進めているところです」(千葉副校長)。企業を探す場合は、協定企業以外は、一般の高校就職と同じく進路指導室にある求人票を見て探す、そうでなければハローワークやジョブサポーターへの相談、ハローワークの求人検索を利用する。求人票の見方は進路指導担当の先生が説明するが、共通して伝えているのは離職率をチェックすることだ。もし、同じ企業へ生徒の希望が重なった場合には、成績順で希望するところを選択していく。ちなみに2020年度は、デュアルシステム科の約3分の1の生徒が、実習先である協定企業への就職を希望したそうだ。今後の展望について、千葉副校長は「デュアルシステム科に関しては、就職指導も他科とは別のやり方を考えてみてもよいのかなとも思います。前任の六郷工科高校では、協定企業に卒業生がいて、在校生も実習でお世話になっているので、企業の仕事や社内の雰囲気も、教員がかなり理解できていた。そうすると、生徒一人ひとりの性格や強みを判断した上で、この企業なら合っている、強みが生かせるぞとマッチングすることができます。教員もやりがいがありますし、卒業後のケアもしやすかった。私としては、デュアルシステム科はそこを目指していってもらいたいなと思っています」。
生徒、企業、保護者の相互理解を深める存在に
「授業や実習プログラムに関しても、まだまだ試行錯誤中です」とのことだが、今後を見据えた上で、良い就職指導とは、そのために学校や教員に必要なことは何だろうか。「やはり、生徒が受験企業だけでなく、複数の企業を見学して、納得して決められる方法が良いのではないかと思います。今こういう多岐にわたる業種や職種がある中で、私たち教員ももっと企業を理解して、具体的に説明できるようにならなければいけない。それが課題ですね」と星先生。「今は新しい機械が入っている工場や企業も多いので、学校でやっていることと結び付けて、技術的な指導もできないといけない。それが専門高校のメリットでもありますから」。
加えて、千葉副校長は企業との関係についても指摘してくれた。「学校が、企業に対して高校生の採用についてアドバイスができるような関係ができるといい。これは学校にしかできないことだと思います。それと、私が生徒に紹介したいと思う企業の基準は、自分が会社を見たり、工場を見たりした時に、わくわくするような、教員でなかったらこの会社に就職したいと思うような会社。生徒のことも企業のことも知っている、学校はそんな役割になっていければいい」。
「生徒も企業理解をしないといけないし、企業も生徒を理解してほしい。例えば、企業が採用したいと思う生徒に実習に来てもらうためには、どんな実習プログラムをつくればよいのか、生徒は何を要望しているのか、生徒理解ができてはじめてプログラムができる。そうした、相互理解を進めるのが必要だと思います。そういう意味では、高校生就職では保護者の存在も大きい。学校・教員は、生徒、企業、保護者の三角形の相互理解を促す存在になれたらいいですね」(星先生)。
●東京都立多摩工業高等学校 星輝彦先生が考える、高校と高校の先生だからできること
・生徒が確信を持って企業を選ぶために、複数の企業を経験させること
・生徒と企業を結び付ける、マッチングをすること
・企業と協働し、高校生が就職しやすい環境づくりのアドバイスをすること
取材協力/東京都立多摩工業高等学校 千葉政英副校長
執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書きは取材当時のものです。