Casefile.2 神奈川県立田奈高等学校

在学中から卒業後まで継続的に支援。面談中心に意欲をひきだし、将来をあきらめさせない

2020年11月30日

2009 年、クリエイティブスクール(※1)としてのスタートを切った田奈高校。高校以前に思うように力を発揮できていなかったり、家庭環境や経済的に困難な状況下にある生徒が安心して学びなおし、社会に出ていけることを目指す。1クラス30人ほどの少人数制による教育体制と同時に、同校が取り組んだのが、在学中から卒業後までを見据えた包括的なキャリア支援体制づくりだ。教員による細やかな進学・就職指導に加え、外部機関との連携を図りながら就職だけでなく、生活・自立支援までをカバーしている。2012年に開始したアルバイトとインターンを掛け合わせた有給職業体験プログラム・バイターンの取り組みは大きく注目され、学校内にSCC(スクールキャリアカウンセラー)を常駐に近い形で配置するスクールカウンセラー事業の施策は全国の先がけとなっている。外部専門家との連携を進める同校の取り組みを伺った。

(学校プロフィール)
神奈川県立田奈高等学校
創立:1978年1月
設置学科:普通科
生徒数:男子 218名 女子 229名
進路状況:2020年度進学59名、就職65名、進学準備・就職準備等36名(2020年3月の卒業生)

進路未決定者を減らし、卒業後も支え続ける存在に

クリエイティブスクールとしてスタートした当時、同校では進路未定で卒業していく生徒や中退者が多く存在していた。その背景には、家庭環境の問題や経済的な理由などにより進路についてあまり考えを持たずにいる、学力が十分でない、文化的・社会的経験の不足など様々な事情があったという。また、就職してからも職場に適応できない、離職してしまうといったケースもあり、就職だけでなく、生活・自立支援までを含め、在学中だけでなく卒業後もサポートしていけるような受け皿が必要との思いから、その仕組みづくりがスタートした。教員とともに生徒をサポートするのは、SCC、NPO法人パノラマ、よこはま若者サポートステーション(※2)、公益法人緑法人会(緑区、青葉区、都筑区の経営者組織)、横浜市など。教員だけではカバーしきれない部分は、外部専門家の力を借りながら、互いの得意分野で力を発揮し、支援を進めている。

一人ひとりとの面談を重視。やる気スイッチを見逃さない

同校の支援体制は、大きく3つのグループで構成される。①クラス担任および学年団、②キャリア支援グループ(各学年にキャリア担当2~3人)、③キャリア支援センター(担当教職員+NPOなどの外部機関)だ。進路ガイダンスや職業体験などの全体行事の企画・運営、企業や大学・専門学校との窓口となるのがキャリア支援グループ。個別の相談・面談はクラス担任が中心となって行い、進路の希望や状況に応じてキャリア支援グループの担当教員やSCCが関わっていく。キャリア支援センターは、外部機関との連携コーディネートや、通常の進路・就職指導だけではフォローしきれない問題を抱えた生徒を救いあげる役割を担っている。キャリア支援グループが企画するプログラムは、“情報を与える・選択肢を与える”ことに主眼を置いている。「職業について知らない、何をしたらよいかわからないという生徒が多いので、まずはそこを減らしていきたいということがあります」とキャリア支援グループの榊原先生。一方、担任が中心となる個別指導では「働くことについて、生徒の意識はばらばらです。1年生の段階では、自動車関係の仕事をしたいから自分で会社を見に行ってきたという生徒もいれば、進路について何もわからないという生徒もいます。意識の異なる生徒に自分の進路に向き合ってもらうためには、一人ひとりとたくさん面談をするというのが非常に重要」だと言う。「特に3年生にいえることなのですが、やる気が出る時期というのが生徒によって大きく違うので、その瞬間を見逃さずに会社見学を勧めたり、SCCにつないだりすることが大事。反発している時期は声をかけても逆効果になるので見守ることも必要です」
気がかりな生徒がいれば、担任だけでなく、キャリア担当やSCCも声をかけていく。「応募先を決める段階では、生徒と一緒に求人票を見ながら、こういうことが得意だよね、こういうのは苦手だよね、だったらこんな職業があるよねと、こちらから方向性を示していく方がうまくいくことが多いですね。また、その企業さんがどれだけうちの生徒を必要としてくれているかといったところも、加味しながら進めています」。面接の指導などは教員も行うが、経営者組織である緑法人会の協力や、企業の情報を持つSCC、教員にはない視点からのアドバイスも有効だという。

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複数の目で見守り、オンザフライミーティングで常に共有

一方、キャリア支援センターでは、進路や就職に限らず、家庭環境や経済的な問題を抱える生徒に対し、外部機関と協働で生活支援・自立支援を行っている。家庭の問題や生活環境が整わなければ、就職を考えるどころではない生徒もいるからだ。例えば、NPO法人パノラマと連携した「ぴっかりカフェ」は、図書館を利用した生徒たちの居場所になっている。ボランティアスタッフたちとのおしゃべりの中から「お母さんが病気で家事が大変」「ご飯をあまり食べていない」など、学校生活だけでは見えない生徒の状況をつかみ、支援につなげている。「そうした情報は、カフェスタッフからキャリア支援センターの教員に共有されることもありますし、こちらから出かけていって『あの子どう?』といった具合に立ち話をするというのもあります。私たちは、“オンザフライミーティング”と呼んでいるのですが、気づいた時に話す、拾えるところで拾ってもらって、サポートに生かしていく、ということを常に行っています」。SCCも独自の面談を行うが、ここでも教員とは違った目線からの情報が得られることがあり、双方で生徒の状態を共有しながら関わっていく。
また、キャリア支援センターは、卒業生や生徒の家族のサポートまで視野に入れている。例えば、よこはま若者サポートステーションと連携した「田奈Pass」は、在学中に登録しておけば卒業後も、仕事や家庭の問題など様々な相談をすることができる仕組みだ。「進路未決定者や、せっかく就職してもうまく適応できなかったり、辞めてしまったりする生徒は一定数います。教員やSCCも、気になる子がいれば卒業後も連絡をとり、辞めてしまった生徒が相談に来れば次の就職先を一緒に探します。しかし、家庭の問題の解決や自立支援の必要性が高く、学校以外の相談先があったほうがよいと判断した場合、在学中の段階で外部の専門家へつないでおくのです」。実は、上述の「ぴっかりカフェ」には、卒業生がスタッフとして手伝いに来ている。卒業してからも生徒が学校とのつながりを持ちながら、いつでも戻ってこられる居場所として存在しているのだ。
ほかにも、家庭の問題で、卒業後は家を出て自立したいという生徒には住居支援、経済的に進学が難しい生徒には、保育士プログラムや介護士プログラムなど、外部機関と連携した支援が整っている(※前述の図を参照)。

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社会経験を積む場を増やし、将来をあきらめない支援を

現在進路未決定で卒業していく生徒は全体の2割ほど。「進路について自分で考えて動ける子が増えているのではないか」と榊原先生。「自分はフリーターでいい、アルバイトでいいと言っている生徒に、仕事の選択肢を提示してくれる人がいたり、社会人が自分の仕事について話してくれたりすることで、考えなおすようになる。様々なサポートシステムによって、生徒の悩みをその都度解決に向かわせることができるので、将来について、仕方ないとあきらめないようになった」と感じている。
今後の取り組みについてはどうだろうか。「企業も良い子というだけでなく、しっかり働ける子を求めてきています。社会経験が少ない生徒もいる中では、職場の見学や働くことを経験する機会を増やし、動機付けをしていきたいと思っています」。教員をはじめ、SCC、外部の専門家、ボランティアスタッフなど複数の目で生徒を見守り、生徒にとって今必要な支援は何かを考える田奈高校。生徒にとっては、在学中から卒業後まで、いつでも相談できる拠り所となっている。

榊原先生.jpg●田奈高等学校 榊原諒先生が考える、学校と高校の先生だからできること
・生徒のわずかな意欲の変化を見逃さずにタイミングよく動機付けをすること
・高校生の吸収力を生かしていろいろな体験、経験を積ませること
・高校生から社会人になることへの意識付けをすること

(※1)一人ひとりが持っている力を必ずしも十分に発揮できなかった生徒に対して、これまで以上に学習意欲を高める取り組みを行う学校。入試での学力試験はなく、少人数制授業やキャリア教育の充実、個別相談・支援に軸足を置いている
(※2)地域若者サポートステーション(愛称:サポステ)の一種。働くことに悩みを抱えている15歳から49歳までを対象に、就労に向けた支援を行う。若者支援の実績やノウハウを持つNPO法人、株式会社などが厚生労働省の委託を受け運営

執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書きは取材当時のものです。

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