「日本の強みは人事異動とOJT」は嘘。幻想を捨て、一から日本型の能力開発を
日本と海外の雇用システムに詳しく、政策や企業実務に影響を与えてきた濱口氏に、Global Career Survey(GCS)2024 の報告書『「日本型雇用」のリアル』についての感想や解釈を伺うとともに、OJTや人事異動を中心にした日本の能力開発の課題に関して示唆をいただいた。
日本企業の強みのOJTは、ブルーカラーの話。
ホワイトカラーにはまともな能力評価システムすらない
——Global Career Survey 2024の結果をご覧になって、率直にどう思われましたか。
一番おもしろかったのが、皆さんもそうだと思いますがOJTに関してです。これぞ日本の特徴だ、強さだと言ってきたのが全然そうじゃなかったじゃないか、というのがおもしろくて。
これについては論点が2つあると思います。一つは「能力」とは何かということ。日本の賃金制度も、ある時期から能力に応じて賃金を払うという建前になって、日本は、諸外国のようなOff-JTや企業外部の教育訓練ではなく、現場の仕事の中で学ぶOJTによって能力を高めるんだ、これこそが日本の強みだと言ってきました。しかし、その「能力」って一体何なのか。まともな能力評価システムなんてあるのか、ということです。製造業と建設業の技能検定はあっても、ホワイトカラーについてはほとんどない。ここはすごく重要。能力があるのかないのか、どれくらいあるのか測る物差しが欠如したまま、能力が上がった、と言って賃金を上げてきた。
もう一つは、オン・ザ・ジョブで、具体的に何をどうトレーニングしているのか、ということ。1980年代、日本型雇用についてみんなが口を極めてOJTが素晴らしいと言っていただけで、具体的にミクロでは何をどうやっているのかという話を、残念ながら聞いたことがない。
これについては論点が2つあると思います。一つは「能力」とは何かということ。日本の賃金制度も、ある時期から能力に応じて賃金を払うという建前になって、日本は、諸外国のようなOff-JTや企業外部の教育訓練ではなく、現場の仕事の中で学ぶOJTによって能力を高めるんだ、これこそが日本の強みだと言ってきました。しかし、その「能力」って一体何なのか。まともな能力評価システムなんてあるのか、ということです。製造業と建設業の技能検定はあっても、ホワイトカラーについてはほとんどない。ここはすごく重要。能力があるのかないのか、どれくらいあるのか測る物差しが欠如したまま、能力が上がった、と言って賃金を上げてきた。
もう一つは、オン・ザ・ジョブで、具体的に何をどうトレーニングしているのか、ということ。1980年代、日本型雇用についてみんなが口を極めてOJTが素晴らしいと言っていただけで、具体的にミクロでは何をどうやっているのかという話を、残念ながら聞いたことがない。
ブルーカラーの職場では、確かに「機械の構造がわからなきゃ困る」「怪我するぞ」と指導されて能力を上げていく世界がありますが、それとホワイトカラーの世界をひとまとめにされてきたことが露呈したように感じました。
——ホワイトカラーの人たちは、何をもってOJTと感じているのでしょうか。
はっきり言って、皆さん薄々感じているんじゃないですか。2年か3年おきに人事異動で新しい職場に飛ばすのをOJTと称しているだけじゃないかって。でもそれで「これができるようになった」という実感は、多分あまり感じていない。かなり昭和の私の個人的体験で言うと、「おまえこんなこともできないのか。これから徹夜して、勉強して、できるようになれ」って言われて、必死に見よう見まねでやったらなんかできちゃった、みたいな体験を、OJT教育訓練と称していたんじゃなかろうかと思いますね。まさに現場任せ。こんな日本のOJTに本当に意味があるのか、と強く反省を求められている調査結果だと思いました。
正社員とパートの処遇の違いの根拠である
人事異動が、実際には少ないという矛盾
——先ほど先生がおっしゃった人事異動も、実際に経験がある人が非常に少なかった。頻繁な配置転換を通してジェネラリストを育成しているという日本の特徴が実際には見られなかったことは、どのように受け止められますか?
これもおもしろいデータでした。パート有期法第8条に、“通常の労働者”という概念があります。正社員として業務や配置が転々と変わっていくのが通常の労働者で、そうでないのが短時間労働者とか有期労働者と書いてあります。企業の方に人事権があるかどうかの違いを言っているわけです。でも実際には異動していなかった。それなのに、それを正当化の根拠にして、しかも六法全書に麗々しく書いちゃっているというのは、なんだかおもしろいというか、皮肉というか、危ういというか、複雑な感じですね。
配置転換せず同じ職場のOJTでずっとやってきているというのも空洞化しているし、配置転換によるOJTでいろんな仕事ができるようになっているっていうのも嘘である、ということだと、一体日本の雇用って何だったのか、というのが率直な感想です。
一方で、諸外国では、自発的ないしは企業の打診に応えて職種変更する人がこれだけ多い。海外のジョブ型雇用社会とは、ジョブ固定の社会ではなく、ジョブをベースにどんどんジョブを変えていく社会だということを示しているのかもしれない。
日本では、異動でいろいろなジョブを経験することも可能なのですが、あくまで会社の命令に「はい」と従って経験するものになっている。会社の中で自らの意思でジョブを変えるという概念が乏しいことの裏返しなのかもしれません。
OJTによって成長できたと、実感できることが大切
——先ほど、ホワイトカラーには能力評価システムが存在しないという話がありました。なぜないのでしょうか。
厚生労働省でも、繰り返し作っていますが、全部失敗してきています。企業で使われないのです。役に立たないから使わないのでしょうね。そもそもホワイトカラーの現場において評価しているのは、具体的な作業をどれぐらいちゃんとできるかの「スキル」じゃなくて、「できる」なんだと言っている人がいました。無理難題が降ってきても、必死にあらゆる手練手管を使って、時には徹夜してでもなんとかやり遂げちゃうと「あいつはできる」と言われ、できないと「あいつはできねえ」と言われます。そういう「できる」を期待されている空間に、「スキル」をベースにした能力評価システムを投下してもそぐわないのではないかと思います。
——能力評価もできないし、OJTも空洞化している中、企業はどのように能力開発を行えばいいのでしょうか。
昭和から平成にかけての日本のホワイトカラーの人たちは、Off-JTもなく、OJTでもまともに教わることがなく、「これをやっておいて」と言われ「どうすればできるだろう」と見よう見まねで、実は結構いろんなスキルを身に付けてきてたんじゃないかと思うんです。今までできなかったことができるようになったということを実感できれば、それは本人にとってOJTを受けたということになります。要するに、企業の中で業務を遂行する上で役に立つスキルが、これだけ身に付いたっていう話でないと、本当は意味がないはずなんです。そこのところが、もしかしたら、昨今はすごく希薄になったのかもしれないという気はします。
——最後に、日本企業にとってここからどういう道があるのか、希望があるとしたらどんなことなのか、伺いたいです。
日本はもう駄目だ、駄目だと言われながら、日本には人事異動とOJTの強みがあって、この良さをちゃんとうまく使っていけばやがて復活するだろうという、恐らく唯一の希望が、今回のこの調査で、見事に粉々にたたきつぶされた(笑)。ですが、こうして明らかになったことで、もうこんなものに頼ってたんじゃ駄目だと気づく良いきっかけになったともいえます。厳しい自己認識からしか、物事ははじまりません。ここからいかにして新たな日本型雇用システムを築くのか。その中核は、まさしく能力開発のあり方でしょう。今、ここからがそのはじまりなんだと思います。
聞き手 石川ルチア 萩原牧子 孫亜文
濱口桂一郎 氏
東京大学法学部卒業。労働省(現厚生労働省)に入省後、東京大学大学院法学政治学研究科附属比較法政国際センター客員教授、政策研究大学院大学教授を経て、2017年より現職。著書に『労働法政策』(ミネルヴァ書房、2004年)、『若者と労働—「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ、2013年)、『日本の雇用と中高年』(ちくま新書、2014年)、『働く女子の運命』(文春新書、2015年)、『ジョブ型雇用社会とは何か—正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書、2021年)など。