不動産取引の電子化、定型業務の自動化を推進して営業力を強化(ミリーヴ)
【Vol.3】ミリーヴ 経営戦略室 次長 日髙 賢一(ひだか けんいち)氏(写真左)/ 明和不動産 賃貸事業部 エリアマネージャー 川井田 昌康(かわいだ まさやす)氏(写真右)
ミリーヴグループは、総合不動産業の明和不動産を中核に、熊本を中心としてデジタル・通信や保険など不動産関連事業を展開。「紙」の契約が主流の不動産業界に、いち早く電子署名を活用した契約を導入、RPAによる業務効率化を積極的に推進するなどの先駆的な取り組みが注目を浴びている。不動産業を規制する宅地建物取引業法の改正によりデジタル社会の形成が図られている今、業界におけるDXはどう進むのか。ミリーヴ経営戦略室の日髙賢一氏と、明和不動産賃貸事業部の川井田昌康氏にDXの効果や今後の取り組みを聞いた。
不動産賃貸借契約の電子取引をいち早くスタート。多くの「紙書類」を削減
賃貸・売買などの不動産契約を結ぶには多くの「紙の書類」が必要だが、これは不動産業を規制する宅地建物取引業法(宅建業法)により、重要書類に関して「押印・書面の契約」が義務付けられていたためである。もともとは消費者保護等の観点から策定されたものだが、時代にそぐわないことから、かねてより取引時の書面の電子化が検討されていた。2022年5月に施行された改正宅建業法では、媒介契約書や重要事項説明書、賃貸借契約書、売買契約書などの押印廃止と書面の電子化が認められた。これにより不動産業界におけるDXが一気に加速すると見られている。
ミリーヴグループではこれに先駆け、既に改正前から電子署名のサービスを始めていた。まずは当時から規制要件ではなかった賃貸借契約の更新からスタート。従来は、更新対象の入居者に更新書類一式を出力して郵送し、署名押印のうえ返送してもらっていたが、電子署名を使った方式に切り替えた。これにより、更新対象者はクラウド上で提供される書面に電子署名するだけで契約更新を完了させることができる。このスキームは電子契約サービスのドキュサインをベースに、ミリーヴグループの明和不動産管理が独自に展開したもので、「ドキュサインを利用した賃貸借契約の更新は、国内の不動産会社では初めてだと聞いています」と日髙氏。宅建業法改正後の現在は、新規入居時の賃貸借契約締結にも本スキームを導入している。
今のところ新規入居時の賃貸借契約で電子署名を使う対象は、明和不動産管理の管理物件かつ連帯保証人の付かない個人の契約に限っているが、そこでの導入率はほぼ100%。賃貸物件の借主には若年層が多いためスムーズに進んだという。一方、物件オーナー(貸主)は年配者が多いが、「当社は貸主との管理委託契約で、貸主代理として借主との契約締結を行う権限を付与されているため、電子化にあたってはオーナーさまに許可を求めるのではなく通知という形で進めました。そのうえで電子化に抵抗があるというオーナーさまに関しては、個別対応を行いました」と川井田氏は振り返る。不動産業界の電子化が進まない要因は規制に加えて、「賃貸契約をめぐる登場人物の中で、貸主側が高齢化していること」を日髙氏はあげるが、この手法は1つの参考になるだろう。
これまで電子署名による不動産賃貸借契約は累計1万件以上に上るが、データ上での確認・照会が迅速にできるため、契約に関するトラブルは1件も発生していない。また紙の使用量削減の効果も見逃せない。「以前は1件の契約につき、通常20枚から30枚の紙の書類を作成していました。業務プロセスを見直して可能な部分はすべて電子化しましたが、それでも法改正前は最低5〜6枚は紙の印刷が必要でした。しかし宅建業法改正後の現在はほぼゼロです。書類を保管する必要もなくなり、多くの紙面が削減できました」と日髙氏。さらに紙の契約書は過年度分を含めPDF化し、クラウド上で検索・参照ができる環境にしているため、「書庫内の膨大な保管書類から目当ての契約書を探し出し、コピーを取って利用するなどの煩わしさもなくなりました。ここも目に見えない部分での業務削減効果だと思っています」(日髙氏)とのこと。
RPAにより定型業務を自動化。6400時間の業務削減を実現
ミリーヴグループでは電子契約の早期実現を弾みに、改正後の速やかなシステム移行を見据え、早くからRPAによる業務の自動化にも取り組んできた。現在は物件登録を行う登録センターおよびバックオフィスを中心に41業務が自動化されている。入力や登録、転記といった定型業務が中心で、これらがRPAのシナリオに置き換わっており、「例えば入居審査では、電子申込で取得したお客さま情報を自動で保証会社に送信する仕組みを構築しています」と日高氏。そのほか、家賃引き落とし口座の登録や入居者向けのアプリサービスの登録、さらに社内ワークフローシステムへの顧客情報入力などもRPAが行い、従業員は手入力から解放された。「業務効率化に関しては、情報を電子データで取得することにより、様々なシステムを活用しやすくなった点が大きいと感じています」と日髙氏。また、不動産ならではと言えるのは入居者のクレーム対応の仕組みで、苦情を受け付ける委託会社(コールセンター)から送られてくる情報をRPAが機関管理システムに登録、さらに対応済の案件とそうでない案件に仕分けし、要対応の案件はワークフローシステムに自動登録するという「登録連携」を行っている。
数値的な成果としては、本格的な運用を開始した2019年からの3年間で累計6400時間の業務削減を達成。従業員の全業務のうち3%以上を自動化することができた。立ち上げた当初は手入力を想定して10名体制でスタートした登録センター(物件情報の登録を行う部署)も、今はパート社員5名で稼働している。社員は単純作業から解放された分、新たな業務に割く時間が確保できており、「残業が確実に減ったとともに、明らかに業務内容が変わったという印象があります」と川井田氏。「特に賃貸営業は業務効率化が進んだことで、営業担当がより物件の案内や商談といったお客さま対応に集中できるようになりました。コロナ禍にあっても、契約件数は右肩上がりで増え続けています」(川井田氏)。ちなみに明和不動産ではテレビ電話による内見や重要事項説明(IT重説)も行い、問い合わせから契約まで完全非対面の対応も可能にしているが、地域柄もあってか利用率は1%に満たず、客のニーズは依然フェイスツーフェイスが主流。したがって現時点で、電子化の促進は、対面での営業力強化につながったと言える。
また賃貸営業の「集客」において、最もメジャーな手段は不動産情報サイトに掲載するインターネット広告。登録センターでは募集広告を公開するため物件情報を登録するが、自社が抱える管理物件の登録が自動化されたことにより、その余力を新しい物件登録に回せるようになった。「業務効率化で浮いた時間を他業者さま取り扱い物件の登録に充て、掲載件数を増やすことで、結果的に来店増、契約増につなげるというイメージです」と日髙氏。
こうした取り組みはグループ各社にも共有され、特に不動産業務のDXサービスを行うリヴォートでは、賃貸住宅の物件検索から契約、決済処理まで一連の業務をWeb上で完結するサービス「クラスマート」を展開中である。
複雑な送金処理や資料作成に集中。不動産売買契約の電子化も視野に
「現在、バックオフィス業務においては、目に付く手入力などの定型業務の自動化は一段落しました。これからはより能動的に業務に潜む『無駄』を見つけ、改善するというフェイズに移行しますので、業務効率化のスピードは若干落ちるかもしれません。また、RPAのシナリオが複雑になりすぎると保守も難しくなるので、そのバランスを見ることも大切です」と日髙氏。いくら自動化が進んでも複雑な資料作成や事務業務などは人手が必要なところが多い。要所要所で人による確認作業の必要性も残っており、特に「送金処理の最終的な実行はロボットに任せるわけにはいきません」ときっぱり。管理委託契約における貸主の送金には個別に複雑なルールがあり、毎月、単に集金した家賃を送金するのではないことも1つの理由である。また、様々なキャンペーンの企画や提案資料もルーティン作業では作れないためRPAには難しい。逆に見ると、人にしかできない確認、送金処理、資料作成などにマンパワーを集中することで、精度を高めやすくなったとも言える。
RPAなどによって大胆な業務効率化を成し遂げられたのは、トップダウンによって旧来の仕事の進め方を抜本的に変えていこうという経営陣の強い意志があったからだという。また、RPAを活用した業務スキームの構築は、経営企画に所属している3名の従業員が中心となって行った。3名とも特にコードなどが書ける専門人材というわけではないが、RPAツールである「WinActor」のユーザーフォーラムに掲載されている様々な質問や回答、シナリオなどを見ながら、業務改善プロセスの作成に必要な知識を身につけ、実行している。
なお、今後は不動産売買契約の電子化も検討している。「今までは賃貸と比べて取り扱う金額も大きいことから慎重になっていましたが、宅建業法の改正により電子化が広まると見られるなか、今後も先駆け企業としての存在感を示していきたい」と川井田氏。全国大手ではなく、南九州という地方を商圏とする同グループがいち早くDXを推進できたのは、トップダウンによる迅速な意思決定はもとより、チャレンジングスピリットに満ちた企業文化によるところが大きい。次に何を始めるのか、その動向が今後も注目される。